44話 一つの流れ
中継装置の入力側と出力側に、測定具が固定されている。
通りの先では、職人が末端三本の街路灯を見ていた。
幹線側も、すでに測定に入っている。
あとは、排水場の二基目が動くのを待つだけだった。
オスカーが測定具へ目を落とした。
「ここからは触るな。全部、そのまま取るぞ」
「はい」
レオンも入力側の針を見る。
今は規定内。
出力側も動いていない。
ガレスが認めたのは、この条件で一回だけだった。
ここで何も取れなければ、同じ試験をもう一度とはいかない。
レオンは中継装置へ手を当てた。
《断脈視》では、出力調整部に赤黒い線が見える。
だが、それ以外は何も教えてくれない。
排水場が動いたのか。
幹線で何が起きたのか。
その結果、調整部がどう働いたのか。
それを確かめるために、三つの現場を一つにした。
いつ二基目が動くか、ここからは見えない。
レオンは入力側の針を見た。
ミナも記録板を構えた。
そのときだった。
入力側の針が落ちた。
「入力低下」
オスカーが言う。
続いて、出力側の針が振れる。
入力ほどではない。
中継装置が落ち込みを抑えている。
それでも、規定を示す印の内側には留まっている。
だが、完全には支えきれない。
「末端、明滅!」
通りの先から声が飛んだ。
三本の灯りが揺れる。
一番奥が暗くなり、その手前が続き、もう一本も一瞬だけ明るさを落とした。
次の瞬間、入力側の針が戻り始める。
少し遅れて出力も戻る。
三本の街路灯は、また何事もなかったように灯った。
少しして、排水場へ向かった伝令が通りの角から駆け込んできた。
「排水場、合図を受けて二基目を起動しました!」
さらに、幹線側からも伝令が戻る。
手には記録板の写しがある。
「排水場の起動直後に供給低下。そのあと補正。ほかの大きな使用変動はありません」
ミナが三部署の記録と、末端の観測結果を順に追った。
排水場。
幹線。
中継装置。
そして、末端三本の街路灯。
「揃いました」
ミナが顔を上げる。
「排水場の起動。その直後に幹線が落ちて、補正が入っています。同じ変動を中継装置側でも拾って、入力が落ち、出力側が追う。その直後に三本が明滅しています」
オスカーが幹線側の記録を受け取った。
「ほかの変動は?」
「ありません。試験中に大きく動いた接続先は、排水場だけです」
今までとは違う。
別の日の記録をつないだわけではない。
ほかの大きな変動がない状態で、排水場の二基目を起動した。
その一回を、三部署で最初から追った。
別々の記録に、同じ順番が残っている。
「これで、排水場の起動がきっかけだと見ていいな」
オスカーが言った。
「はい。ただ、排水場が壊れているわけじゃありません」
レオンは答えた。
「幹線も、中継装置もです」
レオンは開かれた装置を見る。
どこも規定どおりに動いている。
その動きが重なるたび、繰り返し変動を受け止めていたのが、この調整部だった。
「全部正常なのに」
ミナが言った。
「一緒に動かすと、ここが壊れるんですね」
レオンは赤黒い線を見る。
「今のままなら、そうなります」
◇
試験結果を見た幹線側の担当者は、しばらく記録板を見ていた。
「こちらでは、供給が戻ったところまでしか見ていませんでした」
担当者が言う。
「補正が規定内なら、それで正常です。その先で何が起きているかまでは見ていなかった」
排水場の担当者も記録へ目を落とす。
「こちらも、使用量が許可内なら正常です」
誰かが見落としたわけではない。
それぞれが見る範囲の外に、続きがあった。
「街路灯三本から、ここまで追ってくるとは思いませんでした」
幹線側の担当者がレオンを見る。
「幹線だけ見ていたら、これは異常にはなりません」
レオンは排水場の起動記録を指した。
「排水場の二基目、立ち上げ方を変えることはできますか」
排水場の担当者が少し考える。
「一気に通常出力へ入れず、二段に分けることはできます。ただ、水を汲み上げる必要があるときに長く待つことはできません」
「そこは変えません。通常運転を優先する水位まで来たら、排水場の判断で動かしてください」
レオンは幹線側を見る。
「その前に起動することが分かっているなら、幹線側へ知らせることは?」
「できます。事前に分かれば、起動前から値を追えます」
オスカーが中継装置を指した。
「こっちはどうする」
「この調整部は、交換が必要です」
オスカーは調整部を確認した。
「交換する」
赤黒い線がある場所を、そのまま使い続ける理由はない。
ただし、原因を残したまま替えるわけではない。
「排水場は、排水を遅らせない範囲で二基目を段階的に起動する。起動前に幹線側へ知らせる。幹線側は、その前後を一続きで記録する」
ミナが書き留めていく。
「街路灯側も?」
「入れよう」
オスカーが答えた。
「また末端に明滅が出たとき、灯具だけ見て終わらないようにな」
ミナは三部署の欄を一本の線でつないだ。
これまでは、それぞれ別の記録だった。
今は、一つの起動を三部署で追える。
◇
交換用の調整部が現場へ運び込まれた。
中継装置を一度止め、オスカーが内部を確認する。
街路灯係の職員と職人たちが部品を外していった。
レオンは横から手を出さなかった。
施工の判断も、交換作業も、オスカーたちの仕事だ。
レオンが見るのは、その交換で危険が残っていないかだった。
新しい調整部が収まり、覆いが戻される。
街路灯系統へ再び魔力が送られた。
一つずつ。
通りの灯りが戻っていく。
三本も、白い光を取り戻した。
「出力、規定内です」
街路灯係の職員が測定具を確認した。
オスカーがレオンを見る。
「どうだ」
レオンは中継装置へ手を当てた。
《断脈視》を使う。
先ほどまで出力調整部へ集まっていた赤黒い線は、見えない。
「断脈はありません」
原因確認のために認められた一回は、もう使い切っている。
次に二基目が動くのは、排水場が必要と判断したときだけだ。
◇
やがて、排水場から伝令が来た。
「間もなく通常運転の水位です。二基目を動かします。幹線側にも連絡済みです」
レオンたちは中継装置の前で、入力と出力を見た。
一段目。
入力側の針がわずかに動く。
だが、先ほどのようには沈まない。
少し間を置いて、もう一度針が動いた。
出力側は規定内に留まっている。
「末端?」
オスカーが声を上げる。
「変化なし!」
三本の街路灯は点いたままだった。
明るさも揺れない。
やがて入力側の針も安定した。
少しして、排水場と幹線側から記録が届く。
ミナが三部署の欄を並べた。
「揃いました」
記録を順に確認する。
「排水場は二段に分けて起動。幹線側も、その前後を記録しています。最初の試験より入力の落ち込みが小さいです。出力は規定内。三本とも明滅していません」
幹線側の担当者が、その記録をのぞき込んだ。
「最初の運転も、今の運転も、幹線だけなら正常です」
担当者は三つの欄へ視線を移す。
「でも、同じ正常じゃないんですね」
レオンは中継装置へもう一度触れた。
赤黒い線は戻っていない。
「はい」
一つの設備だけなら、どちらも正常だった。
違いが出るのは、その先までつないで見たときだった。
中継装置が壊れ、この系統ごと灯りを失う危険につながっていた断脈は、少なくとも今は戻っていない。
◇
日が落ちていた。
通りには街路灯の白い光が並んでいる。
最初に消えた一本も。
何度か揺れた一本も。
交差路の一本も。
今は同じ明るさで灯っていた。
店先では、客が並べられた品をのぞき込んでいる。
荷車が街路灯の下を通り、その影が石畳を横切った。
道の端では、店じまいをする者と、これから店へ入る者がすれ違っている。
誰も、頭上の灯りを気にしていない。
それでよかった。
街路灯は、注目されるためにあるわけではない。
夜の通りが、昼からそのまま続いていくためにある。
「これ、残しておきますね」
ミナが記録板を持ち上げた。
三部署の欄が、一つの起動記録につながっている。
「次からは、別々じゃありません」
オスカーが通りの灯りを見た。
「少なくとも、この系統ではな」
幹線側の担当者は、三部署をつないだ記録を自分の記録板へ写し始めていた。
レオンも三本の街路灯を見上げた。
始まりは、ほんの短い明滅だった。
今、その三本はほかの灯りと変わらず、王都の通りを照らしている。
その下で、王都の夜は何事もなかったように続いていた。




