41話 入力
中継装置は、今も正常に動いていた。
開けられた覆いの内側で、薄い術式板が一定の間隔で明滅している。
管理担当者が測定具を確認した。
「出力は規定内です」
「さっきと変わらないか」
「はい。少なくとも、こちらで見る限りは」
オスカーが記録板へ数字を書き込む。
レオンはその横で、中継装置を見ていた。
《断脈視》で見える赤黒い線は、出力調整部に残ったままだった。
正常に動いている。
異音もない。
焦げた跡もない。
それでも、ここは壊れる。
最初に見たときなら、故障しかけた部品が出力を乱していると考えただろう。
だが、今の出力は安定していた。
「この調整部は、幹線から入ってくる魔力が変わったときに動くんですよね」
レオンが聞くと、管理担当者がうなずく。
「多少の変動なら、ここで調整します。街路灯へ送る側をなるべく一定にするためです」
「下がれば補って、上がれば抑える?」
「そうです」
ミナが開いた覆いの中を見た。
「じゃあ、動いていること自体は異常じゃないんですね」
「ええ。むしろ、それが仕事です」
レオンは赤黒い線を見る。
仕事をしている場所が、壊れかけている。
なら、見るべきはこの装置だけではない。
「入る側も測れますか」
「できます」
レオンは中継装置を挟んだ両側を指した。
「入力と出力を同時に見たいです。それと、明滅している三本も」
オスカーはすぐに職人たちへ向き直った。
「二人、測定。もう一人は末端を見る。ミナ、記録を頼む」
「はい」
管理担当者は、入力側の測定具を固定しながら言った。
「幹線側の値が多少動くこと自体はあります」
「その程度なら、この装置が吸収する」
「はい。だから街路灯側では、普段はほとんど意識しません」
それなら、街路灯だけを点検していても見えない。
明滅していた三本のうち、二本はすでに街路灯一式を交換している。
それでも、同じ症状が再発した。
なら、灯具だけを見続けても足りない。
入力側と出力側に、それぞれ測定具が取り付けられる。
さらに職人が一人、通りの先へ走った。
三本の街路灯がまとめて見える位置で立ち止まり、片手を上げる。
準備が整った。
今の値は、どちらも規定内だった。
通りの街路灯も、何事もなかったように灯っている。
「このまま待ちます」
レオンは入力側の針を見た。
《断脈視》には魔力の増減は見えない。
原因も見えない。
見えるのは、壊れる場所だけだ。
だから、そこへ何が起きているのかは測るしかない。
しばらく何も起きなかった。
荷車が通りを横切る。
店先では、軒下に出していた木箱を積み直している者がいる。
その上で、街路灯は普通に点いていた。
管理担当者が測定具から目を離さない。
ミナも記録板を構えたまま待っている。
「普段の点検も、こういうときに当たれば正常になるわけか」
オスカーが言った。
「はい。明滅が出ていなければ、規定内です」
管理担当者の答えに、責任逃れの響きはなかった。
実際、今ここで見ている値も正常だった。
だから灯具を交換した。
交換した灯具がまた明滅すれば、次は別の部品を疑う。
担当範囲だけを見れば、その判断はおかしくない。
レオンは入力側の針から目を離さなかった。
そのときだった。
入力側の針が沈む。
短い。
だが、はっきりと下がった。
少し遅れて、出力側の針も振れた。
こちらは入力ほど大きくない。
「末端、明滅!」
通りの先から職人の声が飛んだ。
レオンが顔を上げる。
三本のうち、一番奥の灯りが揺れていた。
次の瞬間には、入力側の針が戻った。
出力側も元の位置へ戻る。
街路灯も、また普通に点いていた。
「記録しました」
ミナがすぐに数字を並べる。
「入力が先です。そのあと出力。末端の明滅も、その直後」
オスカーが測定具を見比べた。
「入力の落ち込みの方が大きいな」
「はい」
レオンは答えた。
今の一度だけなら、偶然かもしれない。
「もう一度、同じ状態で見ます」
誰も装置へ触れなかった。
調整も交換もしない。
ただ、次の明滅を待つ。
二度目は、先ほどより早かった。
入力側の針が落ちる。
出力側が小さく振れる。
通りの先で、同じ三本が揺れる。
「同じです」
ミナが一度目の記録と並べた。
順番も、動き方も変わらない。
レオンは中継装置を見る。
入力が落ちる。
それを受けた調整部が動く。
出力側の落ち込みは、入力側より小さい。
それでも末端では吸収しきれず、明滅として出る。
壊れかけている場所は、異常を作っている場所ではなかった。
「……逆だ」
オスカーがレオンを見る。
「何がだ」
「この装置が壊れかけているから、灯りが明滅しているんじゃない」
レオンは赤黒い線の走る出力調整部を指した。
「入ってくる魔力が落ちるたびに、こいつが出力を支えてる」
ミナも中継装置を見る。
「それで、ここに負担が掛かってる?」
「少なくとも、今測れた順番はそうです」
正常に働いている。
むしろ、正常に働いているからこそ、表からは異常に見えなかった。
そして、その変動を受け止める場所に、赤黒い線がある。
「なら、調整部を交換して終わりにはできないな」
オスカーが言った。
「はい。新しい部品に替えても、同じ入力を受け続ければ、また同じことをさせることになります」
管理担当者が測定具を見た。
「でも、こちらへの入力は幹線側です。私たちが調整できるところじゃありません」
その言葉に、レオンは顔を上げた。
「この入力は、地区魔力幹線から?」
「はい。ここから先は幹線側の管理です」
オスカーが記録板を閉じた。
「今日の値だけでいい。明滅したときの記録を写してもらえるか」
「分かりました」
「レオン」
「幹線側を見ます」
レオンはもう一度だけ中継装置を見る。
赤黒い線は、まだ残っている。
壊れる場所は見えている。
だが、原因はそこにはなかった。
中継装置へ入る前に、すでに何かが起きている。
次に追うべきは、その上流だった。




