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24話 力の逃げ道

「……あんな強い冒険者、よくこの街にいたな」



 壁上から下りてきた兵士が、外柵の向こうを見た。


 倒れたグレイファングの確認と、負傷者の手当てが進んでいた。


 大型を倒した冒険者が、剣についた血を払っていた。


 少し離れた場所には、三頭をまとめて貫いた石槍が地面から突き出したまま残っていた。



「先ほど領都へ着いた商隊の護衛をしていた方々です」



 リシアが答えた。



「ちょうど護衛を終えたところだったそうです」

「……運がよかったな」



 レオンも冒険者たちへ目を向けた。


 外周を任せられる者がいなければ、東側の復旧作業は止めざるを得なかった。


 片づけが始まってしばらくしてから、レオンは外柵まで歩いた。



「外周を抑えていただいて助かりました」



 頭を下げる。



「そっちも大変そうだな」

「ええ。まだ終わってません」



 壁から声が飛んだ。



「レオン! 塔の印をもう一度見てくれ!」

「今行きます!」



 レオンは冒険者たちへもう一度頭を下げ、防壁へ戻った。


 塔の根元では、バルドが墨印の前にしゃがみ込んでいる。



「ここだ。大型がぶつかったときに開いた。支えを足してからは動いてねえ」



 レオンも継ぎ目を確かめた。


 大型の一撃を受けた直後には黒かった断脈が、今は暗赤色まで戻っている。


 南門へ走った線も、術式を切ってからは広がっていない。



「今の支えは、これ以上動かさねえためのもんだ」



 バルドが木材を叩いた。


 太い材には、大型の衝撃を受けた跡が残っている。



「このまま残すわけにはいかん」



 起動した一番区画が悪かったわけではない。


 塔が動いたとき、その動きを術式が南門側まで伝えた。


 なら、直すべき場所は二つある。



「塔が動いても、南門へ押さない形にできますか」



 バルドはすぐには答えなかった。


 塔と南門の間の壁へしゃがみ込み、表面を固めている古い修復術式を工具で削る。


 白い欠片が落ち、その下から石の継ぎ目が現れた。


 さらに一箇所。


 その隣も削る。



「……やっぱりだ」



 バルドが指を入れた。


 塔側の石と南門側の石が、途中で噛み合うように押し合っている。



「二年前に積み直したとき、開いたところを詰めて固めたんだろうな。見た目は戻る。だが塔が門側へ動けば、ここで全部押す」



 ミナが修繕記録を開いた。



「表の石を積み直して、術式で固めたって書いてあります。中の継ぎ目をどうしたかはありません」



 レオンは断脈を追った。


 塔の根元から伸びる太い線は、ちょうど今バルドが開いた継ぎ目を通って南門側へ続いている。


 だが、それだけで工法までは決められない。



「ここを外せば分けられますか」



「全部抜けば、今度は上の石が落ちる」



 バルドは首を振った。



「先に塔と門を別々に受ける。荷を持たせてから、間で噛んでる石だけ外す。そのあと、押し合わない形で積み直す」



「塔を元の位置へ戻す必要は?」



「今やるのは危ねえ。ずれたもんを無理に戻せば、どこが動くか分からん。今の位置で止める」



 それなら、これまでの方針とも合う。


 壊れる前の形へ戻すことが目的ではない。


 次の力が掛かったとき、別の場所を壊さないことが先だ。


 レオンは魔術師へ向き直った。



「回路は、塔を跨がない形にできますか」



 魔術師は、切ったままの刻み目と図面を見比べた。



「できます。南門から塔の手前までで一度終わらせます。塔の先は、別の区画として起動します」



「塔そのものは?」



「今は独立させます。壁の受け方が決まってから、塔へ掛ける術式を調整します」



 レオンはうなずいた。



「それでお願いします」



 リシアが外周から戻ってきた兵士へ声を掛ける。



「東側の警戒は継続。作業が終わるまで、外柵より先へは追わないでください。南門の通行も西寄りのままにします」



 兵士が走った。


 外を守る者。


 石を直す者。


 術式を組み直す者。


 記録する者。


 戦いが終わっても、やることは残っている。



     ◇



 塔の内側に、石と鉄材で新しい受けが組まれた。


 大型の一撃を受けた木材は残したまま、その横へ荷を移せる形でバルドたちが石を積んでいく。


 南門側にも別の受けを作る。


 二つをつながない。


 同じ壁の中にありながら、塔の重さと南門側の重さを、それぞれ別に地面へ逃がす形だった。



「まだ木を抜くなよ!」



 バルドが職人へ声を飛ばす。



「新しい受けに荷が乗るのを見てからだ!」



 楔が少しずつ緩められる。


 木材が低く鳴った。


 レオンは塔へ触れたまま、断脈を見る。


 一本が濃くなる。


 だが、南門へは伸びない。



「止めてください」



 職人の手が止まる。



「今ので、塔側に力が掛かりました。南門側には出ていません」



 バルドが新しい石の受けへ手を当てる。



「こっちに乗ったな。もう一つ下を締める。上は触るな」



 職人が石を押し込み、鉄材を締めた。


 もう一度、楔を緩める。


 今度は断脈の太さが変わらない。



「そのままです」



 木材から荷が抜けていく。


 最後まで外すと、仮支えはもう鳴らなかった。


 ミナが墨印を確かめる。



「塔、動いてません。南門も同じです」



 バルドはそこで初めて、塔と南門の間へ工具を入れた。


 噛み合っていた石を一つずつ外す。


 一気には抜かない。


 上の石を受け、下を外し、別の石で受け直す。


 レオンはそのたびに断脈の変化を見る。


 一本目。


 変わらない。


 二本目。


 塔側の線がわずかに薄くなる。



「今の石を外してから、塔側に掛かる力が弱まりました」



「なら、そこは噛んでたな」



 バルドは外した石の角を見た。


 片側だけが強く擦れて白くなっている。



「門から受けてたんじゃねえ。塔がこいつを押し込んでた」



 現場の跡と断脈の変化が重なる。


 推定だったものが、一つずつ確かめられていく。


 作業は続いた。


 詰め込まれていた石を外し、荷を別の受けへ移す。


 最後に、塔と南門の間へ細い逃げを残して石を組み直す。


 外から見れば、壁はまた一つにつながっている。


 だが内側では、塔が少し動いても、そのまま南門を押す形ではなくなった。



「構造はこれで分けた」



 バルドが手袋の土を払った。



「次はお前さんだ」



 魔術師が壁へ立つ。


 南門から塔の手前まで。


 そこで回路を終わらせる。


 塔の先へはつながない。


 以前のような迂回線も作らない。



「一番区画だけ、最低出力で起動します」



 レオンは塔へ手を置いた。


 ミナは南門の墨印につく。


 バルドは新しい受けの前にしゃがんだ。



「お願いします」



 淡い光が南門から東へ走った。


 壁の刻み目を一つずつ通る。


 そして、塔の手前で止まった。


 それ以上へは進まない。


 以前なら、光が止まれば異常だった。


 今は違う。


 止める場所を、自分たちで決めた。


 レオンは断脈を見る。


 塔の根元。


 南門の上部。


 新しく組み直した継ぎ目。


 どこにも黒へ近づく線はない。



「そのまま維持してください」



 時間を置く。


 魔術師が出力を変えないまま待つ。


 バルドが受けへ手を当てる。


 ミナが墨印を見比べる。



「南門、動きません」

「塔も変わらん」



 レオンの視界でも同じだった。


 暗赤色の断脈は残っている。


 壁そのものが新品になったわけではない。


 それでも、術式を起動したことで別の場所が壊れ始める動きは出ていない。



「一段、上げられますか」



 魔術師がレオンを見る。



「上げられます」



「同じ区画だけです。異常が出たらすぐ落としてください」



「分かりました」



 光が少し強くなった。


 南門から塔の手前までが、はっきりと淡く照らされる。


 断脈は動かない。


 墨印もずれない。


 新しい受けも鳴らなかった。



「……戻った」



 ミナが小さく言った。


 レオンは首を振った。



「一番区画だけです」



 東側の先は、まだ暗い。


 塔そのものも、完全には戻していない。


 だが、さきほど切った光を、今度は残せる形で戻した。


 危機の前と同じ状態へ戻したのではない。


 次に壊れにくい形へ変えたうえで、戻した。


 レオンは塔の先へ視線を移した。


 暗い壁が、まだ二つの区画に分かれて続いている。



「次も同じです」



 魔術師が図面を持ち直した。



「一つずつ?」



「はい」



 レオンは、光の止まった境目を見た。



「残りも、隣へ負荷を渡さない形で戻します」

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