14話 道を支えろ
最初の木材が谷を越えた。
縄から外された材を、バルドがその場で地面へ転がす。
短く切り分けられているが、街道の下へ組むには十分な太さがあった。
続いて、鉄材をまとめた束が運搬縄へ吊られる。
橋はまだ使えない。
それでも、壊れた道を直すための資材が、壊れた道を越えて届き始めていた。
「木材は谷側の作業場へ。鉄は長さごとに分けろ。曲がってるやつも捨てるな」
バルドの声に、職人たちが動く。
対岸では次の材が縄へ掛けられ、領都側では届いた材を別の職人が担いでいく。
一本渡るたびに、ミナが記録板へ印を付けた。
「木材、八本。短い鉄材が十二本です」
「最初の枠には足りますか」
レオンが尋ねると、バルドは街道の下へ目を向けた。
「一つ組む分にはな。だが、空いてる場所が全部同じ深さとは限らん」
「まず一箇所を支えます。持つことを確認してから、次へ広げましょう」
水抜き口から流れる水は、昨日より澄んでいる。
橋を押していた土の動きも止まっていた。
だが、白い修復術式に覆われた石畳の下には、長く続く空洞が残っている。
上から見れば道の形をしている。
下から見れば、薄い石の床が宙へ残されているだけだった。
◇
街道の下へ入ると、石畳の隙間から細い光が落ちていた。
バルドが棒を差し込み、空洞の深さを確かめる。
「昨日より広がっちゃいねえ。水を止めずに逃がしたのは正解だ」
「このまま土を詰め戻せますか」
「駄目だな。細かい土から入れれば、また水に持っていかれる」
バルドは届いた木材を二本、空洞の底へ平行に置いた。
その上へ短い材を渡し、四角い枠を組む。
「まず、下で形を作る。石畳を持ち上げるんじゃねえ。落ちてこない位置で受ける」
「枠の外へ水を逃がす道も残してください」
「分かってる。真ん中を塞げば、昨日と同じことになる」
職人が鉄材を火で熱し、木組みの角へ沿わせる。
冷え始めた鉄を槌で締めると、四本の材が一つの枠として固定された。
レオンは石畳と木組みの間を走る断脈を見た。
まだ隙間がある。
ここで上へ押しつければ、荷が一箇所へ集まる。
「中央には入れないでください。先に両端です」
「薄石を噛ませるぞ」
「左右を交互にお願いします」
一枚目。
二枚目。
職人が薄い石を枠の端へ差し込み、木槌で少しずつ打つ。
石畳へ近づくにつれ、赤い断脈が細かく震えた。
「右を止めて。左をもう一枚」
左へ薄石が入る。
中央へ集まりかけた線が、両側へ分かれた。
「そこです。固定してください」
木組みが石畳を受けた。
黒へ近づく線はない。
空洞の上へ残っていた石畳が、初めて下から支えられた。
「一つ目は持つ」
バルドが枠を蹴った。
鈍い音が返る。
「次は、こいつの周りへ大きい石から詰める。細かい土は最後だ」
「水の通り道は残します」
「そのために、下を一列空ける」
レオンの判断を、バルドが形へ変える。
職人たちは谷から拾い上げた石を大きさごとに分け、木組みの周囲へ詰め始めた。
大きな石。
その隙間へ小さな石。
最後に、流されにくい粗い土を押し込む。
上から見えない場所で、道の中身が少しずつ戻っていった。
◇
二つ目の枠を入れたところで、石畳が低く鳴った。
レオンの視界で、黒い断脈が中央へ走る。
「止めて!」
職人たちの手が止まった。
上では、石畳の端から砂が落ちている。
「どこだ」
「二つの枠の間です。荷が中央へ残っています」
バルドが身を屈め、木組みの位置を見た。
「間が広すぎたな。もう一本入れる」
「届いた材では長さが足りません」
「二本を重ねる。継ぎ目はずらすぞ」
バルドは短い材を二本並べ、鉄材で締め始めた。
「継ぎ目は、二つの枠の間へ置かないでください。右の枠寄りへ」
「なら、左端は一つ目の枠に載せる」
職人たちが連結した材を持ち上げる。
石畳の中央へ直接当てず、左右の枠へ橋を渡すように入れた。
「先端を少し上げてください。手前はそのまま」
「これ以上は石に当たるぞ」
「あと指一本分だけです」
材の先が枠へ載った。
中央へ集まっていた黒い断脈が、左右へ分かれる。
さらに薄石を噛ませると、色が暗赤色まで戻った。
「持ちました」
「なら締めるぞ!」
槌の音が街道の下へ響く。
鉄が木を締め、二つの枠が一本の支えとしてつながった。
上から砂が落ちる音も止まった。
「次の材を!」
バルドが叫ぶ。
入口では、ちょうど新しい木材が届いていた。
谷を越えた資材が、そのまま職人の手へ渡される。
一本届けば、枠が一つ増える。
鉄が届けば、木組みがつながる。
麦を運んだ縄が、今度は道そのものを直す材料を運んでいた。
◇
日が落ちても、作業は止まらなかった。
リシアが手配した油灯が街道の上下へ並び、兵士が交代で運搬縄を引く。
対岸の御者たちも、自分の荷を待つだけではなくなっていた。
木材を短く分ける者。
鉄材を束ね直す者。
空いた荷袋へ小石を詰め、重しとして渡す者。
橋を閉じられた側と、荷を待つ側。
朝まで分かれていた人々が、同じ道を戻す作業へ加わっていた。
そのとき、街道の上から匂いが降りてきた。
焼いた麦の匂いだった。
ミナが顔を上げる。
「パンです」
製粉所の前にいたパン屋の女が、大きな籠を抱えていた。
籠の中には、焼き上がったばかりの小さなパンが並んでいる。
「届いた麦で焼いた最初の分だよ。作業してる人から食べておくれ」
兵士が籠を受け取り、谷側と街道下へ配っていく。
バルドは泥の付いた手を布で拭い、パンを一つ受け取った。
「昨日まで、水も麦も止まってた街とは思えんな」
「まだ橋は止まっています」
レオンが言うと、バルドは一口かじった。
「だから直してんだろ」
短い言葉だった。
だが、周囲の職人たちが笑った。
レオンも温かいパンを受け取った。
水が戻った。
麦が届いた。
その麦が粉になり、パンになって、道を直す者たちの手へ戻ってきた。
復旧したものが、次の復旧を支えている。
それは王都では見たことのない光景だった。
◇
夜明け前、最後の木枠が入った。
白い修復術式の下を走っていた黒い断脈は、ほとんどが暗赤色まで薄まっている。
レオンたちは街道の上へ戻った。
基準の杭から墨印までの距離を、ミナが測り直す。
「昨日の夕方から、変わっていません」
「橋の南端は?」
「同じです。橋脚も動いてません」
バルドが空の手押し車を持ってきた。
「上からも確かめるぞ」
「最初は空のままです。中央を外して、山側を通してください」
手押し車が石畳へ入る。
車輪が白い修復術式の帯を越えた。
石畳は沈まない。
空気の抜ける音も、泥のにじむ音もなかった。
次に石袋を一つ載せる。
それでも墨印は動かない。
二つ。
三つ。
重さを増やすたび、ミナが測り、バルドが下の木組みを確かめる。
四つ目の石袋を載せた手押し車が、補強した区画を最後まで通り抜けた。
対岸から見ていた御者たちの間で声が上がった。
大きな歓声ではない。
だが、何度も押し殺してきた息が、一斉にほどけるような音だった。
レオンは橋へ目を向けた。
街道から橋を受ける石積みへ食い込んでいた黒い断脈は、細くなっている。
押され続けていた橋が、ようやく止まった。
まだ荷車は通せない。
外れた石を戻し、橋の継ぎ目を支え直し、荷を掛けながら安全を確かめる必要がある。
それでも、壊れ続けるものを直す段階は終わった。
ここからは、止まった橋を戻せる。
夜通し働いた者は交代させ、橋へ手を付けるのは日が高くなってからと決めた。
「街道は支えました」
レオンは、朝日に照らされる橋を見た。
「次は、橋を直します」




