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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第三章「逸脱と共依存」
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第19話◇俺たちの進路の希望と意志の力

何とか期末試験も終わり、ギリギリ成績はキープしたものの、やっぱり二学期からは塾に通う可能性が大きく出てきてしまった。

テストの結果や通信簿を一通り見た後の母さんの目が、ちょっと怖かったな……。


というか、正直この場合、三年の夏だというのに金銭的な事情関係なく塾に行くことをろくに検討していない俺と片山の方が、受験生としてかえっておかしいのかもしれない。


片山は「一応はシューショク希望?」と自分の進路なのにいまいち興味なさそうにしていた。

奴らしい話ではある。


俺はというと、特に行きたい進路もなく、親と相談した結果、成績に応じた場所を滑り止めにする予定だ。

「他はどうしようか、現時点の模試で合格圏内なら、塾まではまだいいかな……もっと焦ってきてからでも」とか思っている。


本格的に通うとなると、どの塾を選ぶかなど、詳細を検討しなければならない。

お金もかかることだし、数日うちの夜中に開催されるであろう父さんとの夫婦会議次第、という雰囲気だった。


本日は夏休みに突入するその初日、土曜日。


俺は片山と合流する前に宿題を終わらせておこうと、県立図書館にいた。

2時間くらい取り組んだ後、もう宿題は見たくなかったので、俺はかわりについさっき借りてみた本を眺めることにした。


これは知ってないと何も分からないからと、必要性に迫られて借りることにした「素粒子について」の本だ。

今回たまたま待ち合わせとしてここに来たので、もののついでに目についたものを一冊借りてみた。

天才的な人間ではないので、初歩の初歩のものを何とか探した。

中身がいい感じだったら、自力でも同じものを探して買うかもしれない。


しばらく目次なんかを眺めて、やっぱよく分からんな、難しいな……とか考えているうちに時間は潰れていった。

合流時間が近づいたので、俺は席を立って、そろそろ片山の家に向かって移動する。

その途中の掲示板にある、あるポスターがふと視界に入ってきた。


それはこの県内最大規模の、夏祭りの宣伝のポスターだった。

毎年八月の上旬に海辺で開催されるのだが、今年はちょうど来週の日曜日で、花火も打ち上げられる予定らしい。


俺は片山と行くの、いいかもしれない……と想像して「いいな、楽しそうだな」とソワソワしてしまった。

後で予定を聞いてみよう、と心に決める。


「いや……これは、そういうのじゃなくって。そういうお祭りなら、普通に友達同士でだって、行くだろう……?俺たちの関係は、一応、友達でも、あるんだろうし……」


実際、山瀬も松岡もそう思ってるんだろうし、アキオさんも俺たちをそう評していたわけだしな。

問題ない、はず……。


そんなふうに呟きつつ、俺は片山のアパートに到着した。

片山本人は朝からバイトで、十八時過ぎるまでは帰ってこないと聞いている。

事前に鍵を預けられていたのでそのまま普通に開けて入って、いつも片山が鍵を置いているフックに戻しておく。


『おお。お前の方がカタヤマ本人より、帰りが早かったな』

「みたいだな」


座椅子の上で丸くなって昼寝していたシュレが起きて、素粒子体的な意味での伸び?らしき動きをしながら話しかけてきたので、俺は窓の鍵を開けて換気しながら応える。


蝉の声は大きく大合唱を繰り広げていて、それを聞いていると、何故かとても、ノスタルジックというか、懐かしくて切ない気持ちになる。

「あの蝉も夏が終われば死ぬのか、それとも俺が先に殺してしまうのか」などと考えて。

そんなふうに蝉のことを思った記憶なんて、俺にはなかったはずなのに……。


そのまま、ほぼ自宅にいるかのような自然なやり方で冷蔵庫に向かい、俺が作り置きしている麦茶の入れ物を出す。

棚に並べられているのは先日買ったばかりの、同じサイズ・大きさの二つのグラス。

そのうちのひとつを適当に棚から取って、俺は麦茶を注いだ。


「はぁ、暑すぎるな、今日は……」


ずいぶんと喉が渇いていたため、そのまま一気に中身を飲み干した。

扇風機のスイッチを入れ、その風を独り占めする形でしばらく涼む。

古い扇風機はカタカタと揺れがあるけれど、クーラーに比べると涼しさはそれほど強くはないけれど、そう悪くない。


冷たいものを口にして少し落ち着いたので、「さて、片山がいないうちに、今日の観察日記をメモっておこうか」と俺は始祖の虫入りの虫かごを取り出す。

最近の俺はトレーニングの甲斐あって自力で虫かごを作り維持する能力が完全に身についているので、自宅で始祖を育てている。そして通学かばんの中に潜ませた状態で一緒に行動しているのだ。


『その虫……まだ殺していなかったのか。もうとっくに自力で処分していると思っていたぞ』


俺の目の前に置かれた始祖入りの虫かごに気付いたシュレが、意外そうな声を上げる。

俺に自力で虫を処分する能力が身について以降、シュレも片山も始祖のことはノータッチだった。

ほぼ存在を忘れかけていたくらいだと思う。

それだけ俺たちはあれから大量の第二世代を殺してきたのだから。


「ああ、うん。コイツに関しては、ずっと観察日記、つけてるからな。始祖だからこそ、しっかり研究したい」


人をも食う物騒なやつだが、コイツは「基本、素粒子なら何でも食う」という虫だと聞いているので、俺はあえて「地球上の生物じゃないもの」のみを餌として与え続けている。


捕まえた直後に、汚れた包帯をシュレがデモンストレーションとして食わせた。

次に食わせたのが、左手の片山の口にも食わせたオレンジの飴玉を二個ほど、個装ごとだ。


本当に、「何でも素粒子にして食う虫」という前評判通りだった。

餌によって食わないとかためらう様子も見られず、さして好き嫌いはないようだ。

さて、このまま無機物のみ食わせていくと、第二世代以降とはどういった差が出てくるのだろうか……。


『まぁ、第一世代で今のところ一番弱いから、何かあってもすぐ殺せるし、よっぽどの突然変異でも起こらん限りは、特に脅威にはならんだろうが……』


ウキウキと観察ノートを書きつける俺を、シュレは呆れ混じりでありながらも、一応は放置してくれている。

ありがたいことだ。


『ま、カタヤマにはバレないようにな。怒られるぞ』

「そうする」


シュレの指摘通り、「本当に片山にバレたら、ガチで怒られるんだろうなぁ」と俺は想像する。

とはいえ、隠し通して、無事変異を確認したら、その時点でしっかり殺せばいいのだ。

大丈夫だろう。


俺は気楽に考え、観察日記への書きつけに精を出す。

そうやってしばらく熱中してノートに書きこんでいた俺だったが、ふと顔を上げてシュレに質問したくなった。

そういえば、確認したいことがあったなと思い出して。


「なぁ、シュレ。俺ら人間の変異の影響っていうのは、肉体だけでなく、メンタルにも出るものなのか?」


最近、そのことが妙に気になっている。

少しだけども、前とは自分の性格が変わっていくような、メンタルが大きく揺れるような、そういう言動を自分がしているように感じる。


何だか妙に、虫を観察したい気分だし。

ちょっと片山っぽい、気分のままに動いてしまう衝動があるように思う。

片山のことを取り込んでいる、混じっているから?と強く感じてしまう。


『そうだな……肉体のことは基本、吾輩には分からんが。しかし、素粒子体を動かす作用というものこそ、意思の力に大きく依存しているわけだからな。逆にメンタルに出ずにどこに出るんだ?というのが答えになる』


シュレのその回答が、いやに腑に落ちると感じた。

意思とはメンタルそのものだろう。

やっぱり、以前とは全体的に「体の感覚」が違っているせいで、気持ちまで引きずられている気がするな……。


『吾輩の感覚では、地球の人間の場合にはその肉体にも作用するものなのだな、という……極めて神秘に触れた認識だな』

「そう、か」


シュレにとっては、逆にこういう人間特有の肉体の機能の方が、よっぽど異様で珍しくて奇妙なものなのかもしれない。


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