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アオとミナトの物語  作者: 西坂 隼


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17/20

第16話 お粥と川魚

 その朝、ミナトは目を覚ました瞬間から、かすかに身体の異変を感じていた。


 頭が重い。


 身体もだるい。


 起き上がると、いつもより部屋の壁が遠く感じる。


 ただ、最初は疲れだと思った。


 このところ、何かと慌ただしかった。


 アオの誕生日会があり、里の人たちとのやり取りも増えた。


 アオはアオで、毎日のように新しいことを覚えては、ミナトに質問してくる。


「ミナト。恋愛は、病気と同じか」


「違う」


「赤木さとるは、白崎玲奈を見ると熱が出そうな顔をする」


「それはまあ、ちょっと近いけど違う」


「どこが近い、どこが違う」


 そんな会話をしていれば、疲れもたまる。


 ミナトはそう思って、なんとか一日を過ごした。


 けれど、夕方になる頃には、明らかに様子が変わっていた。


 のどが痛い。


 身体が重い。


 食欲がない。


 頭がぼんやりする。


 熱っぽい。


 土間と台所の境目で、アオがいつものように魚肉ソーセージをかじっていた。


 半分に折って、ミナトへ差し出す。


「半分」


 ミナトはそれを見た瞬間、珍しく顔をしかめた。


「……ごめん。今日はいい」


 アオの手が止まった。


「いらないのか」


「うん」


「魚肉ソーセージを」


「うん」


「ミナトが」


「そう」


 アオのエラ蓋が、ぴたりと止まった。


「異常だ」


「言い方」


 ミナトは苦笑しようとして、そのまま咳き込んだ。


「げほっ、げほっ……」


 アオが身を乗り出す。


「ミナト」


「大丈夫。たぶん夏風邪だ」


「今日は風は吹いてない」


「……風邪。人間がよくかかる病気。熱が出たり、のどが痛くなったりする」


 ミナトは体温計を取り出し、脇に挟んだ。


 しばらくして電子音が鳴る。


 表示を見る。


 38.0℃。


「……あー、やっぱり」


 ミナトは布団へ倒れ込むように座った。


「完全に夏風邪だわ」


 アオが体温計を覗き込む。


「この数字は、危ないのか」


「まあ、熱はあるな」


「ミナトは、死ぬのか」


「死なねぇよ」


「人間はすぐ死ぬ」


「その認識、そろそろ更新してくれ」


「熱がある。食べない。咳をする」


「だから風邪だって」


「死ぬ前の人間ではないのか」


「違う!」


 ミナトは強めに否定した。


 その直後、激しく咳き込む。


「げほっ、げほっ、げほっ……!」


 アオの背びれが立った。


 爪が、開いて、閉じる。


 ミナトは涙目になりながら手を振った。


「大丈夫、大丈夫だから」


「大丈夫ではない」


「いや、これは咳で」


「ミナトが壊れている」


「壊れてない!」


「壊れている人間は、壊れていないと言う」


「……どこで覚えたんだよ、そんな名文」


 アオは立ち上がった。


「助けを呼ぶ」


「呼ばなくていい。寝れば治る」


「ミナトの言うことは、よく外れる」


「うるせぇよ……」


 ミナトがまた咳き込む。


 アオはもう迷わなかった。


 土間から庭へ出る戸へ向かう。


「アオ、待て!」


「行ってくる」


「大げさにするな!」


「死ぬな。みんなを呼んでくる」


 みんな。


 アオは本気で、佐辺の人間をできるだけ多く集めるつもりらしい。


 人数が多いほど、助ける力も強くなる――たぶん、そう考えている。


 ミナトは頭を抱えたくなった。


「死なねぇって! 里じゅう呼ぶな!」


 その声を背中に受けながら、アオは夜道へ飛び出した。


*


 緑川家の戸が、どんどんと叩かれた。


「辰蔵!」


 アオの声だった。


 辰蔵は居間で茶を飲んでいた。


 由紀子は、明日の授業の準備をしているところだった。


「なんじゃアオ、こんな時間に」


 辰蔵が戸を開ける。


 アオが立っていた。


 息が少し荒い。


 琥珀色の目が大きく開いている。


「ミナトが死にそうだ」


 辰蔵の湯呑みが止まった。


「何じゃと!?」


 由紀子が奥から飛び出してくる。


「ミナトさんが!?」


「熱がある。食べない。咳をしている。魚肉ソーセージもいらないと言った」


「最後の情報だけ妙に深刻そうに言わないで!」


「お父さん、行くわよ!」


「おう!」


 由紀子は薬箱をつかみ、辰蔵も上着を引っかけた。


 アオの、佐辺じゅうの住民を呼ぶ計画は、いったん緑川家の二人でストップした。


 古民家へ向かう途中、辰蔵が息を切らしながら聞く。


「ミナトくんは意識あるんか!」


「ある」


「息は!」


「していた」


「血は!」


「出ていない」


「なら、死にそうではないかもしれんな」


「でも、魚肉ソーセージを断った」


「それは確かに心配じゃな」


「お父さんまで何を基準にしてるの!」


 由紀子の声が夜道に響いた。


*


 三人が古民家へ駆け込むと、家の中は静かだった。


 ミナトは布団の中で眠っていた。


 額には濡れた手ぬぐい。


 呼吸もしている。


 由紀子がそっと近づき、額に手を当てた。


「熱はありますね。でも、ちゃんと眠れています」


 辰蔵も肩の力を抜いた。


「なんじゃ。ひとまず大丈夫そうじゃ」


 アオは納得していない。


「動かない」


「寝てるのよ」


「死んでいる人間も、動かない」


「寝息してるでしょ」


 由紀子はミナトの様子を確認した。


「たぶん夏風邪ね。疲れも出たんでしょう」


「かぜは、死なないのか」


「普通は、ちゃんと休めば治ります」


「本当に?」


「本当に!」


 由紀子は立ち上がった。


「水分を取らせて、無理をさせないこと。食べられそうなら、消化のいいものを少し」


「しょうかのいいもの」


「お粥とか」


「おかゆ」


 アオの爪が、開いて、閉じた。


「作っておきます。起きたら少しずつ食べさせてください」


「ミナトは魚肉ソーセージを食べない」


「今は無理に食べさせなくていいです」


「食べさせなくていい」


「はい」


「本当に治るのか」


「治ります」


 由紀子は台所へ向かった。


 米を煮て、やわらかいお粥を作る。


 辰蔵はその間に、部屋が冷えすぎないよう戸を確かめ、ミナトの枕元へ水を置いた。


 しばらくすると、白い湯気の立つお粥ができあがった。


「これを、起きたら少しずつ」


 由紀子はアオを見る。


「それから、水分補給。大事ですよ」


「水分補給」


「水か、お茶で」


「分かった」


「あと」


 由紀子が少し目を細める。


「変なものを食べさせないでくださいね」


「変なもの」


「生の魚とか」


 アオは反射的に川のほうを見た。


「アオさん?」


「……分かった」


 のどの奥で、


 ググッ。


 と小さな音が鳴った。


 由紀子はしばらくアオを見た。


「今、少し間がありましたね」


「分かった」


 辰蔵が笑う。


「まあ、アオも心配しとるんじゃ。ミナトくんも幸せ者じゃな」


 由紀子はもう一度アオへ向き直った。


「慌てなくて大丈夫です。瀬川さんは、ちゃんと休めば治ります」


「本当に死なないか」


「死にません」


「人間は、すぐ死ぬ」


「少なくとも、ただの風邪ですぐには死にません」


 アオは布団のミナトを見る。


 由紀子は少し声を柔らかくした。


「心配なのは分かります。でも、自分一人で分からないときは、今日みたいに誰かを呼べばいいんです」


 アオは、しばらく黙っていた。


「呼んでよかったか」


「はい」


 由紀子は笑った。


「佐辺じゅう呼ぶ必要はありませんけど」


「多いほうが強い」


「そういう問題ではありません」


 辰蔵が横から言った。


「十人くらいなら――」


「お父さん」


「冗談じゃ」


「顔が本気だった」


 アオが言う。


 由紀子はため息をついた。


*


 緑川親子が帰ったあと。


 静かになった古民家の台所に、アオは立っていた。


 目の前には、由紀子が作ったお粥。


 白くて、やわらかく、湯気が立っている。


 アオはじっと見た。


「弱そうだ」


 魚の匂いもしない。


 魚肉ソーセージのような喜びもない。


 スルメのような噛みごたえもない。


 カニのような大きさもない。


 ただ白く、静かで、やわらかい。


「ミナトは、これで治るのか」


 アオは考えた。


 熱がある。


 食べない。


 咳をする。


 人間はすぐ死ぬ。


 お粥だけでは、どうにも「弱い」気がした。


 戸棚を開ける。


 魚肉ソーセージがあった。


「……力を足す」


 一本。


 爪を使って細かく切る。


 もう一本。


 さらに一本。


 念のため、もう一本。


 気づけば、お粥の中には魚肉ソーセージの輪切りが大量に浮かんでいた。


 アオは器を眺める。


「アオならこれで元気になる」


 のどの奥から、


 ギュル……。


 と、小さな音が漏れた。


「強くなった」


 そして、由紀子の言葉を思い出した。


 水分補給。


 水分。


 水。


 川。


 魚。


 アオはしばらく考えた。


「川魚は、水の中にいる」


「水分が多い」


 半魚人の理屈としては、筋が通っていた。


 アオはエラ蓋をぱたぱた動かしながら、外へ出た。


*


 夜の佐辺川。


 アオは音もなく水へ入った。


 川の中なら、何をすればいいのか分かる。


 流れを読む。


 石の陰を見る。


 魚の気配を追う。


 手を伸ばせば、捕まえられる。


 なのに。


 今夜は、いつものように落ち着かなかった。


 魚を捕まえていても。


 川へ潜っていても。


 頭に浮かぶのは、布団の中のミナトだった。


 何かしなければと思う。


 けれど、何をすればいいのか分からない。


 今のアオにできるのは、夜の川に潜り、魚をつかまえることだけ。


 のどの奥で、


 グッ……グッ……。


 と音が鳴った。


*


 古民家へ戻る。


 手には川魚。


 一匹。


 二匹。


 三匹。


 念のため、四匹。


 台所には、魚肉ソーセージ入りのお粥。


 アオは川魚を持って、ミナトの寝室へ入った。


 枕元へ並べる。


 魚たちは、まだ少しピチピチと跳ねている。


「水分補給」


 真剣なアオをよそに、ミナトは眠っている。


 額には汗。


 ときおり、苦しそうに咳をする。


 アオは手を伸ばしかけ、止めた。


 自分の手は冷たい。


 爪もある。


 少し考えてから、濡れ手ぬぐいをそっと不器用に取り替えた。


 さっき由紀子がしていたように。


「ミナト」


 返事はない。


「強くしたお粥がある」


 返事はない。


「新鮮な魚もある」


 返事はない。


 アオは布団の横に座った。


「死ぬな」


 小さく言った。


 そのまま、ミナトの寝息を聞いていた。


*


 翌朝。


 ミナトは妙な匂いで目を覚ました。


「……ん」


 生臭い。


 かなり生臭い。


 熱は少し下がったようだった。


 頭の重さは残っている。


 けれど、昨夜よりはましだ。


 問題は鼻だった。


 ミナトはゆっくり目を開けた。


 枕元に魚がいた。


 いや。


 魚たちがいた。


 川魚が四匹。


 皿にも乗せられず、布団の横に妙にきれいに並んでいる。


「……は?」


 その向こうに、アオが座っていた。


「起きた」


「起きたけど……何これ」


「すいぶんほきゅう」


「……どこが?」


「川魚だ」


「見れば分かる」


「川の水分を持っている」


「どういう仕組みだよ……」


 ミナトは起き上がろうとして、軽く咳き込んだ。


「げほっ……」


 アオが即座に身を乗り出す。


「死ぬか」


「死なない。その確認やめろ」


 ミナトは周囲を見回した。


 台所が見える。


 鍋。


 まな板。


 包丁。


 魚肉ソーセージの包み。


 台所の床が盛大に散らかっていた。


「……アオ」


「何だ」


「台所で何した」


「お粥を強くした」


「嫌な予感しかしない」


 アオが器を持ってきた。


 白いお粥……だったはずのもの。


 その中には、赤い輪切りの魚肉ソーセージが、これでもかというほど浮かんでいる。


 ミナトはしばらく黙った。


「……これは?」


「由紀子が作ったお粥に、力を足した」


「力……」


「魚肉ソーセージ」


「足しすぎだろ」


「弱そうだった」


「お粥に強さは……いらない」


 ミナトは額に手を当てた。


 そこで気づく。


 手ぬぐいは、きちんと交換されている。


 枕元には、水の入った湯呑み。


 布団もずれないように直されていた。


 アオなりに、一晩中看病していたらしい。


 怒る気にはなれなかった。


 というより、少し笑えてきた。


「昨日、何があった?」


 アオは全部話した。


 ミナトが死にそうだと思ったこと。


 みんなを呼ぼうとしたこと。


 最初に緑川家へ行ったこと。


 辰蔵と由紀子が来たこと。


 風邪では普通死なないと教わったこと。


 水分補給が大事だと聞いたこと。


 ミナトは布団の上で肩を震わせた。


「笑っているのか」


「うん。ちょっと」


「怒っているのではないか」


「台所については、少し怒る予定」


「予定」


「でも、その前に」


 ミナトはアオを見る。


「ありがとな」


 アオは黙った。


「呼んできてくれたんだろ」


「みんなを」


「……確認するけど、最終的には二人だったんだよな」


「由紀子が止めた」


「先生、ありがとう」


 ミナトは魚肉ソーセージ入りのお粥を見る。


「これは……まあ」


「強い」


「強すぎる」


「食べるか」


「少しだけな」


 ミナトはスプーンを取った。


 一口。


 お粥のやさしい味。


 その直後、ものすごく主張してくる魚肉ソーセージ。


 ミナトはゆっくり飲み込んだ。


「どうだ」


 アオが真剣に聞く。


「……アオ味」


「アオ味」


「お前の心配が、だいぶ濃い」


 アオの爪が少し開いた。


 のどから、


 ググッ。


 と音が漏れる。


「多すぎたか」


「うん」


 アオの爪が引っ込む。


「でも、悪くない」


 エラ蓋が、わずかに動いた。


「ミナトは、治るか」


「治るよ」


「本当に」


「本当に」


「魚肉ソーセージを食べなくても」


「今日は控えめでお願いします」


「川魚は」


「枕元には置かないで」


「焼くか」


「元気になったら、一緒に食べよう」


 アオはうなずいた。


「半分」


「魚まで半分にしなくていいけどな」


*


 その日の夕方。


 学校帰りの由紀子が、ミナトの様子を見に来た。


 飛び散った魚肉ソーセージ。


 鍋からふきこぼれたお粥。


 生魚が散らした、水浸しの床。


 点々と残る、水かき付きの足跡。


 大荒れの台所を見た瞬間、由紀子の足が止まった。


「アオさん」


「何だ」


「これは、何が起きたんですか」


「看病」


「看病の痕跡には見えません」


 布団の中で、ミナトが笑いをこらえる。


 少し遅れて辰蔵もやって来た。


 台所に置かれた川魚を見る。


「おお。ええ魚じゃ」


「お父さん、そこじゃない」


「焼いたらうまそうじゃな」


「だから、そこじゃない」


 由紀子はため息をつき、台所を片づけ始めた。


「アオさん。もう一度確認します」


「うん」


「病人には、消化のいいもの」


「しょうかのいいもの」


「生魚を枕元に置かない」


「置かない」


「水分補給は、水かお茶」


「魚ではない」


「魚ではありません」


「魚肉ソーセージは」


 アオが少し身構える。


「元気になってから」


 のどの奥で、


 ググッ。


 と鳴った。


「元気のもとだ」


「元気なときの楽しみにしましょう」


 辰蔵が腕を組む。


「一本くらいなら――」


「お父さんは黙ってて」


「はい」


 ミナトが布団から言った。


「先生、看病のメモ、書いてやってください」


 由紀子が振り返る。


「書く?」


「アオ、文字なら覚えますから」


 アオも顔を上げる。


「看病の文字」


「看病メモ、ですね」


 由紀子は少し考えて、うなずいた。


「それは、あったほうがいいかもしれません」


「文字で残るのか」


「残ります」


「なら、覚える」


*


 その日の夜。


 熱の下がってきたミナトは、布団の上で普通のお粥を食べていた。


 大葉と梅干しがのせられている。


 由紀子が作り直してくれたものだった。


 アオは横から見ている。


「弱そうだ」


「優しい味って言うんだよ」


「弱い」


「今は弱くていいの」


 アオは考える。


「弱いものが、治すこともあるのか」


「ある」


「不思議だ」


 ミナトは少し笑った。


 アオは自分の魚肉ソーセージを取り出した。


 いつものように半分に折ろうとして、手を止める。


 ミナトを見る。


「今日は、やめる」


「……もらうよ」


「元気になってから」


「大丈夫。半分こにしよう」


「じゃあ半分」


 アオは魚肉ソーセージを折った。


 ミナトは、その半分を受け取った。


「アオ」


「何」


「昨日、辰蔵さんたち呼んでくれてありがとな」


「ミナトが死にそうだった」


「死にそうではなかったけど」


「そう見えた」


「そっか」


 ミナトは少し間を置いた。


「でも、緑川さんたちを呼んでくれて助かった」


 アオは黙る。


「前なら、自分でなんとかしようとしてたかもしれないだろ」


 アオはしばらく考えた。


「ミナトは、アオが困ったとき、白崎玲奈を呼んだ」


「うん」


「だから、アオも呼んだ」


 ミナトは少し目を見開いた。


「ひとりで守れないときは、誰かを呼ぶ」


 アオは静かに言った。


 ミナトは息を吐いた。


「……ちゃんと覚えてたんだな」


「大事だから」


「そっか」


 アオはミナトを見る。


「次は、もっとうまくやる」


「次がないのが一番なんだけど」


「人間は、また風邪を引く」


「それはそう」


「なら、備える」


「……それもそう」


*


 由紀子が残していった紙が、土間の板敷きの上に置かれていた。


 大きな字で書かれている。


 一、熱があるときは休ませる

 二、水分は水かお茶

 三、お粥はそのまま

 四、生魚を枕元に置かない

 五、困ったら誰かを呼ぶ


 アオは五番を指でなぞった。


「困ったら、誰かを呼ぶ」


 ミナトが布団の中から答える。


「それ、一番大事かもな」


「そうか」


「うん」


 アオはメモを丁寧に折った。


「それも宝箱入れる?」


 ミナトが聞く。


 アオは少し考える。


「役に立つ宝」


「現実的だな」


「大事」


 ミナトは笑って目を閉じた。


 しばらくすると、寝息が聞こえ始めた。


 アオはその音を確かめるように、少しだけ耳を澄ませた。


 それから立ち上がる。


 残っていた魚肉ソーセージの包装を片づける。


 川魚も台所へ運んだ。


 明日、ミナトが元気になったら焼く。


 そう決める。


 アオは土間の板敷きへ戻った。


 もう一度、寝室のほうを見る。


「ミナトは、死なない」


 小さく言った。


 返事はない。


 今度は、そのことに慌てなかった。


 寝息が聞こえている。


 アオは、少しだけ背びれを緩めた。


 梅雨明けを思わせる雲の切れ間から、淡い月がのぞいていた。

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