歓迎遠足
「確認するぞ」
片手にプリントを携えたジュノが僕の用意した鞄を開ける。一つずつプリントに記載されたものがあるかを確認して、詰め直されていく荷物。
「よし」
「僕、そんなに頼りないかなぁ」
「……念のため。武器は何がある」
「ないよ。僕まだ木剣以外持ってないから」
「……短剣一つもないのか?」
「あ、それくらいなら。どこにしまったかな」
普段は絶対に使わないものだからなぁ。確か箱に入れてクローゼットに置いたかな。
「馬鹿かお前。短剣ってのは常に身につけておくものだ。なんで護身用のものを携帯してないんだよ」
あとは馬車に乗るだけ、という気持ちだったのにジュノはクローゼットに走っていく。戻ってきたジュノは僕の全体を見下ろして、持ってきた剣帯を片方メイドの手に戻した。
「ったく、普段から持ってないと必要な時に使えねぇだろ」
「そういう、ものかな」
「そのための物だぞ、コレは」
脇の辺りに短剣を固定して、ジュノが上着を着せてくれた。
「遅刻するぞ、急げ」
自分の鞄と僕の鞄を片手に持って僕を馬車に追い立てながら、ジュノは緊張した顔をしている。やっぱり、たった一度の遠出があの件に繋がってしまったのは、嫌な記憶になっているんだろう。
「楽しいといいねぇ」
「……そうだな」
小さく答えてくれて、僕たちは馬車に乗り込んだ。
「では、魔法陣に移動してください。配布された緊急脱出用のスクロールは無闇に触らないように」
担当教師の言葉とともに、出入り口に設置された魔法陣に一人ずつ進んでいく。
これがスクロール、と配布されたものをそのまま眺めていた僕は慌ててそれをポケットに押し込んだ。
使い切りの魔法陣をスクロールと呼ぶのはゲーム内と同じだけれど、ゲームアイコンは巻物の形だった。配布されたものは巻物と言う形ではなかった。俺は使ったことがなかったけれど、形は「防犯ブザー」だ。紐を思い切り引き抜け、という使い方まで同じ。
「気になるのはわかりますが、仕組みや魔法陣についてはこれからの学習で学ぶことができますからね」
僕の横についていた副担任が誤って使用してしまわないようにと注意してくれる。シャーロットやテオドール殿下はもうこれくらいは作れるのだから、僕もすぐにできるようになると。
「さ、あなたの番ですよ」
優しく押し出されて、魔法陣に足を踏み入れる。
瞬きは、していなかったつもりなのに。魔法陣の上に立った瞬間、教室のドアの外が平原に変わっていた。
「はい、よくできました」
待っていた担任が僕を出迎えて、目が回ったり気持ち悪くなったりしていないかと二、三質問してくれるが、僕はなんともない。続いて現れたジュノも目を丸くしていただけで、特に問題はなさそうだ。
待機列に加わって、少し周りを見ていると、確かに青ざめた顔をしている子もいる。
「転送酔いの子は、ここで少し休憩を取ってから行きましょう。他の皆さんは先に予定箇所へ移動をはじめます」
担任が先導して、僕たちはそのあとに続く。教師陣は三分の一ほどが休んでいく子たちのために残ったようだ。移動先は小さな村だった。
「では、結界からは出ないように。昼までは採集の時間とします」
村の人たちに迷惑をかけないように、との注意とともに先生は各グループに時計を一つずつ手渡す。
「結界との距離がその時計でわかりますから、手放さないように」
わらわらと散っていくグループ。僕は姉上に手渡された時計を見せてもらう。長針と短針があるタイプの懐中時計。その盤上に白い光がソナーのように波打っていた。
「この光が赤に近づくほど、結界の橋が近いってことよ。外は大型の魔物の多い地域だから気をつけなさい」
姉上が歩き出し、僕は配布された採取対象のリストを引っ張り出す。採取していい物のリストと、採種できる場所を示したざっくりした地図。姉上はどんどん先へ歩いていくので、僕はとりあえずその後を追う。
「まずは草ね。薬草類。それから、鉱石。この辺は周回すればすぐに集まる物だし、ルート上にそれほど魔物も出ないからそこから始めるわ」
「ヴィトリークたちは僕たちを気にせず、ちゃんとリストにある草だってのを確かめながら採種していって」
「魔物が出たら呼びなさい。私達で対応するから」
村は休憩所と拠点を提供してくれるだけなので、間違っても連れて帰らないようにしなければいけない。先生たちが対応してくれるから大丈夫だろうけど。
「じゃあ行こう、ジュノ」
「はい」
姉上たちが魔物を警戒してくれる間に、僕とジュノで資料を見ながら草原の草を確認して回る。同じ草原で採取をしているグループもいて、姉上たちは彼らと雑談をしたりもしているけれど、新入生はやっぱり同じように必死に資料と目の前の草を照らし合わせている。
「それ、株ごといけ」
「これ?」
「違う、その奥。葉が長いやつだ」
「……あ、これ。こんなのあったっけ?」
「次のページにある。舌が痛くなるくらい苦い草だ」
「へぇ、ほんとだ。あ、これはこの草じゃない?」
「違う、よく見ろ。葉のつき方が違う」
「違うかなぁ?」
「違う、これは交互についてる。取っていいやつは螺旋状に生えるんだ」
「よく見てるねぇ」
「この中の半分くらいは、食ったからな。食い物がないときに」
淡々とジュノは草をちぎっては袋にしまっていくけれど、ちょっとリアクションに困る経験だなぁ。そんなに厳しい時もあったんだ。そうか、すぐに手下として扱われたわけじゃないよね。
「おかげで、あれ以降食あたりの経験はない」
僕が困っているのに気がついたのか、ジュノが笑っていいのかもわからない冗談を続ける。指示された草を株ごと刈り取って、僕はそれもジュノの袋に押し込んだ。
「僕も食べたら、体が強くなるかな」
「バカ言うな、死ぬほどのたうち回ったんだからな。食べるものがあるやつがやることじゃない」
冗談、と言うわけでもなかったんだけど、ジュノには怒られてしまった。姉上が「死ぬことはないけどものすごく苦しむ草」を食べるとしたら、僕も止めるか。
「診察とか、鑑定使えたら簡単なんじゃないかな」
「スキルはまだ先だろうからな。発現するのはだいたい卒業後だ」
「そんなに先なんだ」
確かにみんな『そのうち発現しますよ』としか言わなかったな。
それもやっぱり人によるからなんだろうなぁ。あ、ヒロインは確かスキルも3年目とかには選択できたな。物理的に強くなるか、魔法を強くするか、行動回数を増やすか。攻略本によれば『行動回数一択』らしいんだけど、それを知らなかった俺はフツーに物理強化でクリアした。
「ヴィクス、ちょっと移動するわよ」
「あ、はい!」
姉上が声をかけて、僕たちは慌てて姉上達のところまで走る。
どうも今年は魔物が多いそうだ。もう少し見通しのきくところに移動したいと、テオドール殿下が説明してくれた。
「シャーロットが得意なのは炎の魔法だからね。草原だと難しいんだ」
「野焼きするわけにはいかない、ってやつですね」
「そう、少し足場は悪くなるけど、山裾の岩場に行こう」
「じゃあ、鉱石取り、頑張ります」




