四章プロローグ(鹿島の退屈)
「星系封鎖かぁ。第二星系を包囲してからもう半年以上。ぜーんぜん戦況が動きませんね」
と、主計部秘書課の鹿島容子は、その形の良い口でため息一つ。
いまはランス・ノールの2個艦隊の反乱から約8ヶ月。反乱した側のランス・ノールの神聖セレスティアルからいわせれば独立宣言から8ヶ月だ。
鹿島のため息に、
「さすが最高軍司令部の対応は早かったわね。あっという間に空前の大包囲網。星系丸々の封鎖なんて思いついてもできないわよ。最高軍司令部の後方担当って恐ろしく優秀よ」
そう応じるのはカタリナ・天城。主簿室の室長で鹿島の上司。
2人が向かい合って座って話しているのは経理局の休憩室だ。ここにはテーブルと椅子が数組に観葉植物。自販機が数台おかれている。
鹿島の前には紅茶のパック。カタリナの前には濃厚ホットチョコレートのパック。
「第二星系の周囲に広く散らばる艦艇1隻1隻に補給しなきゃですからね。補給線の管理がすっごく大変そうです」
「作戦立てるだけ立てといて、あとの細かいことは主計部でーってのが軍のおえら方のスタンスだからねぇ」
批判的にいうカタリナに、鹿島は苦笑。
艦隊のおえら方も、参謀本部も、電子戦司令部も、主計総監以下を便利な計算機ていどにしか思っていない。これでは数字の天才たちの不満もしかたないというもの。
「でも惑星封鎖がNGで、星系封鎖はいいんですね」
「ま、どこで線引するかでしょうけど、惑星封鎖は衛星全部叩き落として、惑星住民を原始的な生活に追い込んでしまえっていう非人道的な作戦よね」
「それが星系まるまるなら平気と?」
「そうよ。星系1個なら内部で自活できるもの。原始人には戻らないわよ」
「え、でも自活できちゃうと意味なくないですか?」
鹿島の顔が疑問いっぱいとなり、頭上にはクエッションマークがクルクルと回りだした。
私、今月の『戦史群像』の『時事ネタ特集ランス・ノールの反乱』で読みましたから詳しいんですよ。最高軍司令部は第二星系で独立宣言した2個艦隊を干し殺しにしようとして包囲しているんだって。圧力をかけて降伏へ持ち込む空前の大規模作戦!
でもカタリナ従姉さんのいうとおりだと、包囲しても飢えないので意味がないですよね……?
「それね。でも星系間の商取引は不可能よ。そうなると、やっぱり経済は後退して、第二星系内は徐々に困窮するとうことかしら。経済が先行き不安となれば、第二星系内の株価はいま以上に酷いことになる。となると、もともと貧乏なファリガ、ミアンノバは苦しいでしょうね」
カタリナが、私もよくわからないけれど、という雰囲気で従妹へと応じた。
「12星系19惑星内で1星系だけで孤立するってやっぱり厳しいんですかねぇ」
「そうねぇ。12分の1の経済力じゃどうしようもないでしょうね。あっという間に貧乏。こうしておジュースもチューチューできないわと思うわ」
「戦わずして勝つってかっこいいですけど、実際やってみると暇なんですね。戦況がうごかなくて全然面白くないですし、お昼のワイドショーでも、もう反乱の話題なんてでてませんよ」
「ま、1年ぐらい前の星間戦争(第四次)がガンガン戦っただけに、そう思うわよね。私たちが生まれる前の星間戦争(第一次、第二次)って全然戦わなかったらしいわよ。艦隊並べてにらみ合って帰ってただけって」
鹿島とカタリナの間には、戦争しているのにずいぶんのんびりとした空気。
この間延びしたようなしまりのない空気を、
ガタッ――。
と立ち上がったカタリナが、
「でも、その戦況がもう動くわよ!」
といって破っていた。立ち上がると同時に大きなバストもゆれている。
お~、と女の鹿島も思わずゆさゆさ、ゆれる胸に釘づけになりつつ、
「ですよね!」
と、あいづち。
「やっと反乱対応の2個艦隊の編成が終了。李紫龍様が出陣よ!」
そう2人が話題にしていた空前の大規模作戦である『星系封鎖』はランス・ノールを討伐するための艦隊を編成するまでの時間稼ぎでもあったのだ。
「不敗の紫龍の登場。やっぱりあっという間に片付いちゃうんでしょうか?」
「どうでしょうねぇ。反乱軍は2個艦隊。李紫龍様は2個艦隊にプラスして、すでに封鎖のために第二星系に展開している2個艦隊ていどの戦力。合計で二倍の戦力ね」
「でも、それって実質2個艦隊の戦力ですよね?」
「そうね。封鎖のために展開している艦艇を集結させちゃうと星系封鎖が解かれちゃうから」
「ふーむ。どうなるんでしょうか」
「さあねぇ。容子ちゃんお得意の『戦史群像』に予想は書いてなかったの?」
「それ来月号です。次は李紫龍の戦略大予想的な特集あるって宣伝ありました」
カタリナが、じゃあだめねぇ、といいながら座り濃厚ホットチョコレートのストローに口をつけた。鹿島も紅茶をすする。
鹿島はストローから口を離すと、
「あ、そういえば李紫龍が天京へ戻ってくるって、戦史群像にありました。『戦い直前の忠臣李紫龍の帰還の目的は如何に?!』って」
と、新たな話題を提供。
「ええ?!紫龍様が?」
「でも、会えないですよねぇ」
「そうね。同じ軍人でも世知辛いものね。こうして壁紙に設定するぐらいよ」
カタリナが携帯端末を取りだし鹿島へ見せた。
端末の画面には水も滴るような李紫龍の顔写真。画面の紫龍は流し目して長い黒髪をかきあげ美しい。
鹿島は画面をのぞき込みながら、
「あらやだカタリナ従姉さんったら、1週間前に軍内の女子グループのSNSで出回っていたやつじゃないですか。壁紙にしちゃったんですね」
というと、カタリナは、
「そうよー。すてきでしょ~」
とご満悦。
従姉カタリナにとって李紫龍は完全にアイドルやスターだ。鹿島は思わずクスリと笑った。
「カタリナ従姉さんほんと好きですよね紫龍様」
「そうよぉ。なんといっても背負っている背景。彼はエピソードがステキよ」
「グランダの貴公子、悲運の名将の家系ってところがですか?」
「それもそうですけど、なんといってもそれもふくめた『李紫龍の悲願』ってエピソードがね」
「ああ、『李紫龍の悲願』って有名ですよね」
鹿島があいづちをうつと、カタリナがうっとりという。
「そう。紫龍様の祖父の李紫明は名将の誉れ高いけれど、第一次星間戦争では失敗して世間ではさんざんの評価」
「加えて、お父様は将来を期待されていたのに若くして事故死。叔父様も人情事件で非業の死ですものね」
「ええ、そんな悲運の家系の紫龍様の悲願は、武勲たてて祖父の李紫明の汚名を雪ぐこと!それを星間会戦での大活躍で有言実行。見事になしとげるって物語みたいじゃない?」
「わかります!悲運の家系という汚名返上と同時に、おじいさんの李紫明の名誉も挽回ですね」
「わかってるじゃない容子ちゃん。アイス食べましょ。おごっちゃから」
そういって立ち上がるカタリナへ、鹿島が腰を浮かせ、
「あ、私濃厚ストロベリーがいいです!」
手を上げつついう。いいわよー、とカタリナは上機嫌で、
「ロイヤルダッツのお高いやつ。奮発しちゃうんだから」
などと口にし自販機の前に立っていた。
鹿島は、そんな従姉後ろ姿をながめながら、
「ふふ、『戦史群像』で李紫龍特集読んでおいてよかったです。情報がちょっとお高いアイスへ大変身です」
とご満悦だ。
今日もグランダの主計部秘書課は平和。鹿島は、世の中は情報戦ですね。などと思いつつアイスを待ったのだった……
2人が安穏としているなか、真っ黒な長い髪を風になびかせ1人の男がグランダの首都惑星天京の土を踏んでいた。
場所はグランダの首都テンロン特区の最寄りの空港。
男は飛行機から滑走路へと降りてきたばかり。
男へ燦々と降り注ぐ日差し。男は眩しそうにしつつも風で乱れた長い髪を優美にかきあげる。
男の名は、
――李紫龍。
鹿島とカタリナの2人が話題にしていたあの李紫龍だ。
ランス・ノールの反乱討伐軍の司令長官に指名された紫龍は、反乱討伐を前に最高軍司令部から一時的に戻っていたのだった。
紫龍はグランダの貴公子。グランダは立憲君主制。グランダ軍では星系軍の長は皇帝の認証が必要。
――戻って帝へ司令長官就任を認証してもらう。
これが紫龍の天京帰還の目的。
グランダ軍と星間連合軍が統合されていくなか、すでに皇帝の認証は必要なくなっていたが、紫龍の李家は代々軍人や廷臣を排出した家系。帝の忠臣を自負する李紫龍は皇帝の顔を立てたのだった……。