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シュレディンガーはたぶん猫。  作者: 鰯野つみれ
第三章「逸脱と共依存」
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第20話◇悪くない共同作業と第三世代の誕生

やがて片山が帰ってきた。

シャワーを浴びる片山を待ってから、俺たちはアパートの近場の、もうふたりで何度も行き慣れた町中華の店に行く。


それと同時に、大きく二人を包み込む形で、協力してバリアーを張る。

シュレが以前に俺を守るために出してくれたものよりも、もっとずっと、他の人間が触れても違和感を感じない、精度が高いやつだ。成長した今の俺たちは、そういうものも自力で生成できるようになっている。


虫たちは今まで以上に俺たちを執拗に狙ってくるようになってきた。

なので、必ず新規のバリアーを張り巡らせている。


――さて、ここからは、全く気が抜けなくなる。

他の人には全く気付かれないように虫を殺しながら、この道を進む必要があるからだ。


そろりとバリアーに近づく虫が見えたので、そいつの電磁気を操ってショートさせて落とす。

歩を進めるタイミングで念のために足の素粒子体で踏んで完全に殺した。


歩く方向と歩幅に合わせて磁場を誘導して、虫を確実に落として、一足ごとに踏み潰す。

そうするごとに、素粒子残滓がまるで血が飛び散るように足元に舞って見える。


「受験生、だけどな。海にでも行こう」

「海?二人で?」


たん、たん。

俺がそうやって虫を潰して見せると、片山も同じように付き合ってステップを踏む。

悪くない共同作業だった。


この夏の蝉しぐれは、あたかも宇宙の虫を殺すゲームのバックミュージックのように、今日もけたたましく鳴り響いている……。

全然違う虫の種類のはずなのに、不思議と。


「ああ。来週、夏祭りがあるだろう?」

「そうだ、毎年あるやつ……。いいな。海と花火、両方」


た、たた、たん、たん。


「夏が完全に終わる前に、きちんと二人で遊んでおこう」

「泳げなくても、せめて砂浜を裸足で歩くくらいはしたいな」


たたん、たん。

たん、たん、たん。


「許されるだろう?そのくらいのご褒美は」

「俺が許すから大丈夫だ。宮本は頑張ってる」


たた、たた、たん、たん。

たたん、た、た。


「頑張ってるのは、片山もだろ」


たん、たん。


趣味が良くない方向の、足で所定の位置を踏むダンスゲーム。

あれだとしたら、かなりいい点数になりそうだった。


「うん……。俺だって頑張ってる。ご褒美、欲しい」


夏休みが終わったら、いよいよ俺の方が勉強漬けになる。

だからきっと、あんまり遊びに行けなくなるかも……などという寂しさや不安が、片山にはあったに違いない。

楽しめの予定を未来に提示されることで、片山はやっと少し安心しているように見える。

それを確認して、こちらも笑顔を返した。




到着した町中華の店は、安くて量がある、とてもお手頃な店だった。

そこで存分に腹ごしらえを済ませてから、その後に擬態して猫集会に顔を出していたシュレと合流。

俺たちは早速、夜闇に紛れるように街に調査に出た。


まずシュレがその検索能力で虫の気配がひときわ濃い場所を探り、地図データと示し合わせてそこに向かう。

気配が濃い場所には虫が大量に集まっているか、より他の虫を取り込んで成熟期へと邁進している強め個体がいるか、その両方か。


果たして、一番気配が濃いその場所に、たった今、俺たちは到着した。

そこはとある一軒家、建て売りっぽい、まだわりと新築の家だった。

家の前の駐車スペースには家族向けの黒の六人乗りワゴン車が停められていた。


何故か、その全てのドアが、開け放たれている。

今まさに持ち主と家族が乗り降りしていますよ、って感じにも思えるが、車と家の間に人の気配はない。

もう夜なのに、家の中には全く電気がついていないようで、どの部屋の窓も真っ暗だ。


「あ……あ……」


微かな人の呼び声が聞こえた、と思った。

声のする、車の中を、俺はそっと覗き込む。


目が、合った。

ひとりの女の人が、ワゴン車のちょうど真ん中部分に寝そべっていた。

が、そのままびくびくと痙攣を繰り返した直後、あっさりとこと切れた。


この人の姿に目を奪われているのを隙だとでも認識したのか、一匹、ふっと俺に向かって飛んできた。

その虫を跳ね除ける形で落とすと、バチリと弾ける音がして光が出る。

夜にあまり目立つ光は出したくないわけだが、子虫が一匹、しかも鉄の檻のような車内でのことなので大丈夫だろう。


「おい……腹、見ろ」


俺はシュレと片山を呼び、腹部を目線で示す。

離れていたひとりと一匹もすぐに来て俺と同じように車を覗き込んだ。


きっとこの人も妊婦さん、だったんだと思う。

ただ、その人の腹部は服ごと、ぽっかりと失われていた。

そしてまだ生まれたばかりの幼少期の虫が、びっちりと大量に、何百という勢いで詰まって、そこに蠢いている。

時々ほわりほわりと、その辺りが青白く光っているせいで、もう外は比較的暗くなった時間帯なのに、よくそれが見えた。

何の光かというと、生まれたばかりのチビ虫のくせに何とかその人の体を食おうと苦心している状態だからこそ、発生している光だ。


『少し前に孵化したばかり、だな。半分以上は逃げたようだが。残っているのは、母体まで食いつくそうとしている虫か』

「食い尽くした方が食わないより一歩、より成熟期に近づいた状態でスタートできるからな」


まるで毛布をかけるように、シュレが大きな網バリアーで妊婦さんを包み込む。

そうして、そこにいた全ての虫だけを漉し取るようにしてそっくり捕まえた。


『サンプルは、どうする?』

「二十匹くらい取っておいて、あとは処分で」


変異したのなら、その特徴を調べたい。

第二世代と一体何がどれだけ変わったのか。

俺たちの攻撃が全く通じないほどの大きな変異を、しているかどうか。


今ぱっと見で分かるのは、羽があること、だろうか。

何匹か妊婦さんの周囲を飛んでいたところを見たが、機動性が上がっている気がする。

宇宙の真空から、地球の大気をより捕らえやすく。

そういう変化をした可能性がある。


地球の虫で言うと……蜂、みたいな形だろうか。

もちろん透け感と足が十対もあるのはそのままなので地球上の蜂とは全く違うわけだが、何となくフォルムがそんな感じに見えた。

赤みも、第二世代より第三世代の方がさらに増している気がする。

その体がというより、羽の部分がより濃い、血の赤じみた構造色に近づいている。


このワゴン車から察するに、きっと五人か六人家族だったんだろう。

空のベビーカーが一メートルほど離れたところに転がっていて、そういうものが必要な年頃の幼児と、妊婦さんとその夫。

あと二・三人は、もう少し育った子供か、祖父祖母か、親戚か、はたまた友人か。

その詳細は今後マスコミが調べてやがて公表されるのかもしれないが。


「幼児も……いないな」


手で触ると指紋がバッチリ残ってしまうので、俺は素粒子体の方で毛布をめくって確かめてみる。

児童向け雑誌のキャライラストが可愛らしく描いてある毛布だけが、ベビーカーの座面に引っかかる感じで残っていたから。


「いくら何でも、妊婦さんが、たったひとりでベビーカーとこの荷物を運ぶわけないよな」


車の後部座席には買い物してきたであろうものが置いてあった。

大人か、大人相当の子供が複数人いたであろう証だ。


『同行者は全員が食われてるだろうな』

「……また、間に合わなかったのか」


それまでずっと俺とシュレの会話を黙って聞いていた片山が、とてもシュンとした声で呟く。

まさかパトロールを始めた初日でこれか、というのが、先ほども飯を食いながら気合いを入れていた分、いささかショックだったようだ。


「この辺りの虫は全部消すぞ。早めに」


俺は宥めるやり方で肩をポンと叩いた。

戦力として、地の底まで落ち込むのは、本日の業務の後でお願いしたいからだ。


「ああ」


俺たちは現場の周辺を探し、いくらかの逃亡分をしらみつぶしに消していく。

たまに襲ってくるチビ羽虫を落としつつ。


そうして、シュレの声で警察に通報もした。

絶対に分析できないアシがつかない声で、あえての公衆電話から。

もちろん指紋も絶対に残さない。


やがてサイレン音が響き渡り、騒然としてくる。

そのざわめきを尻目に、俺たちは虫を潰しながら、ゆるりと離れた。


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