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42話 別々の正常

「幹線側では、異常扱いになっていません」



 地区魔力幹線の管理担当者は、記録板を開いたまま言った。


 レオンたちがいるのは、街路灯用中継装置から二つ通りを離れた幹線の管理所だった。


 壁際には太い術式線が何本も並び、その一つが先ほどの街路灯系統へ伸びている。


 管理担当者が、記録板の二か所を指した。



「さっき街路灯側で測った二度の低下。こちらにも残っています」

「なら、幹線でも下がっていた?」

「はい。ただ、どちらも短いです。その後は補正が入って、規定範囲へ戻っています」



 オスカーが記録をのぞき込む。



「戻るまでに異常は?」

「ありません。補正量も規定内です」



 言い切った担当者に、迷いはなかった。


 レオンも記録を見る。


 幹線の供給は一度下がっている。


 だが、管理所はそれを捉え、必要な分だけ戻している。


 ここだけを見れば、確かに仕事は果たされていた。



「下がること自体は、よくあるんですか」

「接続先の使用量が変われば多少は。だから、ここで全体を見ながら補正します」

「街路灯側から、明滅の照会は?」

「来ていません」



 管理担当者はそこで首を振った。



「というより、街路灯側の設備が規定内なら、こちらへ確認が来る理由がありません」



 責任を押しつけているわけではない。


 幹線側から見れば、供給は戻っている。


 街路灯側から見れば、中継装置の出力は規定内に収まっている。


 それぞれの確認だけなら、どちらも正常だった。


 レオンは壁の系統図へ目を向けた。



「この幹線につながっているのは、街路灯だけですか」

「いえ。公共設備がいくつかあります。大きいのは、ここと――」



 担当者の指が太い分岐線で止まる。



「西区の排水場です」



 レオンはその線を見る。


 王都西区は周囲より低い。


 通りや建物から集めた水を、そのままでは高い位置の排水路へ流しきれない場所がある。


 排水場は、集まった水を魔力設備で汲み上げて外へ送るための公共設備だった。



「使用量は大きい?」

「起動するときは。ただし、許可された範囲です」

「起動の記録は残っていますか」

「排水場側が持っています」



 オスカーが系統図から顔を上げた。



「見に行くぞ」



     ◇



 排水場は、西区のさらに低い場所にあった。


 石造りの建物の横へ太い水路が入り、その奥で水音が響いている。


 内部には大きな術式設備が二基並び、集めた水を高い排水路へ押し上げていた。


 今は一基だけが低い音を立てて動いている。


 排水場の担当者は、突然やってきたレオンたちに運転記録を見せた。



「今日も通常運転です」



 担当者が測定具を当てる。



「使用量は規定内。起動時も上限は超えていません」

「起動すると、一気に上がりますか」

「上がります。止まっている設備を動かすので。ただ、それを含めた使用量で許可を取っています」



 レオンは設備を見る。


 外から見える範囲に、危険な断脈はない。


 駆動音にも乱れはなかった。


 排水場は、必要な量の魔力を使い、必要な水を送っている。


 そのとき、奥にいた作業員が声を上げた。



「水位、切り替え位置です」



 担当者が壁際の目盛りを確認する。


 細い水路から流れ込む水が、石造りの槽の中でじわじわと高さを増していた。



「二基運転に切り替えます。いつもの運転です」



 レオンは設備の前から一歩下がった。



「こちらに合わせなくていいです。普段どおり動かしてください」



 担当者がうなずき、作業員へ合図する。


 止まっていた設備へ術式の光が走った。


 低い駆動音が重なり、測定具の針が大きく動く。


 だが、上限を示す印の手前で止まった。


 水が太い管へ吸い込まれ、少し高い位置の排水路へ押し上げられていく。



「これが起動時です」



 担当者が針を示した。



「大きく増えますが、ここまでは許可範囲です」



 レオンは数字と設備を見比べた。


 無理に出力を上げているわけでも、規定を越えて使っているわけでもない。


 排水場から見れば、止める理由はなかった。


 むしろ、水が集まったのに動かさない方が問題になる。



「起動する時間は決まっていますか」

「決まってはいません。水が溜まれば動かします。雨がなくても、地区から水は入ってきますから」



 ミナが運転記録へ目を落とした。



「今日、これで三回目ですか」

「はい。さっきまでに二回。今ので三回です」



 ミナの手が止まった。


 彼女は持ってきた記録板を開く。


 街路灯の中継装置で測った二度の低下。


 幹線側で補正が入った二度の記録。


 排水場の起動記録。


 そのうち、今より前の二回は、街路灯側で入力低下を測った時間帯と重なっている。


 ミナは三枚を床近くの作業台へ並べた。



「オスカーさん。街路灯係の補修記録もありますよね」

「ああ」



 オスカーが束から一枚抜き、作業台へ置く。


 過去に明滅が報告された日。


 二本の灯具を交換した日。


 交換後に再び報告が出た日。


 ミナは排水場の記録を一枚ずつめくっていった。



「これも」



 指が止まる。



「この日、街路灯の明滅が出た時間帯に、排水場が起動しています」



 次の記録をめくる。



「こっちもです」



 さらに一枚。



「交換したあとの再発も」



 オスカーが身をかがめた。



「幹線の記録は?」

「持ってきた写しだと、この時間帯に補正が入っています」



 ミナは四種類の記録を横へ並べ直した。


 街路灯の明滅。


 中継装置で今日測った入力低下と出力側の変化。


 幹線側の補正。


 排水場の起動。


 別々の場所で、別々の担当者が残した記録だった。


 書き方も違う。


 確認している数字も違う。


 だが、同じ時間帯へ並べると、似た並びが何度も現れた。



「全部、正常なんですよね」



 ミナが言った。


 排水場の担当者が、自分の記録を見た。



「少なくとも、こちらは」



 幹線側から持ってきた写しも、異常とは記されていない。


 街路灯側の中継装置も、測れば出力は規定内だった。


 それなのに、並べると一つの流れに見える。



「だから、別々に見ていたら、全部正常になるのか」



 オスカーが低く言った。


 レオンはすぐには答えなかった。


 記録は揃っている。


 だが、これだけで原因を決めることはできない。


 同じ時間帯に起きている。


 順番も合っている。


 何度も重なっている。


 それでも、排水場を動かしたから街路灯が明滅したと証明したわけではなかった。



「相関はあります」



 レオンは四枚の記録を指した。



「でも、まだここまでです」

「何が足りない?」

「同じ一回を、三か所で同時に測っていません」



 レオンは順に指を動かした。



「排水場が起動した瞬間。幹線側がどう落ちて、どう補正したか。中継装置がどう追ったか。そのとき末端の三本がどうなったか」



 ミナが並べた記録を見る。



「今は、それぞれ別の日の記録をつないでるだけですね」

「はい。原因にするなら、一度同じ時間軸で見たいです」



 オスカーが作業台の四枚を見渡した。



「排水場、幹線、街路灯。三つ同時か」

「それで同じ順番が出れば、かなり絞れます」

「次の起動を待つだけでは駄目か?」

「それだと、同じ相関が一つ増えるだけです。この幹線には、ほかの公共設備もつながっています。自然に動くのを待つだけでは、そのとき別の設備が何をしていたかまで切り分けられません」



 レオンは排水場の設備を見る。



「原因にするなら、ほかの変動がない条件で排水場を起動して、幹線と中継装置と街路灯を同時に測りたいです」

「排水場の運転を、試験に合わせるのか」

「はい」



 オスカーが作業台の記録を見る。



「それなら、三つの部署を同時に動かす必要があるな」



 レオンは排水場の奥を見る。


 大きな設備は、今も規定どおり水を送り続けている。


 幹線も正常。


 中継装置も正常。


 街路灯も、明滅していない間は正常だった。


 問題は、その正常を別々に見ている限り見えない。


 原因を確かめるには、三つの現場を一つの試験として動かす必要があった。


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