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34話 見立て

 四番支柱の測定値を見たオスカーは、すぐに次の指示を出した。



「三番の結果も出せ。五番も取る」

「五番も、上と根元の両方ですか」

「両方だ。前回の記録と同じ場所で」



 職人たちが散った。


 レオンは四番支柱を見上げ、それから根元へしゃがんだ。


 石畳に手を置く。


 赤黒い線は、支柱の上から根元へ落ち、その下を斜めに抜けていた。


 そこで終わってはいない。


 五番の方へ伸び、その先にも細く続いていた。


 ただ、線があるからといって、そこが原因とは限らない。


 何かが壊れかけている。


 その危険が、どちらへつながっているのか。


 《断脈視》が見せるのは、そこまでだった。



「四番は前回より動いています」



 ミナが記録を見ながら言った。



「五番は――前回の数字があります」



 オスカーが手を出した。


 ミナが記録を渡す。


 オスカーは四番の測定値と並べて見た。



「五番は前回も小さいな」

「はい」

「その前は?」

「こっちです」



 紙が一枚増える。


 レオンも横から数字を追った。


 五番は動いている。


 だが、四番ほどではない。


 前回との差も小さかった。


 これだけなら、異常と呼ぶには弱い。



「六番も測れますか」



 レオンが言った。


 オスカーが顔を上げる。



「六番?」

「はい」

「今回の補修範囲から外れていますが」

「分かっています。ただ、一度確認したい」



 オスカーはすぐには答えなかった。


 レオンが見ている先を追うように、水路の支柱を順に見た。



「理由は」

「四番で終わっていないように見えるからです」

「線が?」

「はい」



 オスカーは六番支柱を見る。



「現物に何かありますか」

「今のところ、俺には見つけられていません」

「記録は」

「大きな異常はありません」



 オスカーは足場へ向かって手を上げた。



「六番も追加だ。同じ位置を取れ」



 職人の一人が返事をした。


 レオンは結果を待った。


 やがて、三番から順に数字が上がってきた。


 三番。


 前回とほぼ同じ。


 四番。


 上も根元も、前回より動いている。


 五番。


 わずかな差。


 六番。


 変化なし。


 オスカーは一つずつ聞き取り、自分でも記録板を確かめた。


 それから四番支柱の根元まで歩き、石畳へしゃがみ込む。


 継ぎ目へ指を入れ、支柱の角を見上げた。



「割れは増えていない」



 独り言のように言い、今度は四番と五番の間へ移る。


 地面の高さを測らせ、石畳の継ぎ目を確かめる。


 レオンもその横で石畳に手をつき、断脈を追った。


 赤黒い線は消えていない。


 六番の手前まで、確かに続いている。


 実測で拾えているのは、五番の小さな差までだった。


 オスカーが立ち上がった。



「私の見立てを言います」



 レオンはうなずいた。



「四番は動いている。ただ、今の測定だけなら、四番周辺の局所的な沈下でも説明できます」



 オスカーは記録板を指で叩いた。



「上だけでなく根元も動いている。だから最初に止めた判断は変えません。ただ、五番は小さい。六番には出ていない。これで四番から先までつながっているとは判断できません」



 筋は通っていた。


 四番の周囲だけで地盤が沈んだなら、支柱全体がわずかに動いていても不自然ではない。


 周囲に新しい割れや傾きはなく、六番の測定値にも変化はない。


 今ここにある材料だけでは、オスカーの見立てを崩せなかった。



「分かりました」



 レオンは六番支柱を見る。


 赤黒い線は、まだ残っている。


 オスカーは記録板を閉じた。



「四番を含む区間は止めたままにする。ほかは予定どおり進めます」



 オスカーは職人たちへ向き直った。


 足場の上で、止まっていた作業が組み替えられていく。




     ◇



 現場を出たころには、王都の建物の影が長くなっていた。


 ミナは歩きながら、さっきの測定記録を何度も見返していた。


 しばらくして、紙から顔を上げる。



「レオンさん」

「はい」

「オスカーさんの言ってたこと、合ってるんですか」



 レオンは少し考えた。



「今ある数字だけなら」

「でも、線は六番の手前まで続いてるんですよね」

「あります」

「じゃあ、オスカーさんが間違ってる?」

「それはまだ言えません」



 ミナが眉を寄せる。



「見えてるのに?」

「見えているのは、壊れる側へつながっている線です。何が原因で、どこまで動くかまでは見えません」



 レオンは足を止めた。


 ミナの手元には、今日使った記録がある。


 漏水の記録。


 補修の記録。


 支柱ごとの測定値。


 どれも一枚ずつなら、オスカーの説明で収まる。



「じゃあ、何を見ればいいんです?」



 ミナが聞いた。



「四番が動いた前後です。何が起きていたかを見ます」

「今日だけじゃなくて?」

「はい。時間の順に追います」



 ミナは記録へ目を落とした。


 数枚を重ね、日付を確認する。



「今日の数字だけじゃ足りないんですね」

「はい」



 過去の記録は、まだ全部を並べていない。


 高架水路では、今回だけでなく以前にも補修が行われている。


 そのたびに、どこを測り、どこを測らなかったのか。


 漏水が起きる前に何が変わっていたのか。


 支柱だけではなく、継ぎ目や水路そのものに残っている記録もある。


 今日の数字だけで足りないなら、時間を広げればいい。



「ミナ。今持っている修繕記録、日付順に並べられますか」

「全部ですか」

「この水路の分だけでいいです。漏水した日と、補修した日。それから測定した日を一つにしてください」

「場所ごとじゃなくて?」

「時間の順で見たいです」



 ミナは少し考えてから、うなずいた。



「分かりました。じゃあ、測ってない日は空けておきます」

「お願いします」

「何を探すんです?」



 レオンは答える前に、高架水路を振り返った。


 建物の向こうに、支柱の上部だけが見えている。


 四番から先へ続く断脈は、ここからでは見えない。


 それでも、さっきの位置は覚えていた。



「四番が動いた時期と重なる出来事です」



 ミナが記録を抱え直した。



「見つかりますかね」

「分かりません」



 レオンは歩き出した。



「だから、探します」



 見えているだけでは、王都では足りない。


 なら、見えない相手にも同じものが見える材料を集めるしかなかった。



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