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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第五章「蟲の女王、イオ=テ=ラ・ルエガ」
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第34話◇戦いの終わりとシュレが残していったもの

「無事に倒せたんだな……宮本。移動しよう。人が来る」


気が付くと、いつの間にか、片山が隣に戻ってきていた。


まだそこに俺の姿のソレがいるような気がして、俺はその場を動けない。

けれども、片山は俺の腕を掴んで立つように促してくる。


シュレが結界のようなものを張っていくらか影響は弱めてくれているわけだが、それでも戦いによる激しい光や音なんかの違和感はきっと近辺のマスコミや一般人にも広くバレたはずだ。

確かに片山が言うことは理に適っている。


それは分かるのに、結局俺の足は自力ではまともに動かなかった。

単純に疲れ切って動きたくないのと、磁力で地面に叩きつけられた時の肉体の痛みが強めにあるのと。

最初に聴力をやられた時のクラクラ感がまだ残っているのと。


色んな意味で動きたくないと思ったけれど、片山にプロレス技をかけられる時のような形でガッと肩の上に担ぎ上げられて、そのまま移動することになる。


「悪い……」


ずり落ちそうになったのをもう一度抱え直して体勢を整えてから、歩き出す片山。


「謝らなくていい……こういうのは、俺の方が慣れてる」


そうは続けられたが、普段よりずっと足を進める速度は遅い。

ひとりで「ドッペルゲンガー」分の多数の虫を倒し切ったコイツも、確実に疲れているに違いないのに。

一見平気そうにしているとしても。


やがて近くの公園に辿り着いた。

広い芝生があって、ところどころに木が生えていて、「地域の憩いの場」っぽく木陰を作っている。

その木の根元に片山は俺を下ろした。


そこで、ツクツクボウシがひときわ大きく鳴き始めている事実に気が付いた。

アブラゼミよりも、力強く。

そのまま聞くとはなしにじっとして聞いていると、シュレが姿を現す。


『よくやった』


シュレは言い切ってくれた。


でも、たぶん、もっと効率がいいやり方はたくさんあったと思うし、シュレの全力をもってすれば、俺や片山に全く配慮せず、徹底的かつ速攻で始祖蝶を蹂躙することもできたんじゃないか、と感じる。

何千光年も虫を追っているシュレたちに比べたら俺たちは素人に毛が生えた程度の能力値でしかないのだろうから、正直物足りなかったと思う……。


でも、俺たちに全部任せてくれたんだ。

そして労ってくれている。


そもそもこの宇宙生物?は、俺たちに変異を及ぼしてしまった最初から、地球や地球人への被害を最小限に留めようと心がけていた。滅茶苦茶なところもあるけど、いい奴なんだと思う。

友情みたいなものも感じている。


『虫は全て殲滅できたようだ。反応はもう一つもない』


ただ、この言葉でその友情も一区切りとなるらしい。

俺は何となく、次にシュレに言われることの予測がついていた。


『そして急だが、吾輩も、そろそろこの星をお暇する時期が来たようだ。迎えが来ているらしい、返信を受け取った』

 やはり、全く想定通りのことをここに宣言される。


「そっか……」

「よかったな」


俺たちは揃ってシュレの顔あたりを見る。

やっぱりそこに表情はないけれど、奴なりに少し寂しそうにも思えた。

その何とも言いようのない音で構成された声色の奥に、どことなくそう感じるものがあった。


『あとは、お前たちの中の混じりについてだが。完全には消せないものの、吾輩の素粒子を一か所に集めて閉じ込めるということはできるし、肉体の殻に鍵をかけて、元々の人間らしく、素粒子体を外に引き出せないようにすることもできる』


しかしこう続けて言われて、しんみり気分もそこそこに「あっ」と俺たちは声を上げることになる。


そうだ。

すっかり忘れていた。

立ち去る前に言ってもらって助かった。

虫とシュレが地球からいなくなっても、俺と片山の素粒子体の中の「シュレの混ざり」自体は今後も変わらず残ったままになる、という現実があるのだ。


「っ、助かる」

「その問題があったか」


下手に放置していればまたあの変異が出てきてしまう。

虫はいなくなったので能力を使わなくなる分、変異の頻度自体は減る、はずだ。

一応、対処方法も知ってはいる。


とはいえ、ふとした瞬間に変異や素粒子体に出られると困るし、メンタルまで引きずられるっぽい、という問題は、規模は小さくなりつつも引き続き存在することになるのだ。

まぁ、それに、肉体を持った人間が不用意に他人の素粒子体を弄り倒すことは、あまり「良くない」んだろうからな。


『靴と靴下を脱げ』


俺と片山は言われた通りにそれぞれ、スニーカーと靴下を脱ぐ。

するとシュレが尻尾?の先を、ぽふりと俺の右足と片山の左足、それぞれの土踏まず部分に触れさせる。


途端。

体の中に散っていたらしいシュレの素粒子体が、磁力で引き寄せられる形で、ザアッ、と土踏まずに集まってきた、感触がした。

その熱なのか冷気なのか分からない感覚に耐えているうちに、いつの間にか、俺たちの足の裏には直径三ミリほどの大きさの、黒猫の形をした小さな「一見ただのホクロにしか見えないもの」がポツンとできていた。


『毎度お前たちは、異形を隠すのに苦労していたからな。分かりにくくしたぞ。可愛くしてあげたのは、サービスだ』


確かにこの位置なら、他人に見咎められることもなさそうだ。

ちょっと見た目が可愛すぎるのだけが、アレだが。


「はは、そんなサービスはいらないぞ」


俺は口先ではそう笑ったが、変更の申し出はせずにそのまま受け取ることにする。

この黒くてヘンテコな、たぶん猫?みたいな存在と、確かに数カ月過ごした思い出として。


「お揃いだな、宮本。トモダチとお揃いなのも初めてだ」



同じ猫型のホクロを左右対称の形で同じ場所にくっつけている、という事実に気付いて、片山が妙にニコニコと楽し気に話しかけてきた。

なので、そっちの意味でも、形として残しておくのがいいんだろう。


「……嬉しそうにすんな、馬鹿」


そのお揃いの足で、腹辺りを軽く蹴ってやったが、それでも片山は変わらず嬉しそうにしていた。

そんな俺たちをその足元で黙って見守っていたシュレだったが、やがて遠いところに視線をやる。

まるで仲間がそちらから近づいてきているのを察したかのように。


『そろそろ、行くとしよう。ではな、カタヤマ。ミヤモト』

遠いところに戻っていくはずなのに、また明日な、くらいの勢いで言ってきたので、俺たちも同じ気軽さで返す。


「元気でな」

「じゃーな、今度こそ迷子になるなよ」

『む、分かっておるわ!!達者で暮らせよ、二人とも!!』


猫の形を解いたシュレの素粒子体が、初秋の青空を駆けるように流れていく。

その軌跡は飛行機雲に似ていて、けれども、もっと細くて黒い軌跡だ。

まるで猫の爪みたいだった。


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