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虐殺者アゴーニアは僕の親友だった。  作者: 天見ハイト
第一章

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3. 約束

「ニア、さん。不躾(ぶしつけ)なことをお聞きしますが、貴方はその、もしかして……」


 展開が急すぎたため、流石に勘の良い者は気付いたらしい。

 横暴な兵士たち──ゴードンらが立ち去って、とりあえずはお開きということになった後。纏(まと)め役のシィラは、ぼぅっと立ち尽くしているニ(・)ア(・)に尋ねていた。


 明らかに、あの官吏(かんり)の様子はおかしかったと。

 友人だったとして、あの初対面は奇妙に過ぎたのだから。


「そう、だね。アナタには話しておこうか、実はボクは──」


 アゴーニアの使う言い訳は、どうやら僕と居た時代から変わっていないらしかった。

 魅了の魔眼。本来ならもう三つほど位階(いかい)は高いものの、彼女は自分の能力をそう偽る。相手を軽い催眠状態に置き、ちょっとだけ口裏を合わせられる……その程度のものだと。

 そう言い訳をしてみたのなら、森人(エルフ)の青年は深く頷いて……。


「なるほど。それなら、ニアさん──いえ、ニア殿(・)。ひとつだけ、我々からお願いがあるのです」

「……うん。聞こうか」


 ある意味では、それもまた予想通りだった。

 昔からそうだ。どう偽ろうが、アゴーニアの能力は限りなく万能に近い。唯一の欠点を除いては、人間社会ではこれほどに役立つ魔術も無いだろう。先ほど見せた通り、そんな親切な普人(ヒューム)が現れてくれた。そうなれば──森人たちの抱く願いなど、ひとつだけ。


「どうか、どうか。貴方の持つその御力で──」


 ──森人たちを、この苦境から救い出してはいただけませんか。


 それはやっぱり、きっと何よりの皮肉だった。森人が頭を下げている……森人たちが、揃って懇願をしている。彼ら彼女らも分かっていた。真っ当な手段に頼っていては、今後数十年何も変わらないと。

 森人に伝わる魔術を使うには、この都市はあまりにも自然に欠けている。救世主の存在こそを、彼らはどこかで待ちわびていて。


「あ、あぁ。もち、ろん──」


 請われた。祈られた。願われた。

 彼女のことだ。政治家アゴーニアを貫き通せば、二つ返事で応えられただろう。それこそ──得られた信用と恩をどう使うか、それすら考えられたに違いない。ただ、そうしてみるには……終わってしまった物語は、彼女の心に深い楔を打っているようで。


 焦げ茶のスカートをひらめかせて、アゴーニアは倒れていた。

 ぷつりと──糸が切れたように。寸でのところで間に合った僕の腕の中で、吸い込まれるように沈んでいった。


 ◇


 ──やはり魔眼の反動が大きく、どうにも体調が優れないらしい。


 森人たちにはそう話して、僕たちは家路を辿っていた。

 僕の家は離れの丘、街を出て少し歩く必要がある。馴染みの衛兵に見送られて──より正確に言うのなら、貴方が女なんて珍しいですねと驚かれつつ通されて。冬先の道をしばらく歩けば、霜柱(しもばしら)の音がよく響いた。

 山々など見えないのどかな平原。ザクッ、ザクッと、小気味の良い音に包まれたのなら。


「……重かったらごめんね、エイプリル。ずいぶんと痩せたつもりなんだけどさ」


 背中から聞こえてくるのは、冗談か本気か分からない呟き。

 返す言葉も適当だった。そういえば──彼女が総帥だった時代。ご招待にあやかったときは敬語が出ていたが、自然と昔に戻っていたのは……あの嵐の夜が、僕にとってもだいぶ決定的だったらしい。

 良い意味か悪い意味かは分からない。だけれども、今の彼女は遠い存在ではないようで。


「ねぇ、エイプリル。どうすればいいと思う?」


 ぼぅっと。遠い海の方を指さして、アゴーニアはぽつりと呟く。

 最初は、何もしないつもりだった。まだ政権の転覆から一年余り、罪人に対する監視も強い。そういった目が緩んでから、少なくとも国外へ逃れようと──あの海を越えて、世界の反対側へ行くのだと。一週間前に、彼女は俯きつつ話していた……けれど。


「……何が、正解なんだろう」


 切っ掛けが出来てしまった。

 請われてしまった。自分たちを助けてくれと──他ならぬ森人たちに請われてしまった。


 アゴーニアはぽつぽつ語る。


 応(・)え(・)る(・)のが正解なのだろうか。

 自分の撒いた種なのだ、せめて罪を晴らそうと──十万人を殺した身なれども、数百人を救おうと胸を張るべきなのか。何もかもを隠したまま、親切なニア殿で居るべきなのか。いつか救った暁には、親友と同じく称えられるべきなのか?


「……馬鹿みたい、だよね。さしものボクだって、それぐらいは分かるさ」


 それとも……ならいっそ、すべてを打(・)ち(・)明(・)け(・)る(・)べきなのか。

 自分はあの虐殺者アゴーニアだと、キミたちの怨んだ大元凶なのだと。あの怒り狂った森人の前、殺されてやるのが筋なのだろうか。あの友人は、自分を救うために身代わりになってくれたというのに……そうしたところで、何も戻らないのに。それでも殺されてやるべきだと、そんな論理だって分かってしまう。


「分かってる。そもそもとして……ボクは、にっ、逃げ……にげてる、だけだ」


 最も明瞭な正解としては、改めて絞(・)首(・)台(・)に立つことだろう。

 それが法の正解だ。仮に正義を語れるとしたら、最もソレに近いだろう。実際問題、何度だって考えたらしい。どうにか逃されて、頼るべきものもなくて……魔眼を使っても良かったが、それすらどこか恐ろしくて。僕の家にたどり着くまでの間、出頭も自害も考えたらしい。


 そうできなかったのは、原始より続く明快な理由。


「……ごめんね。あ、あのね、ボク……しっ、死にたく、ないんだよ。死にたく、ない。ごめんね、おかしい、よね、」


 トンッと僕の背から降り、夕日を背に微かに震えて。

 壊れたように笑いつつ、少女と見紛う彼女は零した。


「ごめん、ごめんね。分かってる、わかってるんだ。だって、ボクは、ぼくは、」


 死にたくない。何人の森人たちが、そう叫びつつ畑の肥やしにされたのだろう。

 殺さないで。何人もの森人たちが、冷徹な普人に向かってそう願ったのだろう。


 大抵の祈りは踏み躙られて、人口帳簿は綺麗さっぱり静かになって。

 そうして迎えたこんな夕方、アゴーニアはここにいる。どこまでも続く空の下。何もかもの張本人だけが、どうすべきかを悩(・)め(・)て(・)い(・)る(・)。


 中途半端に賢くて、中途半端に愚かだった。

 生き延びたのは当然だと、幸運だったとは嗤えなかった。

 こんな道は間違っていると、首に縄を括れもしなかった。

 中途半端な道の末、残されたものはひとつだけ。


「あ、あのさ。だからさ、エイプリル。どうかボクに──教えてほしいんだ」


 ……キミは、なにがしたい?


 簡素な服を夜風にひらめかせて、ダンスでもするみたいにステップを踏んで。

 アゴーニアは僕を見つめる。端的な感想をひとつ言ってみるのなら、彼女はあんまり変わっていなかった。別れたのは十七だった。あれから十年が経てども──二(・)十(・)七(・)になっても、アゴーニアは可(・)愛(・)か(・)っ(・)た(・)。昔からずっとそうで、綺麗とも美人とも評せる顔つきだ。だけれども、時が止まったようだった。


 魔道具を透かして見えるのは、金色の髪と紅色の瞳。

 僕たちが別れた夕立ちの日。あの日に付けた日記から出てきたみたいに、彼女はどこか彼女のままで。


「本当にそう思うのなら、死ぬべきだって言ってほしい。そしたら、ボクも……キミに言ってもらえれば、勇気が出る気がするから」


 紅玉のような瞳に射されて、僕もまたふと考える。

 どう言えばいいのだろうか。正直なところ、思うものは特になかった。アゴーニアは大切な友人だ。法に生きる人間とはいえ、それを欺くことに抵抗感は少ない。それに何より──死(・)ん(・)だ(・)も(・)の(・)は(・)戻(・)ら(・)な(・)い(・)。それなら、出た結論なんてひとつだけ。小さく息を吸い込んで、眼下の美しい少女をフッと見遣って──それから。


「アゴーニア。君は、何がしたい?」


 ぽかんと。口を開けて、宵の風に吹かれたまま。

 質問をそのまま返されて、アゴーニアは悩んでいた。時折誰かの視線に怯えて、僕が求めている正解を探ろうとして。けれども、そんなものは無いと気付いたのだろう。不器用な深呼吸をひとつして、ぎゅっと両手を握り締めて……それから、


「……海をみてほしかった」


 ◆

 

「あの子。ボクのせいで……死んでしまった、森人の子。彼女は、海を見たことがなかったんだ。自分たちは、街の外に出ちゃいけないからって」


 あぁ、そうだった。

 あの子と出逢ったとき、ボ(・)ク(・)は勿体ないって思ったんだ。上手く目を合わせられなくて、まさか森人だとは思わなかったけれど。勿体ないと思ったんだ。綺麗な景色があるのに、見たことのない世界があるのに。それを知らないでいるのは、不幸だって思ったんだ。


「だから、言ってあげたんだ。ボクは、ボクは──」

『──それじゃあ、お姉さんが連れて行ってあげようか。大丈夫、ちょっとの間なら……上手くやるからさ』


 逃げ回っている身で、なんて傲慢だろうかと思ったよ。

 でも、綺麗だった。知らないものを知ったとき、見たことのないことを見たとき。ヒトの瞳は輝くから。そういうことの連続こそ、生(・)き(・)る(・)っ(・)て(・)こ(・)と(・)だ(・)と(・)思(・)う(・)か(・)ら(・)。指切りをしたあの瞬間、彼女の瞳は真ん丸になって──。


『──約束だよ、お姉ちゃん!』


 約束をした。

 それだけが真実だった。


 だから、その約束を果たしたかった。

 ただそれだけが、ボクのやりたいことだった。

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