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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第三章「逸脱と共依存」
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第18話◇この力の効果的?な使い方と、真夏の到来

それから五分程度過ぎた頃には片山も戻ってきたので、早速本日のシュレ先生の授業が開始された。

まず戦い方を学ぶ前に、基本の基本として、素粒子体自体の存在を強く意識することから話は始まった。


『肉体を使おうとするな。あくまでも素粒子体としての感覚を逃すな。そして、意思の強さが何より重要だ』

「意志……」

『どう動き反応するか、全てはお前の意志が決める。肉体と素粒子体、それぞれ、あえて全く違う動きにさせてみろ』


などなど、言われるわけだが、当然難しい。


しかし何でか、片山はノリと勘のみでさっさと使いこなしてしまった。

「要は、肉体の動きと素粒子体の動きを完全に重ねられれば、普段の人殴る感覚で虫のことも殴れる、ってことだろ?」とか、平然と言いながら素粒子体の左手で第二世代の虫を握り潰すさまを見せられたため、グズグズと四苦八苦していた俺は「はぁぁ!?それこそが難しいんだろうが!!」といっそ拗ねたくなった。


「虫と戦う時も喧嘩殺法なのか、お前……」


思わず負け惜しみ混じりの呆れ声で呟いた俺だったが、すごいのは確かだ。

これも一種の才能なのかもしれない。


『お前はもう、それでいいぞ。それでも倒せてるからな』

「よっしゃ。やったー」


シュレのお墨付きも得られ、片山はご機嫌だ。

出遅れた形になった俺はというと、眉間に深くしわを寄せながら、右手を握ったり開いたりする。

そうしていると、ひょいとその手を覗き込むように片山が見てくる。


「宮本は、なんか、俺よりもっと頭良さそうなこと、できるんじゃね?」


そうして、そんなことを言ってきた。

頭良さそうな殺し方ってどんなだ……と、ますます俺はしわを深くしてしまう。

俺は先程シュレが説明してくれた「素粒子にまつわる力の話」あたりを、脳内でもう一度繰り返してみた。


「えーと……重力と、電磁力と、強い力と、弱い力と……」


強い力は、素粒子の中でも、陽子と中性子が引き付け合う力。

弱い力は粒子の変化を引き起こす力。

電磁力があることで引き付け合ったり対消滅を繰り返したりもして、空間を曲げてもいる素粒子たち。

つまり、それらの力を自在に操ることで素粒子体にダメージを与えたり、逆に安定や保護をしたりもできる、とシュレは言う。


「虫の素粒子体を保っている電磁力を操ることで、弱い力の変化を操ったり強い力の働きを狂わせて、集団的な素粒子存在として維持できなくしたり、電磁力や重力を操って動けなくするとか……?」


例え考えついても、それを俺が自力でやれるかどうかはまた別の話だ。

なので、そこはシュレのやり方を見てお勉強した。

シュレもほぼ本能というか、長年無意識に虫を狩っている部分があるので感覚的な教え方しかしてくれなかったのだが、何度も繰り返すことで何とか俺なりに修練を積む。


やがて、いくらか慣れた頃に外でも実践。

俺も片山も、各自なりのやり方で虫と戦う技術を確実に身に着けていった。


ただ、やっぱり素粒子体を使えば使うほど、その後の変異の影響も比例するかのように大きくなる。


『お前たちの素粒子体の、吾輩の素粒子が混入している部位は、強く引き合うようになってしまっている。ふとした瞬間にその部分が再度、吾輩の分体として同化しようと反応してしまうのだ。そのため、お前たちの肉体は人間としての構成を維持しきれなくなってしまうらしい』


シュレは俺たちにそう説明した。

それは客観的には、俺と片山の肉体が黒くドロドロと液状に溶けていて、まるで一部の体が腐って崩れているゾンビみたいな、かなり気持ち悪い状況に見える、という状態。

しかも「混じり」部分は俺らの意志に反して常にズルズルと蠢いていて、放置していると勝手にぐちゃぐちゃと反応し合う。下手するとそのまま同化固定されてしまうという……。


「ちょっと、あまりにも、グロすぎないか、これは……」


ここ最近は片山との肉体的な触れ合いに慣れ始めていた俺も、このありさまにはさすがに血の気が引いてしまう。


こんなの、「接触恐怖」どころじゃない……。

「完全なる同化と結合の恐怖」じゃないか……。


「夏の間は制服、半袖シャツだけどさ。この状況、そう簡単に隠せるか?結構、難易度高くね?」


そして片山が心配そうにこぼした通り、この「混じり」は以前までの、「ただ触れ合わせて対消滅させる」みたいな、早くて楽な消し方はできなかった。


自分の素粒子体の特徴を理解し、お互いの素粒子体の違いも理解することで、力業で二人分の素粒子体を、それぞれの肉体の殻に押し込める。

毎日のようにそれを必死に繰り返して修行していると、さすがに肉体と精神の方もグッタリしてきてしまうのだった。





「なんか、ダルそうだなお前ら。夏バテか?」


ある日の昼休み。

松岡に呼びかけられたが、もう今はトイレなどの「どうしてもの必要な時」でない限り、微塵も動く気はない。


グラウンドの端にある樹木の方から、ミンミンやジージーと高らかに蝉が鳴いているのが聞こえてくる。

ああ、本格的に夏が来てしまった……。


松岡の問いに、俺は「んん」と単語にならない声で返事する。

俺は今、うつぶせに机に突っ伏す状態だ。

そしてその背中に、片山が同じような体勢で重なっている。


「寝不足……」


俺と違って声を出して応えた片山も、ずいぶんと気だるい声色だった。


実際、この暑い中で殺すべき虫を探して街中をさ迷ったりもしているので、普通に熱中症になりそうな状況でもある。

が、最近は不定期に起こる変異のせいでちっとも気持ちが落ち着かず、そっちのせいでひたすら眠いしダルい。

修行のおかげで、少しずつではあるものの、ましな動きができるようになってはいるが……。


「期末試験直前なんだから、ここで倒れたら留年だぞー」


そんな山瀬の台詞で、更に脱力が酷くなる。

もう一週間以内に期末試験があり、そしてそれが終われば間もなく夏休みに入る、という時期だ。

当然、勉強なんてろくにしていない。


「期末……」


げんなりした声が、ようやく俺の口からも出た。

いよいよ受験シーズンも佳境に入ることになる。

夏休み中は無理やり行かなかったとしても、いよいよ二学期の終わりからは塾に通うことを考えることになるのかもしれない。

今は風紀委員長の仕事もあるからと保留にしているが、成績が極端に落ちたなら、母さんからもそういう提案が出そうだ。


「そろそろ、夏休み、それまでの辛抱……」


呪文のように俺は唱える。

少なくとも、学校に通う頻度が減ってくれるのは、現状かなり助かる。

変異疲れの回復のために睡眠時間を多めにあてられるのなら、かなりありがたい。


ああ、マジで溶ける……。


グジャグジャと、片山と接触している背中の素粒子体が蠢いて、片山の腹部と混じっている。

実はそうやって、俺らは今、お互いの変異を人目から隠しているのだ。

それを見られるよりは、「夏だってのに異様にベタベタしている変な野郎ども」という風評の方がまだましだろう。


――風評、ではないのかもしれないが。

あの「改変」を受けた時、シュレが言っていた言葉が、ふとした瞬間に脳裏に浮かんでくる。


『素粒子体を持つ我らにとっての、互いの素粒子構成を取り込み合うという行為は、人間における婚姻や生殖、性的交渉などという行為に相当する、のかもしれない』。

また一段階進んだ片山との「混じり」は、きっと、俺と片山の関係をも、もう一歩先に進めてしまったに等しい。


「おい……。それ以上は、やめろ。片山」


ぞわぞわとした混じりをさらに促進させる形で、わざと片山が隠された接触部を掻き混ぜるようにしてきている。

なので、それを手のひらで払うのと同等の電気的刺激でぴしゃりと阻害してやった。


何も知らない山瀬と松岡は、特にそんな俺らの会話を気にしていないようだ。

きっと俺が「暑いし重いんだから、のしかかること自体をやめろ」などという意味で文句を言ったのだと、捉えていると思う。


つまりそれは、片山が肉体を全く動かすことなく自分の素粒子体をそこまで意識的に動かせるようになってきた、ということだ。

そして俺も、それを拒否する動きを、同じだけ取れるようになった、ということ。


最近は、片山にそういう触り方をされることが増えた。


ただ、この形で相手を弄っているとそれぞれの素粒子体の差が捉えやすく、各自の肉体の枠と素粒子体の枠を重ね合わせる、ということがやりやすいのもあって、よって変異も比較的早めに落ち着きやすい、というのは事実でもある。


それに……まあ、何だかんだ、気持ちがいい。

男である以上、そういう「解消しておきたい無駄な欲」は、どうしてもある。

肉体自体を触るよりも刺激強めで、効率的というか。


しかし正直、必要性のところを超えてくると、セクハラに近いことをされているとも、感じるわけで……。


怒られた片山はようやく素粒子体を混ぜ合わせるのをやめて、すごすごと肉体自体もその身を起こすことで離した。

俺は横目で片山の腹部を確認し、自分の背中の感覚も確かめる……よし、何とか今回の変異はおさまった、らしい。


対消滅程度で軽く変異を消せていた頃が、正直懐かしくなった。

あの頃の俺たちの中のシュレの影響は、本当に少ししかなかったんだな、と痛切に感じている。

意識的に「改変」を施した今は、全然負荷が違っている。


ただ横にいるだけで、自然と混じりそうになる……。

それを分かっているくせに、片山はわざとますます激しく掻き混ぜようとする。

まるで積極的にそれを望んでいるみたいに。


――ズルズルと、甘えられている。

こう場所問わずで四六時中になってくると、いくらか困る気もする。


俺たちのこの行為は、あくまでも虫を殺すための、特別な処置。

恋人同士が望んでそういう行為をする状況とは、全く違うもののはずなのに。


なのに、何故か「もしかしたら、片山は既に、俺にとって恋人に等しい特別な存在になってしまったのか?」なんてことをつい考えて、変に錯覚しそうになってしまう……。


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