18話 道がつながる
橋を支えていた木材を、今度は抜かなければならなかった。
夜明けとともに、橋の両端へ再び縄が張られている。
昨日は荷車が行き交い、麦と木材と鉄材が領都へ入った。製粉された粉は、同じ橋を南へ戻っていった。
それでも今朝、道は閉じられていた。
「昨日は通れたじゃないか!」
対岸から声が飛ぶ。
橋番の兵士は、橋番小屋の壁へ留めた紙を指した。
「日の出から昼までは点検と作業だ! 昨日、両側へ知らせたとおりだ!」
不満の声は残ったが、荷車が前へ出ることはなかった。
通れるかどうか分からず待たされるのと、いつ閉まり、いつ開くか分かって待つのでは違う。
リシアは昨日のうちに、南側の村と領都の商人へ閉鎖時間を伝えさせていた。
橋を直すだけでは、道は動かない。
使う者が予定を立てられて、初めて仕事に使える。
「水抜きから始めるぞ」
バルドが橋の南側へ降りていく。
街道の下では、応急の木組みと絞り板が水の出口を支えていた。
濁っていた水は、今では底の石が見えるほど澄んでいる。だが、木を残したまま土を戻せば、いずれ腐り、同じ場所に隙間ができる。
水の通り道も、板一枚で調整し続けるわけにはいかなかった。
「木枠を一つ外す。空いた場所へ大石を入れ、上を受けてから次だ」
バルドは職人たちへ順番を示した。
「真ん中は塞ぐな。水の道を残せ。細かい土は最後だ」
レオンは街道の下へ伸びる断脈を追った。
木枠の周囲には細い線が残っている。
どれも暗赤色で、昨日から太さは変わっていない。
「最初は橋から遠い枠にしてください。外したあと、街道の印を測ります」
「全部まとめて外した方が早いぞ」
「早く空ければ、その分だけ石畳の重さが残った枠へ集まります」
「分かってる。言ってみただけだ」
バルドは口の端を上げ、木槌を職人へ渡した。
鉄材で締めていた枠が、一つずつ解かれる。
木が抜けた空間へ、谷から選んだ大きな石を入れる。
その上へ平たい石を重ね、左右から薄石を打ち込む。
石畳へ重さが戻るたび、断脈がわずかに濃くなった。
だが、一箇所へ集まらない。
水は石の列の中央を通り、谷へ流れ続けている。
「上は?」
しばらくして、ミナの声が返った。
「街道の印、変わりません! 橋の南端も同じです!」
「次を外すぞ!」
一つ。
二つ。
応急の木枠が、石の支えへ置き換わっていく。
最後に、水抜き口を押さえていた絞り板が抜かれた。
水は勢いを増したが、泥を巻き上げることなく、石で残した道を流れていく。
古い水抜き口の周囲にも、新しい断脈は現れなかった。
「これで、板を押さえる人間はいりません」
レオンが言うと、バルドは流れへ手を入れた。
「雨が降っても、水はここから抜ける。詰まったら外から掻き出せる」
「橋番の点検に加えます。雨の後は、街道の印と一緒に確認してください」
ミナが記録板へ書き足す。
応急処置が、点検して使い続けられる仕組みに変わった。
◇
最後に残ったのは、橋の下の仮支えだった。
太い木材が二本、橋脚と南側の石積みの間へ渡されている。
橋の石を外したとき、南端がまとめて落ちないように組んだものだ。
橋は昨日、荷車の重さを受けた。
それでも仮支えを残したままでは、本当に橋だけで持っているのか分からない。
「上の荷は全部どかしたな」
「橋の上には誰も入れていません」
リシアが両岸を確認する。
兵士は柵の外へ下がり、職人だけが谷側の足場へ残っていた。
「右から緩めるぞ」
バルドの合図で、職人が仮支えの根元へ入れた薄石を一枚抜いた。
木材が低く鳴る。
橋の南端へ細い断脈が走った。
だが、すぐに複数の継ぎ目へ分かれた。
「もう一枚」
二枚目が抜かれる。
右の木材がわずかに下がり、橋との間へ指一本分の隙間ができた。
「右は抜けた」
職人たちが木材を横へ引き出す。
橋は動かない。
残った左の仮支えも、同じように根元の薄石を外していく。
だが、二枚目を抜いても木材は下がらなかった。
「まだ荷が乗ってるな」
バルドが工具の柄を木材へ当てる。
橋から、鈍い音が返った。
レオンの視界では、左の仮支えから南端の継ぎ目へ暗い線が一本だけ伸びていた。
昨日までの荷車では黒くならなかった場所だ。
橋の重さの一部が、まだ木材へ残っている。
「無理に抜かないでください」
「抜けば、上の石が落ちるか」
「どの石かは分かりません。ただ、ここで支えが消えると、南端へ重さが集まります」
バルドは橋の下を叩きながら、組み直した継ぎ目を一つずつ確かめた。
硬い音。
硬い音。
一箇所だけ、少し低い音が返る。
「ここだ。石の下が当たり切ってねえ」
外して組み直した石の端に、薄い隙間が残っていた。
荷車が通るたびに石は少しずつ座ったが、最後の重さだけは仮支えへ逃げていた。
「持ち上げるか?」
「上げれば、隣の継ぎ目へ荷が移ります」
「なら、このまま隙間を埋める。薄い石をよこせ」
バルドは平たい石を選び、隙間へ差し込んだ。
一度では入らない。
先を削り、向きを変え、木槌で少しずつ送る。
石が奥へ入るにつれ、仮支えから伸びていた断脈が薄くなった。
「あと少しです。右側へ寄せてください」
「こっちか」
「はい。そこなら、二つの石へ分かれます」
木槌が鳴る。
平たい石が収まった。
橋の下へ、澄んだ音が返る。
同時に、仮支えの木材がわずかに下がった。
「抜けたぞ」
職人たちが左の木材を引く。
今度は抵抗なく、橋の下から抜けていった。
橋脚と南側の石積みの間に、何もない空間が戻る。
その上で、橋は自分の重さを受けていた。
「ミナ、測ってください」
足音が橋の上を走る。
しばらくして、声が返った。
「南端、変わりません! 橋脚も、街道の印も全部同じです!」
レオンは橋全体を見た。
街道の下から橋へ食い込んでいた黒い断脈はない。
固められた継ぎ目へ集中していた線も、複数の石へ薄く分かれている。
水は、塞がれた道の中ではなく、石で作り直した出口から谷へ流れていた。
誰かが木を押さえ続けなくてもいい。
板を動かし続けなくてもいい。
橋も、道も、自分で立っている。
「仮支えを撤去します」
レオンが告げると、谷側で職人たちの声が上がった。
◇
昼前、橋の両端から柵が外された。
板の道は残す。
一台ずつ通す決まりも、五台ごとの測定も変えない。
直ったから点検をやめるのではない。
直した状態を守るために、橋番が見続ける。
最初に橋へ入ったのは、南側で待っていた麦の荷車だった。
その後ろに木材と鉄材が続く。
領都側からは、挽き終えた粉と、工房で整えられた農具を積んだ荷車が南へ向かう。
昨日のように歓声で一台を迎える者はいなかった。
荷車は止まらず、橋番の合図に従って次々と入れ替わっていく。
それが、この道が戻った証拠だった。
領都へ戻る坂道では、荷を受ける手押し車が行き交っている。
閉じていた倉の扉が開き、製粉所の水車が回り、鍛冶場から槌の音が続いていた。
南へ戻る荷車には、粉だけではなく、修理された鍬や斧も積まれている。
水が街の中の仕事を動かし、道がその仕事を外へ運んでいた。
橋のたもとで、鉄材を運んできた御者がレオンへ声を掛けた。
「次に直す場所でも、鉄が要るんだろう」
「使う可能性はあります」
「商人組合から伝言だ。必要な品と量、要る時期が分かったら先に知らせてくれ。橋がいつ閉まるかも分かるなら、こっちで荷をまとめられる」
以前なら、橋が止まれば荷主と御者が怒鳴り合うだけだった。
今は、止める時間と通す条件が決まっている。
商人たちは、その中で荷を動かす方法を考え始めていた。
「現場を確認したら、リシア様へ一覧を出します。運ぶ順番は、領主館と商人組合で決めてください」
「分かった。次は、空の荷車を持ってくる」
男は手を上げ、南へ戻る列へ加わった。
リシアが、橋番小屋の前で一通の書状を閉じていた。
「街道橋の復旧と、物流再開の報告です。南へ戻る商人に託し、街道沿いの村と王国復興局へ送ります」
「王都にも?」
「あなたをここへ送った者にも、何が直ったかは知らせておきます」
リシアは封をした書状を荷車の御者へ渡した。
王都では、命令系統を乱した役人として記録された。
その同じ名が今度は、水を戻し、橋を開き、止まっていた荷を動かした復旧総監として、街道を渡っていく。
レオンは橋の上を行き交う荷車を見た。
道の向こうから、まだ見たことのない資材と人が来る。
街からは、ここで作られた物が外へ出ていく。
水だけでは、街は立ち直らない。
道だけでも足りない。
二つがつながって、ようやく街は外の世界と息をし始めた。
◇
夕方、橋番への引き継ぎを終えたところで、南門から兵士が駆けてきた。
「リシア様。夕刻の点検で、防壁の術式が一部反応しません」
リシアの表情が変わった。
「どの区画です」
「南門の東側です。昨日までは動いていました」
レオンは領都を囲む灰色の壁を見上げた。
外側に、大きな崩れは見えない。
それでも壁の内側では、赤黒い断脈が長く走っていた。




