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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第四章「パソコン室の黒い幽霊、変異の件」
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第30話◇救えなかった事実と救いになる壊れなさ

二件目の事件現場の近くで撮られた定点カメラの映像、というのが表に出てきていた。

それには例のあの黒いワゴン車がしっかりと映っており、ショッピングモールに行っていた一家が、一体何時くらいに、どのルートを通って自宅方面へ向かったのかが、既に明らかだった。


乗っている複数人の姿も確認済、そのまま帰宅の途についたと考えられる。

自宅から約五分の位置の車の映像までもが残っている。

なのに、その後は妊婦さんしか発見されていない。

もはやわずか五分のうちに何らかのトラブルに巻き込まれて、たったひとりだけを残して「忽然と消えた」としか思えなくてヤバい、心霊映像と違っておかしなものは何も映ってないからこそ怖い、とSNSを席巻している。


二件目もタッチの差で間に合わなかった、というのが俺には分かってしまった。

胸に強く痛みを感じたが、そのしんどさを分ける相手はここにはいない。


片山は、学校に来ていない。

正直、来なくて正解だった。


「なぁ。三件目の現場のあのアパートってさ、片山の家なんだろ?宮本、お前ダチなんだから何か知ってるんじゃね?」


クラスメイトの一人にヘラヘラ笑われながら話しかけられて、俺はさすがにイラッとしてしまった。


「もし知っていても、お前には絶対言わないな」

「なっ、危険な情報はみんなが把握した方がいいだろ!!それにお前、風紀委員長じゃねぇか、生徒を守る気ないのかよ!!」


言い返すとカッとなって向かって来ようとしたため乱闘になりかけたわけだが、松岡と山瀬が「まあまあ、落ち着けふたりとも、なっ?」と取りなす形でその場は何とか収まった。


昨日、そして今日新たに知らされた恐怖を、奴らはこの場を取りなすことで何とか薄めようとしている。

片山はいないけどせめて俺らは宮本の近くにいような、と俺のメンタルも意識してくれている。

それが分かっていても、何かに当たり倒したいような気持ちは抑えきれず、どす黒い感情がドロリと漏れ出してしまいそうだった。


ちょうど今、制服に隠れた俺の体の奥が形を失ってドロドロと蠢いているように。


こんなこと、望んでなかった。

片山から兄を奪うようなことが起こってしまうなんて。


巻き込みたくなかった。

巻き込んでしまった。


制服では隠せない勢いで、顔の輪郭までもが、ぐずりと崩れていくような気がする。

その位置から黒い変異が溢れるみたいに吹き出して、それは自然と周囲の素粒子を取り込もうと暴走して蠢く。


走って。

変異を悟られないようになるだけ光が当たらないところへと逃げて、逃げ続けて、俺はやがてどことも分からない路地に座り込む。


辿り着いたそこで、俺はスマホを出して、アドレス帳を見る。

今の俺に電話可能な相手は、もう片山しかいなかった。


本当は片山こそが、今一番悲しんで苦しんでいるだろうに。

何度も繰り返される呼び出し音が、いつにも増してもどかし過ぎて、このまま発狂しそうだと感じる。

そのくせ、直後にピッと切り替わって電話口に目当ての片山が出た雰囲気を察しても、俺はろくに言葉を発せられなかった。

一体、どう続けていいのか分からなかった。


「片山、俺……おれ、は」

『位置だけ、教えろ。行くから』


他は何も聞かず、奴はただ言った。


やがて十分もしないうちに片山が来た。

片山は俺を担ぐようにして連れてこの場を立ち去る。


ふと気が付くと、どことも知れないマンションの玄関前に俺はいた。

手早く鍵を開けたと思ったら、片山は俺の体をその部屋に、真っ黒い異形ごと押し込む。


「ここ、今借りてる俺の家。だから、安心していい。もう」


言われて、さらにずるりと変異があふれ出した。

ここには片山しかいない。

だから、全部見られてもいいんだ。

片山は、絶対に俺を怖がったりしない奴だ。

だから。


感情に巻き込まれたように変異はうねる。


「ごめん、片山、守れなかった、力不足だった、考えが甘かった、変異も止められそうにない。全部、壊してしまう……」


座り込もうとした俺を、片山が支える。

溢れる変異もそのまま受け止めてくれて、何一つ、拒否られない。

素粒子体の奥の奥まで侵食するように、まるで犯していくみたいに変異が動いていても、動じることさえない。


「たぶん……俺なら壊れない。宮本」


やっと、欲しかった言葉を貰えた気がした。

確かな受け入れの台詞を聞いた。


「……片山」


涙がせり上がってくるのが分かる。

苦しいのと、悲しいのと、喜んでいるのと。全部がない交ぜになった感覚だった。


「俺なら、何しても、壊れない」


こういう時、いつも俺は、自分からは動けない。

なのに、そんなことはもうすっかり理解している、と言いたげに、先に片山から素粒子体を抱きしめられてしまった。


それは俺に対して、その先を促すやり方だった。

最初は表層を触れるだけだった感覚が、段々と深くなる。

俺の腰の辺りの素粒子体、その表面をゆるりと撫でてきていたのが、より深く侵食する触れ方にじわりと変わっていく。

……境目なく、混ざっていく。


あえて誘うみたいにして、俺の中の罪悪感を薄めようとしている、と分かる。

そういうふうになだめられると本当に俺の自制心は弱いのだと、片山はとっくに知っていたらしかった。


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