10話 止まった街道
街道橋の両端へ、木柵が置かれた。
橋番の兵士が南側の荷車を止め、南門から来た兵士たちが領都側の道を塞いでいる。
谷を挟んだ対岸には、十台を超える荷車が並んでいた。
製粉を待つ穀物。工房で使う木材と鉄材。
水不足の間、受け入れ先が動かず、村や商人の倉で止められていた荷だ。水車と工房が再開したと聞き、一斉に領都へ向かってきたものだった。
「水車が動くと聞いたから、止めていた麦を運んできたんだ! また持ち帰れっていうのか!」
対岸から、御者の声が飛んだ。
別の男も荷台を叩く。
「こっちは木材と鉄だ! 工房から早く寄越せと言われてる。橋を閉じるなら、いつまでか教えてくれ!」
橋を止めれば、人命は守れる。
だが、止めたままでは、ようやく動き始めた水車も工房も、すぐに材料を失う。
水を取り戻しただけでは、街は立ち直らない。
人と物が動いて、初めて仕事が続く。
橋番の兵士が、柵の脇に置いていた石を両手で持ち上げた。
人の頭ほどもある、四角く切りそろえられた石だった。片面には、白い修復術式の跡が残っている。
今朝、橋の下から拾い上げたものだという。
バルドが受け取り、欠けた面と残った術式を確かめた。
「崖から落ちた石じゃねえ。橋の下側に組まれていた石だ」
対岸の男たちから、怒鳴り声が消えた。
レオンは橋の領都側から告げた。
「橋を形づくる石が、継ぎ目から外れて落ちています。次にどこが外れるか、まだ分かりません。荷車の重さを掛けることはできません」
「……直すのに、どれくらい掛かる」
「現時点では約束できません。まず、橋のどこが動いているのかを調べます」
「荷車は橋から離してください。積み荷は、穀物、復旧資材、その他に分けて記録します。荷主と行き先も確認してください」
レオンは領都側の兵士へ向き直った。
「橋番と連携して、対岸で記録を取らせてください。柵より橋側へは誰も入れないように」
「承知しました」
兵士は即座に走った。
王都では、橋を止めるだけで命令系統を押し切る必要があった。
今は違う。
復旧総監の権限で緊急停止を命じれば、現場は止まる。
その代わり、止めた後に何をするかまで、レオンが決めなければならない。
「リシア様。領都に残る穀物と、工房が待っている資材を確認してください。橋を閉じられる時間を知りたい」
「領主館の在庫と、商人組合の記録を照合します。止まっている荷も、優先順位を付けましょう」
「お願いします」
リシアは護衛へ指示を出し、南門へ引き返した。
橋の復旧方法を決めるのはレオンたちだ。
だが、どの荷をいつまでに通す必要があるかを決めるには、街全体の事情が要る。
それは領主代行であるリシアの仕事だった。
「ミナ。橋の修繕記録を集めてください。橋番の記録だけでなく、南側の街道を直した記録もです」
「橋じゃなくて、道の方も?」
「断脈が橋の中だけで終わっていません。先に切り分けます」
「分かりました。橋番にも、音がした日を聞いておきます」
ミナは橋番の小屋へ走った。
バルドは橋の端へしゃがみ、白い修復術式の跡を工具の柄で叩いた。
「上から見る限り、石の弧そのものは残ってる。だが、南の継ぎ目だけ詰まりすぎだ」
「押されている?」
「可能性はある。下を見なきゃ決められん」
レオンは橋面へ足を踏み入れなかった。
黒い断脈は、荷車が止まった後も脈打っている。
荷の重さだけが原因なら、橋を空にしたことで線は薄くなるはずだった。
だが、橋の南半分を横切る太い線は変わらない。
橋脚の根元からではなく、南側の街道の下から橋へ入り込むように伸びていた。
「点検路はありますか」
「北側の斜面に古い道がある。橋脚の下までは行ける」
「案内をお願いします」
◇
古い点検路は、南門の外から谷へ下っていた。
石段の半分は土に埋もれ、昨夜の雨で表面が濡れている。
バルドが棒で足場を確かめ、その後ろをレオンが進んだ。
遅れて戻ってきたミナが、記録板を抱えたまま二人へ追いつく。
「橋番に聞きました。石が落ちる音は、一月くらい前からです。重い荷車が通った後と、雨の翌日に多かったそうです」
「南側の街道の修繕は?」
「去年、道に水が溜まるから、窪みを術式で平らにしたって記録がありました」
「水を逃がす場所は書かれていますか」
「そこまではありません」
谷底へ降りると、橋の全体が見えた。
厚い石の橋面を、谷の中に立つ橋脚が支えている。
遠目には傾いていない。
橋脚にも、崩落と呼べるほど大きな欠損はなかった。
それでも、根元には、橋番が拾い上げたものと同じ形の石がもう一つ転がっていた。
バルドが持ち上げ、割れた面を撫でる。
「砕けて落ちたんじゃない。継ぎ目から擦り出されてる」
「上から潰れた形ではない?」
「ああ。横から押された石だ」
レオンは橋脚へ手を当てた。
冷たい石の奥を、断脈が走っている。
線は橋脚から上へ伸び、橋面を渡ったあと、南側で橋を受ける石積みへ集まっていた。
そこからさらに、街道の下へ潜っている。
《断脈視》が教えるのは、壊れようとしている場所と広がる方向までだ。
なぜ横から押されているのかは、まだ分からない。
「南側へ回ります」
谷底を進むと、橋の向こう側を支える石積みが見えた。
その隙間から、濁った水が細く流れ出している。
雨は朝に上がり、空は晴れている。
それでも、街道の中から水が抜け続けていた。
ミナが石積みの下へしゃがむ。
「この水、さっきより増えてませんか?」
「触るな。石の裏に泥が詰まってる」
バルドは工具の柄を石へ当てた。
鈍い音が返る。
「中が水を抱えてるな。水抜きが塞がってるか、道の下へ流れ込んでる」
「去年の修繕で、窪みだけを塞いだ」
レオンは南側の街道を見上げた。
白い修復術式が、橋の入口から道の端まで帯のように続いている。
水が溜まる場所を平らにした。
だが、水そのものがどこへ流れるかは記録されていない。
昨夜の雨が道へ入り、逃げ場を失った可能性がある。
水を含んだ土が谷側へ動き、橋を横から押しているのだとすれば、落ちた石の形とも断脈の向きとも合う。
ただし、まだ推定だ。
内部の水の位置と、街道が実際に動いているかを確かめる必要がある。
「橋を積み直せば、荷車を通せるか?」
バルドが尋ねた。
「今はできません」
レオンは濁った水と、街道の下へ続く断脈を見比べた。
「橋だけを直しても、南側からまた押されます。先に水の出口と、街道の動きを調べます」
「道を掘るのか」
「いきなり掘れば、溜まった水と土が一気に動くかもしれません。まず、水抜きの跡を探します。次に、橋と街道へ印を付けて、動いている場所を切り分けます」
バルドは石積みを見上げ、短くうなずいた。
「なら、橋直しの前に排水だ。職人を二組に分ける」
「一組は水抜きの確認。もう一組は橋脚と継ぎ目の計測をお願いします」
レオンはミナへ向き直った。
「修繕前の地形を知っている人を探してください。雨の水が、以前はどこへ流れていたか聞きます」
「橋番と、南側の村の人に当たります」
「お願いします」
やるべきことが決まった。
橋を見ただけで、原因も直し方も分かったわけではない。
それでも、橋脚だけを積み直すという誤った復旧は避けられる。
レオンは谷の上を見た。
対岸には、穀物と資材を積んだ荷車が並んでいる。
その車輪の下を通り、街道から橋へ伸びる断脈が、ゆっくりと黒く脈打っていた。
「壊れているのは、橋だけではありません」
水の次に取り戻すべきものは、街へ続く道そのものだった。




