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25話 壁に灯る朝

 塔の先には、まだ二つの暗い区画が残っていた。


 南門から塔の手前までは、淡い光を保っている。


 レオンはその境目を見た。


 一番区画を戻してから、塔にも南門にも新しい動きは出ていない。


 だが、塔から先まで回路を一つにつなげれば、塔が動いたときの力が南門や先の区画へ渡ってしまう。



「次は塔です」



 魔術師が図面を開いた。



「塔だけで起動できるようにします。先の区画とはつなぎません」



 バルドは塔の内側に組んだ新しい受けを叩いた。



「こっちは荷が乗ってる。だが、強く締めて戻すのはなしだ」



「はい。今の位置で支えたまま試します」



 レオンは塔へ手を当てた。


 大型のグレイファングがぶつかった直後、黒く染まっていた断脈は暗赤色まで戻っている。


 消えてはいない。


 だからこそ、術式を起動したときに断脈がどう変わるかを見る。



「最低からお願いします」



 魔術師が塔の刻み目へ魔力を流した。


 淡い光が、塔だけを縦に走る。


 南門側へは伸びない。


 塔の先にも渡らない。


 レオンは断脈を追った。


 根元の線がわずかに濃くなる。


 だが、そこで止まった。



「維持してください」



 バルドが受けへ手を当てる。


 ミナは塔の墨印を見た。



「動いてません」



「受けも鳴らねえ」



 時間を置いても、南門側の断脈は変わらなかった。



「一段、上げてください」



 光が強くなる。


 塔の断脈は、それ以上濃くならない。



「塔の術式は、このまま動かしておけます」



 魔術師が小さく息を吐いた。



「では、塔の先を」



 今度は二番区画だった。


 バルドたちが石の継ぎ目を確かめ、魔術師が古い迂回線の跡と重ならないよう回路を引き直す。


 レオンは起動前と起動後の断脈を見比べる。


 一度目は最低出力。


 次に一段上げる。


 塔側へ伸びる断脈はない。


 先の区画へ伸びる断脈もない。



「二番区画も、このまま起動しておけます」



 ミナが記録板へ書き込んだ。


 残るのは、最初に反応しなくなった三番区画だけだった。


 ここには、大きくずれた石は見つからなかった。


 代わりに、何度も書き足された術式の跡が残っている。


 魔術師は古い刻み目を一つずつ確認し、使わない回路を消していった。


 レオンは二番区画との境目を見た。


 新しい回路が刻まれる。


 魔術師が手を離した。



「起動できます」



 レオンはバルドとミナを見る。


 二人がそれぞれの位置につく。



「お願いします」



 三番区画に、淡い光が入った。


 一瞬だけ、レオンの視界で細い断脈が揺れた。


 壁の継ぎ目を横切り、二番区画との境目まで伸びる。


 そこで止まる。


 隣へは渡らない。



「そのまま」



 誰も動かない。


 光だけが壁に残る。


 墨印はずれない。


 石の受けも鳴らない。


 断脈も太くならなかった。



「一段、上げてください」



 光が強くなる。


 南門から東側へ。


 一番区画。


 独立させた塔。


 二番区画。


 三番区画。


 それぞれが独立したまま、東側の防壁すべてに光が戻っていた。


 以前のように、一つの術式が全部を縛っているわけではない。


 どこか一つに異常が出ても、その区画だけを止められる。


 一つを止めても、東側全部の光が消えることはない。



「……全部、点きました」



 ミナが壁を見上げた。


 レオンはすぐには答えなかった。


 塔。


 南門。


 三つの区画。


 断脈の変化をもう一度追う。


 黒へ近づく線はない。



「はい」



 ようやく、うなずいた。



「この状態なら、止める必要はありません」



     ◇



 翌朝、南門の東側には兵士が戻っていた。


 壁上を避けて組み直していた巡回も、通常の位置へ戻されている。


 外柵には領兵が立ち、冒険者へ任せていた範囲を一つずつ引き継いでいた。


 南門では、昨日まで西寄りへ集めていた荷車が、再び左右に分かれて通っている。


 麦袋を積んだ荷車が街へ入り、空の荷車が橋の方へ向かっていく。


 門脇で足を止めて壁を見上げる者はいても、道を引き返す者はいなかった。


 門の内側では手押し車が行き交い、通りの奥からは鍛冶場の槌の音が聞こえていた。


 異常が消えたわけではない。


 だが、壁の不調を理由に人の流れを変え続ける必要はなくなった。



「東側、夜間の異常なしです」



 壁上から下りてきた兵士が報告した。



「塔の印も変わっていません。外周では新しい足跡は見つかっていません」



「昨日までの足跡は?」



「残しています。位置も記録済みです」



 レオンはうなずいた。


 グレイファングが、なぜ普段と違う場所まで来たのか。


 大型まで混じっていた理由も分からない。


 防壁が不調だったから近づいた、と決めつける材料もなかった。



「記録はそのまま残してください。次に同じ経路で出たら比較します」



「分かりました」



 兵士が壁上へ戻っていく。


 魔術師は南門の詰所で、新しい区画ごとの起動手順を書き直していた。


 異常が出たときは、東側全部を止めるのではなく、問題の区画だけを落とす。


 バルドは職人たちと新しい受けを点検し、仮に残していた木材を外している。


 ミナは昨日までの記録を一つにまとめていた。


 次に異常が出ても、何を確認し、誰へ伝え、どこを止めるかは記録に残っている。


 レオンは南門をくぐる荷車を見た。


 水を戻したあと、街道を直した。


 その街道から届いた石と鉄が、防壁を支えた。


 防壁が戻ったことで、今度は兵士を別の場所へ回せる。


 直したものが、次を直す力になっている。



「レオン」



 バルドが壁の根元から呼んだ。



「最後にこっちも見とけ」



 大型がぶつかった塔の基部だった。


 仮支えを外したあと、新しい受けに異常がないか確かめている。


 レオンは石へ手を当てた。


 塔の中を走っていた断脈は、昨日より薄い。


 南門へ伸びていた線も細くなっている。


 復旧の前から残っていた細い線がいくつかある。


 すぐに触る必要のないものだ。


 その奥に、一本だけ違う線があった。


 塔へ向かっていない。


 壁にも沿っていない。


 防壁の基部から、地面の下へ潜っている。


 太い。


 色は黒くない。


 だが、これまで壁の断脈に重なって見えにくくなっていた線より、はっきりしている。



「……バルドさん」



「なんだ」



「壁の下です」



 レオンはしゃがみ、石畳へ手を移した。


 線は防壁から内側へ伸びている。


 南門へは向かわない。


 街道にも沿わない。


 家並みの奥へ潜っていく。


 レオンは立ち上がり、その方向を見た。


 古い石造りの家が密集する一角だった。


 ミナが記録板を抱えて近づく。



「何かありました?」



「この下に、太い断脈があります」



 ミナがレオンの見ている先を追った。



「……旧市街の方です」



 レオンは返事をせず、もう一度地面へ目を落とした。


 黒には近づいていない。


 いつ崩れるかも分からない。


 壁の断脈が薄くなったことで、地中へ伸びる一本を追えるようになった。


 防壁の下から伸びる断脈は、街の内側へ続いている。


 レオンは旧市街を見た。


 朝の通りには人が歩き、店の戸が開き始めていた。

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