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虐殺者アゴーニアは僕の親友だった。  作者: 天見ハイト
序章

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3/6

『或る森人の手記①』

『或る森人の手記』より抜粋。

【注:経年劣化により、これ以前の字は解読不可能】



 □ □ □ □ □



 ──晴れ渡る朝のこと、日記を付けようと思うんです!


 とはいっても、三日で放り出すこと……この百年で、かれこそ五十回ばかり? 飽き性な私のこと、こういうのは向いてないのかもしれませんね。

 この日記帳だって、最後に開いたのは故郷の森で暮らしてる頃で……それも、知らぬ間に荷物に紛れ込んでただけ。久しぶりに引っ越し荷物を開いたら、何だか転がってきたのでびっくりしちゃいました。


 まぁ、前置きはいいんです。

 私以外に見るヒトもいないでしょうし、この街には盗み見てくるお姉ちゃんも居ませんから。


 今日の朝ごはんとか、帰りのお買い物とか──そういうものも書きたいんですが、何よりその前に!

 こんな私としてはひとつ、書いておきたいことがあるんです。まぁ正直、日記に書くものでもないのかもしれませんし……ドキドキする気持ちを抑えようと、何だか空回っちゃってるのかもしれませんが、


 恋をしました。


 それも、その……名前も知らない普人のヒトに。

 笑わないで聞いてください。たとえ百年後ぐらいに故郷に帰って、お姉ちゃんかお母さんがこの日記を開いてるとしても──笑わないでくださいね。分かってます。普人の寿命は私たち森人に比べれば短いですし、皆が野蛮だの下劣だの言ってるのも知ってます。

 それに……名前も知らないうちに何だって、そう言われるのも分かります。でも私は……なんというか、その。こうして生きてきた二百余年で、あの一秒だけが鮮明でした。


『雨に打たれているんです』


 見りゃ分かると思いました。

 大雨の降る帰り道、道端に佇む彼を見たとき──大丈夫ですかって尋ねたのなら、返ってきたのはこんな一言。


 ヘンなヒトだと思いました。

 でも、仕立屋で働き始めたばかりですから。お洋服とか武器?とかがダメになっちゃうのがもったいなくて、そのままびしょ濡れにしておく気かなって。動く気がないのなら、せめてそこらの家の影に引っ張っていってあげよう! 妙な正義感を発揮したものの、やっぱり私は私ですので。彼にいそいそと駆け寄る途中、何なら私自身が石畳につまづいちゃってですね?


『……大丈夫でしょうか、お嬢さん』


 かえって私が助けられてました。洞があったら入りたい、本当にそんな気分でしたね……はい。

 辺りは土砂降りで、下は泥水で。元よりびしょ濡れにせよ──ひとかけらの躊躇もなく、そんな場所に膝を突いて。見知らぬ彼は、私のことを支えていてくれたんです。ありがとうと言うべきか、ごめんなさいと言うべきか。

 悩む私はまたしても、手元が疎かになっていてですね……?


『あっ』


 鮮明に覚えています。

 彼のちょっと抜けたような声も、紙袋のオレンジがゴロゴロと坂道を転げ落ちていく音も。


 いつの間にか雨除けの魔術は解けてたみたいで、紙袋はすっぽりと底が抜けて。まだ森から出て来たばかりで、あんまりお金もない私のことです。早く拾い集めなきゃと──焦り始めたところ、彼からぽんと手渡されました。

 ひとつはどうやら、咄嗟に抱えていた幾らかのオレンジみたいで──もうひとつは、仕立ての良さそうな傘。


『少し、待っていてください。こんな大雨ですから、濡れるのは一人で良いでしょう』


 ──傘、持ってたんだ。

 そんな呆れが先に来て、私は見守るばかりでした。


 大雨の中、転がるオレンジを拾い集める彼のことを。やっぱり冒険者の方でしょうか。身のこなしは俊敏で、雨の中でも滑りもせずに……それでも、ひとつひとつを丁寧に。

 そんな状況をただ見ていれば、さしもの私も悪い気がしてきてですね。やっぱり手伝おう──なんて駆け出したのなら、やっぱり全部が二の舞でした。


『……大丈夫ですか、お嬢さん?』


 聞こえてきた台詞も、差し伸べられた手も──水溜まりに突かれた膝も、ぱしゃりと跳ねた泥水も。

 ……変わらないんですねぇ、人間って。普人のヒトとは時間感覚なんて違うとはいえ、私も二百余年を生きています。だというのに、いつまで経っても抜けたままで……でも、こうして町に出たんですから。

 いつまでも失礼なままじゃ居られない、そう思ったものですから。


『──私と、ですか?』


 お食事に行きましょう──せめて何か、奢らせてください!


 そう言い放って、きょとんとした彼を見下ろして。気付いたのはそのときです。彼の瞳が黒いこと、灰色の髪が綺麗なこと──そんな色合いから、不思議と目が離せないこと。

 誰かが聞いたら笑うでしょうか。出会ったばかりのヒトに、あろうことか普人に。きっと恋をしてしまったんだって、そう言ったら笑われるでしょうか。


 ◇


 でも、一夜明けたら気付いたんです。

 こうして書き綴る筆が踊っていること、朝の風に揺れるカーテンが美しいこと──眼下の街並みが、今までの何よりも綺麗なこと。私は何も知りません。これが果たして恋なのかも、オレンジを拾ってくれた方の名前すら。それでも、ちょっとばかり思うんです。


 今日ですらこうなのです、だから──

 明日はきっと良い日になるって!


 とりあえずは、色々と聞かなくてはいけませんね。

 あのヒトはどうやら冒険者を辞めたばかり。親友の失踪と……パーティメンバーの死亡。そんな不幸が重なり、ちょうど意気消沈していたとのことで──────



 □ □ □ □ □



 イルフィリア州立 森林共同体史料保存院 『或る森人の手記』

 出土場所:旧アリウム王国領 地方都市■■■■ ■■■丘 廃墟地下

 執筆年代:帝国歴三七五〇年~三七五七年

   補足:冊子末尾

     『アゴーニア』とサインされた加筆事項については、別資料を参照


  執筆者:シルフ・グローハウンド

   没年:三七五六年

   死因:拷問死

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