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アオとミナトの物語  作者: 西坂 隼


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18/21

第17話 遠回りの夏

 清流・佐辺川。


 夏の日差しを受けた水面が、岩のあいだできらきらと光っていた。


 川沿いの草は濃い緑に伸び、葉の裏では蝉が鳴いている。山から下りてくる風には、水と土、それから青い草の匂いが混じっていた。


 少し上流では、白い水しぶきが岩に砕ける。


 その向こうには、深い緑の山肌が続いていた。


 豪雨の夜には恐ろしい濁流となるこの川も、夏は佐辺に恵みをもたらしてくれる。


 鮎の季節だった。


 鮎漁が解禁されるころになると、川辺には町の外からも釣り人がやって来る。


 その日も、上流には何人もの人影があった。


 長い竿を構え、流れの中に立っている。


 アオとミナトは、釣り人の視界に入らない距離の、大きな岩の陰からその様子を眺めていた。


 アオはエラの周りの鱗をわずかに逆立て、爪を出したり引っ込めたりしている。


「あれは、何をしている」


「鮎釣り」


「つり」


「竿と糸を使って、魚を捕る」


 アオは黙って釣り人を見た。


 一人の男が、流れの中で静かに竿を構えている。


 なかなか動かない。


「待っているのか」


「そうだな」


「鮎が来るのを」


「まあ、鮎は川の中にいるんだけどな。釣るのはまた別なんだよ」


「いるのに捕れないのか」


「そんな簡単じゃない」


 アオは川を見た。


 水の中では、鮎が石の近くを素早く動いている。


 アオには、その姿がよく見えていた。


 鼻から、シュシュッと短い息が漏れる。


 ミナトには、それが人間でいう鼻で笑う動作だと、もう分かっていた。


「効率が悪い」


「釣り人に聞かれたら怒られるぞ」


「川に入ればよい」


「人間はお前みたいに泳げないんだよ」


「鮎は見える」


「人間には、そこまで見えない」


「不便だ」


「だから竿を使うの」


 アオは再び釣り人を見た。


 長い竿。


 流れる水。


 じっと待つ人間。


「釣れない時間もあるのか」


「ある」


「それでも続けるのか」


「それも含めて楽しいんだって」


「釣れないのに」


「うん」


 アオは首を傾けた。


「分からない」


「だろうな」


 ミナトは笑った。


 しばらくして、アオがぽつりと言った。


「鮎は、うまい」


「そこは分かるんだ」


「焼くと、うまい」


「去年、辰蔵さんにもらったやつな」


「骨がある。でも、うまい」


「ずいぶん高評価だな」


 岩の間を抜けてきた風が、アオの濡れた鱗を撫でていく。


 川面の光が、琥珀色の目に映っていた。


 鮎は石の陰から姿を見せては、また流れの中へ消えていく。


 アオには、それが見える。


 なのに人間は、糸の先をじっと見つめて待っている。


 やはり、まだよく分からなかった。


     *


 数日後。


 緑川家の縁側で、辰蔵が渋い顔をしていた。


「最近の子どもらは、川で遊ばんのう」


 由紀子が麦茶をミナトに渡し、アオの前には塩分を少し加えた水を置いた。


「危ないからって、大人が止めることも多いですから」


「それも分かる。川は危ない。じゃが、川を知らんまま大きくなるのも、それはそれで怖い」


 由紀子は少し考えてから、うなずいた。


「私もそこは悩んでる。鮎だって、この地域では昔から身近な魚なのに、どうやって川で暮らしているのか知らない子も多いし」


 アオは黙って聞いていた。


 しばらくして、ミナトを見る。


「ミナト」


「何」


「アオは、大橋の仕事を手伝ってから、何もしていない」


「そんなことないだろ。川の見回りもしてるし、子どもたちにも危ない場所を教えてる」


「もっと、できることはないのか」


 その声は妙に真剣だった。


 辰蔵が笑う。


「十分やっとるがな」


「足りない」


「何が足りん」


「里が困っている」


 アオは由紀子を見る。


「子どもは、鮎を知らない」


「そうね」


「なら、アオが教える」


 由紀子の顔が明るくなった。


「鮎のこと、教えてくれるんですか?」


「水の中なら分かる」


 ミナトが横から言った。


「アオ基準の『分かる』は、たぶん人間には難しいですよ」


「なぜ」


「お前、水の中で直接捕まえるだろ」


「捕ればよい」


「ほら」


 辰蔵が膝を打った。


「ええじゃないか。子どもらを集めて、川の授業をやろう」


「お父さん、急に話を大きくしないで」


「善は急げじゃ」


「子どもを川に入れるなら、安全の準備が先」


 由紀子の声が教師のものに変わった。


「浅い場所だけ。必ず大人がつく。川の中でふざけない。ロープと浮き具も準備して」


「消防団にも声をかけるか」


 辰蔵が言う。


「さとるなら来るじゃろ」


 ミナトが少し考える。


「白崎さんにも声かけます? 水や魚の話なら、子どもにも分かりやすく説明してくれそうだし」


「いいですね」


 由紀子がうなずいた。


 アオだけが、少し不思議そうだった。


「鮎をつかまえるだけなのに、人間はたくさん集まる」


「子どもの安全がかかってるからな」


「アオが見ている」


「お前一人に全部任せるほうが怖い」


「なぜ」


「お前、『捕ればよい』で終わるから」


 アオは少し不満そうに爪を閉じた。


 辰蔵が笑った。


「人間は、一人でできても、みんなでやるときがあるんじゃ」


「なぜ」


「そのほうが、ええときもある」


「分からない」


「まあ、そのうち分かるかもしれん」


「分からないかもしれない」


「それでもええ」


     *


 川の授業の日。


 上流の、流れが穏やかな浅瀬の河原に子どもたちが集まった。


 頭には帽子。


 手には水筒。


 足元は濡れてもいい靴。


 川辺には、夏草の匂いと子どもたちの声が広がっていた。


 木々の向こうでは蝉が鳴き続け、時折、川面すれすれを小さなトンボが横切っていく。


 由紀子が、一人ずつ子どもたちの様子を確認していた。


「今日は絶対に約束を守ること。勝手に深いところへ行かない。川の中でふざけない。流された物を追いかけない。アオ先生の話を聞く。いいですね」


「はーい!」


 少し離れた場所では、赤木さとるが消防団の仲間とロープや浮き具を確認していた。


「よし、こっちは大丈夫!」


 いつもの大きな声が川辺に響く。


 白崎玲奈は、浅瀬から汲んだ水を小さな容器に入れ、子どもたちに見せていた。


「鮎は、川の中の石についた藻を食べます。だから、水の状態や川底の環境がとても大事なんです」


「石を食べるの?」


「石そのものじゃありませんよ」


「石についたご飯?」


「そう思うと分かりやすいですね」


 子どもたちが笑う。


 ミナトは少し離れた岩の上にいるアオを見た。


 アオは、いつになく堂々としていた。


 背後には深い緑の山。


 その足元には、夏の日を反射する佐辺川。


 今では、その景色の中にアオがいることが、ミナトには妙に自然に見えた。


「アオ先生、お願いします」


 由紀子が声をかける。


 子どもたちが一斉にアオを見る。


「アオ先生!」


「鮎見せて!」


「捕って!」


「お手本!」


 アオはうなずいた。


「まず、見せる」


 そう言うなり、ざぶんと川へ飛び込んだ。


 水しぶきが夏の日差しの中で白く弾けた。


「わあっ!」


 子どもたちが歓声を上げる。


 背びれが水面をすっと切る。


 アオは流れを読みながら石の間を抜け、音もなく潜った。


 数分もしないうちに、水面から顔を出す。


 両手には、銀色に光る鮎。


「捕った」


 子どもたちが大騒ぎした。


「すごい!」


「はやっ!」


「アオ先生、もう一回!」


 アオのエラ蓋がぱたぱたと動いた。


 喉の奥から、


「ギュルギュル……」


 と、得意そうな音まで漏れる。


 ミナトは頭を抱えた。


「お手本になってない!」


 大人たちが笑った。


 由紀子も笑いながら言う。


「アオ先生。人間の子どもは、その捕り方はできません」


 アオは不思議そうに由紀子を見る。


「なぜ」


「泳ぎも速くないし、水の中もそんなに見えません」


「不便だ」


「そこは認めます」


 ミナトが言う。


「だから、人間でもできるやり方を教えてやって」


 アオは手の中の鮎を見る。


 そして子どもたちを見る。


「分かった」


     *


 アオの授業は、少しぎこちなく始まった。


「鮎は、石の近くにいる」


 一人の子が手を挙げる。


「どの石?」


「よい石」


「よい石って?」


 アオが止まった。


 ミナトが小声で言う。


「もうちょっと頑張れ」


「よい石は、よい石だ」


「頑張ってない」


 由紀子が笑いをこらえながら助け船を出した。


「アオ先生。鮎が好きなのは、どういう石ですか?」


 アオは川を見た。


「水がよく当たる。藻がつく。石の近くに隠れる場所がある。流れが強すぎない」


 玲奈がうなずく。


「そうですね。鮎は石についた藻を食べるので、そういう場所に集まりやすいんです」


「へえー」


 子どもたちが川底を覗き込む。


 アオはその先を指した。


「でも、あそこには行くな」


 少し下流。


 水面だけを見れば、ほかの場所と大差はない。


「あそこは底が急に深くなる。下で水が回っている。足を取られる」


 子どもたちの顔から笑いが消えた。


「こっちの岩も、濡れると滑る」


 アオは別の場所を指す。


「雨の次の日は、ここまで来るな。水が速い」


 短い言葉だった。


 だが、迷いがない。


 由紀子は黙って聞いていた。


「一人で来るな」


 アオが言った。


「魚は、流されても泳げる。人間は、流されたら戻れないことがある」


 子どもたちは真剣にアオを見る。


「帽子が流れても追うな。竿も追うな」


 一人の子が聞いた。


「もったいなくても?」


「命のほうが、もったいない」


 ミナトが思わずアオを見た。


 由紀子も、少しだけ目を細めた。


「そうですね」


 その声はやわらかかった。


「それは絶対、覚えておいてください」


 アオは子どもたちを見渡す。


「川は、怖い」


 少し間を置く。


「でも、怖いだけではない」


 由紀子がアオを見る。


 アオはもう川へ目を戻していた。


 夏の日差しを受けた水面が、変わらずきらきらと揺れていた。


     *


 そのあと、子どもたちは浅瀬から川を観察した。


 鮎がどこにいるのか。


 どんな石を好むのか。


 水が速い場所と、緩い場所。


 辰蔵は昔の鮎漁の話をし、玲奈が鮎の生態を補足する。


 さとるは、子どもが危ない場所へ近づかないよう見ていた。


 そのうち、準備していた竿を使って、鮎釣りの体験も始まった。


 簡単には釣れない。


 一分。


 二分。


 五分。


 子どもたちの集中力が、少しずつ切れていく。


「まだ?」


「全然釣れない」


「アオ先生みたいに捕ったほうが早い」


 アオが大きくうなずいた。


「その通りだ」


「お前はそっちに乗るな」


 ミナトが即座につっこんだ。


 辰蔵が笑う。


「待つのも釣りじゃ」


 アオは川を見る。


「鮎は、そこにいる」


「おるな」


「見える」


「アオにはな」


「なぜ待つ」


「それが釣りじゃ」


 アオは納得していない。


 しばらくして、一人の子の竿が揺れた。


「あっ!」


 由紀子が振り向く。


「慌てないで!」


 子どもが必死に竿を支える。


 やがて、小さな鮎が水面から姿を現した。


「釣れた!」


 一斉に歓声が上がる。


「すごい!」


「やった!」


「見せて!」


 釣った本人は、両手で鮎を持ちながら、顔いっぱいに笑っていた。


 アオはそれを見ている。


「一匹」


「大成功だよ」


 ミナトが言う。


「一匹で、こんなに喜ぶのか」


「自分で釣った一匹だからな」


 アオは、鮎と子どもの顔を見比べた。


 少し考える。


「……そうか」


 それからしばらく、アオは自分では鮎を捕らなかった。


 代わりに川を見ながら、


「その石の近く」


「少し右」


「そこは流れが強い」


 と短く声をかける。


 子どもたちは何度も失敗した。


 それでも、一匹釣れるたびに歓声が上がった。


 アオはそのたびに、子どもの手の中の鮎を見る。


「小さい」


「でも釣れた!」


「そうか」


 また別の子が釣る。


「これも小さい」


「アオ先生、そこは褒めて!」


 川辺に笑い声が広がった。


 ミナトも笑う。


「ちゃんと先生してるじゃん」


「鮎の場所を言っているだけだ」


「それを先生って言うんだよ」


 アオは少し考えてから、


「そうか」


 と答えた。


     *


 授業が終わるころには、子どもたちはすっかり鮎に夢中になっていた。


「またやりたい!」


「今度はもっと大きいの釣る!」


「アオ先生、次も教えて!」


 由紀子が笑う。


「じゃあ、今日教えてもらった川の約束も覚えておいてね」


「はーい!」


 子どもたちが帰っていく。


 にぎやかだった川辺が、少しずつ静かになっていった。


 残ったのは、ミナト、辰蔵、由紀子、さとる、玲奈。


 そしてアオ。


 アオはしばらく川を見ていた。


「アオ?」


 ミナトが呼ぶ。


 返事の代わりに、アオは川へ入った。


 ざぶん。


「何してんだ?」


 五分もしないうちに戻ってくる。


 両腕には鮎が何匹も抱えられていた。


 辰蔵が笑う。


「おお、立派じゃ」


 ミナトはあきれた。


「結局、捕るんかい」


「子どもは帰った」


「だからって急に本気出すなよ」


「鮎は、まだいる」


「知ってる」


「こんなにいる」


「見れば分かる」


 さとるが大笑いした。


「アオらしいなあ!」


 玲奈も笑っている。


「でも、子どもたちがいる間は捕らなかったんですね」


 アオは少しだけ顔を背けた。


「子どもが釣る日だった」


 ミナトはその横顔を見た。


 何も言わず、笑った。


     *


「せっかくじゃ。わしらで焼いて食おう」


 辰蔵の一言で、河原に小さな焚き火ができた。


 さとるが流木を選び、火を起こす。


 由紀子が鮎を洗い、辰蔵が慣れた手つきで串を打つ。


 玲奈が塩を振りながら聞いた。


「これくらいですか?」


「もうちょいでええ」


「お父さん、適当じゃないでしょうね」


「長年の勘じゃ」


「一番信用しづらいやつ」


 ミナトが笑った。


 アオは焚き火から少し離れた場所に座っていた。


 火は、まだ好きではない。


 火の粉が上がるたび、背びれがわずかに低くなる。


 ミナトが隣へ座った。


「大丈夫か」


「火は、痛い」


「近づきすぎなきゃ大丈夫」


「でも、魚をうまくする」


「そこは認めるんだな」


「火は分からない」


「釣りも火も分からない。今日は、分からないもの多いな」


「人間が分かりにくい」


「まあ……だろうな」


 ミナトは苦笑した。


 そのうち、串に刺した鮎が、焚き火の周りでゆっくり焼けていく。


 皮が少しずつ香ばしくなり、脂が火へ落ちる。


 ぱちっ、と小さな音がした。


 昼間あれほど鳴いていた蝉の声も、いつの間にか遠くなっていた。


 夕方の空は、山の端だけ赤みを残している。


 川面には、青とも紫ともつかない色が混じり始めていた。


 水の流れる音だけは、昼間と変わらない。


 辰蔵が一本を抜き、アオへ差し出した。


「ほれ。今日の先生への礼じゃ」


 アオは慎重に受け取った。


「熱い」


「焼きたてじゃからな」


 ミナトが言う。


「ふうふうしろ」


「ふーふー」


 アオが見よう見まねで息を吹く。


 あまり冷めていない。


 それでも待ちきれずにかじった。


 ぱりっと皮が割れた。


 アオの目が少し細くなる。


「うまい」


 辰蔵が満足そうにうなずいた。


「じゃろ」


「火の魚は、うまい」


「それ去年も言ってたぞ」


 ミナトも鮎をかじった。


 塩気。


 香ばしい皮。


 ほろ苦い身。


 ただの焼き鮎なのに、川辺で食べると妙にうまかった。


 少し離れたところでは、さとるが焼けた鮎を玲奈へ渡している。


「熱いので気をつけてください」


「ありがとうございます」


「骨、多いんで」


「はい」


「もし食べにくかったら、俺が――」


 玲奈が笑った。


「大丈夫です。ゆっくり食べます」


「……はい」


 由紀子がちらりと見る。


「赤木さん、今日は声が小さいですね」


「え?」


 さとるの声が一段大きくなった。


 ミナトがにやりとする。


「白崎さんの前だと、声量調整できるんですね」


「ミナトくん」


 今度は妙に低い。


 アオが鮎を食べながら言った。


「赤木さとるは、白崎玲奈の前で弱い」


 玲奈がふっと笑った。


 さとるの顔が赤くなる。


「アオ、それ今言うな」


「なぜ」


「恥ずかしいからだ」


「恥ずかしいが、喜ばしいことだ」


 ミナトが吹き出した。


「完全に覚えたな、それ」


 焚き火を囲んで、笑い声が広がった。


 辰蔵が茶をすすりながら言う。


「ええ時間じゃな」


 誰も、すぐには返事をしなかった。


 川の音がする。


 焚き火が小さく爆ぜる。


 焼けた鮎の匂いが、夕方の風に混じる。


 ミナトと暮らし始めてから、一年以上が過ぎていた。


 その間に、アオの周りには少しずつ人が増えていた。


 アオは鮎を食べながら、ふと周りを見た。


 辰蔵がいる。


 由紀子がいる。


 さとると玲奈が何か話している。


 隣には、ミナトがいる。


「何だ?」


 ミナトが聞いた。


 アオは少し考えた。


「人間は、変だ」


「急だな」


「鮎がいるのに待つ。火で焼くのにも待つ。話も長い」


「最後は余計だ」


 辰蔵が笑う。


「その通りじゃ」


「お父さんは認めないで」


 アオは焚き火を見る。


「でも」


 少し間を置く。


「これは、悪くない」


 ミナトが笑った。


「だろ」


 アオは焼き鮎をもう一口かじった。


「待つ時間も、食べる味になるのか」


 由紀子が少し驚いたようにアオを見る。


 玲奈はやわらかく微笑んだ。


「そうかもしれませんね」


「なら、少し分かった」


「釣りも?」


 ミナトが聞く。


 アオは即答した。


「まだ分からない」


 一斉に笑い声が上がった。


     *


 やがて、空に一番星が見えた。


 焚き火の炎も、少しずつ小さくなっている。


「アオ先生、来年もやるか?」


 さとるが聞いた。


 アオは川を見た。


「子どもがやるなら、やる」


「次は、お前が全部捕るなよ」


 ミナトが言う。


「今日は捕らなかった」


「最後に大量に捕ったけどな」


「子どもは帰った」


「理屈は通ってるんだよなあ」


 アオは少し考えた。


「来年も、待つのか」


「たぶんな」


 しばらく、川を見る。


「来年も、みんなで食べるのか」


「うん」


「なら、待つ」


 辰蔵は、目を細め、かすかにうなずいた。


 由紀子は少し遠くを見るように、小さく微笑んだ。


 さとるは、口を開きかけて、結局そのまま閉じた。


 玲奈は、手にしていた串を見つめてから、そっと顔を上げてアオを見た。


 ミナトは、いつものように笑っていた。


 川の音に混じって、焚き火が小さく爆ぜた。


 話は、なかなか尽きなかった。


 河原には、六人の長い影が伸びていた。


 揺れる火の明かりの中で、その影は少しだけ重なっていた。

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