(三章エピローグ) そのころ鹿島は、③・下
うー、重たいです。こんなことならカートを借りてくるんでした。なんで張り切って手で抱えてもってきちゃったんでしょうか――。
鹿島容子は腕の痛みと荷物の重さでつらい顔、ヨロヨロしながら経理局長のおわす、お部屋を目指し廊下を進んでいく。
いまの鹿島はろくに前も確認できないが、すれ違う人々は、
――危ない。いまにも転びそう!
と、ギョッとして鹿島をさけてくれるので、鹿島はなんとか衝突事故は回避されている。
さすがに一度休憩しようかと思った鹿島だが、
――いったんおろすと二度と持てそうにありません。
まさか廊下に3つの書類の山のうち2をおいて、分けて運ぶというわけにもいかない。紙で取っておかなければならないほどの重要書類なのだ。紛失したら大目玉どころではすまない。夢の艦艇勤務も遠のいてしまう。
鹿島は主簿室で張り切って書類の山をもってしまったことを後悔。
腕がちぎれちゃいます――。と、冷や汗たらたら。
もうむり――、と思いつつも書類をぶちまければめんどうくさいのは間違いない。一気に経理局長室までもっていくしかない。
だが、
――もうダメぇー!
と思った瞬間、
「だいじょうぶか?手伝ってやる」
と、とつじょ声がかかった。
――え、私ですか?
と鹿島が思ったかぐらいで、鹿島の腕が重みという拷問から開放されていた。
とつぜんの親切に驚く鹿島の目の前には、アジア系のさほど背丈の高くない30代の若い男。
男はヒョイヒョイっと荷物を持ち上げてしまい、鹿島は、
――さすが男の人です。
と、驚きの目で男を見る。
背は高くないですけど顔の作りはけっこういい。悪くないかな、などと鹿島は失礼なことを思いつつ、
「うぅ、すみません助かりましたぁ」
とお礼を口にした。
「急ぎでないなら少し休もう。腕がちぎれそうだったろ。そんな顔だった」
そういって笑う男へ鹿島は、はい。と、情けなさと恥ずかしさがない混ぜになった照れた顔でうなづいた。
壁によりかかり休憩する鹿島は、男の表情をうかがいつつ、
「あの、経理局のかたじゃないですよね?」
と、質問すると男は、
「ああ、下っ端さ」
そうさらっと応じた。
返事をにごされてしまった鹿島は、さりげなく親切な男の装いを確認。男の素性を推理するためだ。
――私、推理も得意なんですから。推理小説は子供のころの好物です。
名探偵鹿島の推理が開始されていた。
なお鹿島の初見の印象では、この親切な男は間違いなく軍人。
なぜなら――。
ここは軍の施設で男が着ているのは軍服です。だったら階級章があるはず。というわけです。どうですか?
カタリナが聞けば間違いなく、
「あらあら容子ちゃん立派な推理ねぇ」
といって生暖かい視線をおくるだろう。
むむ、少しくたびれてますけど服は佐官用のデザインですねぇ。で――。おお階級章は大将です。すごい。下っ端なんていいつつも、ちょう偉いじゃないですかぁ。と思うも、鹿島は知っている。
星間戦争の勝利と、戦争終結での軍の軍縮と再編で、大量に将官が排出されてしまったことをだ。
戦後に自主的に退役を願い出たものへは最低2階級特進。
世間ではこれを〝卒業特進〟とやゆし、
――卒業将軍。
とか、星間戦争の終結で昇進した、
――星間将校様。
とかいって侮蔑する風潮がある。星間将校様とは〝宇宙大将軍〟ぐらいのあざけりが込められた言葉だ。当然多くの軍人が、この手の昇進を認めず現役時代の階級を重視する。
証拠にです――。
と鹿島は思う。
この方は〝佐官〟の軍服です。おそらく今日は引退後に、ちょっとした用事でここへきたんですね。現役時代の軍服引っ張りだし、引退時に記念でもらった階級章をつけて。絶対そうです。うふふ、名推理!
ただ佐官といえばそうとうに偉い。男の階級章は大将なので、仮に佐官から引退記念で大将になったとしても最低でも大佐だったことが推察できる。大佐といえば戦艦クラスの艦長も可能。
けれど状況はすでに述べたとおりだ。戦後の引退記念でバラ撒いたせいで階級への認識がインフレを起こし、まったくありがたみが失せている。
証拠に廊下の壁によって休憩する鹿島と男の目の前を、もう何人もが通り過ぎたのに、
――誰もこの大将さんに挨拶しませんね。
というのを鹿島は見逃さない。
鹿島は、やっぱり偉い人ではないでしょうね。と、親切な男性へニコリと愛想笑い。助けてくれたのに失礼なことを思ってしまった謝罪だ。
「これ、どこまで運ぶ?」
男が鹿島の笑顔に反応していった。
「あ、えっと、経理局長室です」
鹿島が遠いですけど、お願いできますかぁという上目づかい。鹿島としては、途中までとかでなく、できれば経理局長室まで運んで欲しい。
「おお、ちょうど私もそこへ行くところだ。むしろ案内して欲しいぐらいだ。助かるありがとう」
おーなんという偶然。渡りに船っていうんでしたっけこういうの?などと鹿島は思いつつまだ自分が男についてなにも知らないことに気づいた。
「あのぉ、なんとお呼びしたら?」
「ああ、いい。もう引退してるようなものだ。ほとんど私人だよ。覚えてもらっても仕方ない。今日は残りの事務仕事で用があってここへきたんだ。気を使わせてしまったね」
ならしかたない。鹿島はこの親切な男の顔を〝名無し大将さん〟と記憶することにしたが、
――すぐに忘れちゃうかな。
とも思いつつ、
「せっかく昇進なさったんですしね」
と愛嬌たっぷりに笑った。
「そうだな。せっかく生き残ったんだ。もう軍人はいい。せいぜい楽しくやるさ」
鹿島は思わずクスリとしてしまった。男の態度は卒業特進とあざけりをうけ、引退記念でなれた将官というあまり誇れない状態を、あっけらかんとし開き直ってしまっているような感すらある。
こんな面白い人もいるんですね。などと鹿島は自分のことを棚に上げニコニコしていると、男が足元の書類の束をさして、
「ところでなんで君はこれを?」
そう問いかけてきた。
鹿島は、えっと――。と前おきしてから、
「従姉に。いえ失礼しました。室長のカタリナから、それを局長室まで運んだら艦艇勤務の研修に推薦してくれるっていわれて頑張っちゃってます」
と応じた。
「カタリナ室長というと……主簿室か?」
おお、さすがカタリナ従姉さん軍内でも有名なんですね。だてに若くして主計部秘書課の中枢の主簿室の室長じゃないです。
鹿島のキラキラとした尊敬の眼差しに、どんなに優秀でも軍の高官たちには名前も知られてにないそれが秘書官よ。そんなふうにやるせなく笑う従姉のカタリナ。だが鹿島の目の前の男はカタリナを知っているという。
――尊敬する従姉はやっぱり軍内では有名!
鹿島は嬉しさで気分が高揚。跳ねるように男の前に飛びでて、
「はい!そして私は主簿室の鹿島容子です」
と、敬礼して自己紹介。
「あの主計学校を歴代トップで卒業した、あの鹿島容子か――」
男が驚いていった。
「えへ、その鹿島容子ですよ」
「おお、有名人だ」
と、男が白い歯をみせて笑貌を見せた。
「で、君は艦艇勤務が希望なのか?」
「はい――」
と、鹿島が返事をして男を見上げると、そこには優しそうな顔。
鹿島は、この人になら理由を喋ってもいいかな。と思った。それに男とはこれきりあわない可能性も高い。口にして笑われても心の傷は軽症だろう。
――名将の名補佐官!
という夢を口にするたびに向けられる好奇の目と、その後にでる否定の論。さすがの鹿島も内心はへこみかけていた。
鹿島とて誰にも彼にもと自分の夢を語っているわけでない。夢を口にするのは、それなりに気心知れているなという相手へだけだ。だがそんな相手からの否定の反応は、
――ちょっと悲しいですよね。
というのもいなめない。
いや、この人なら笑わない気もする。とも鹿島は思う。それにメゲない懲りないのも鹿島だ。鹿島は思い切って口にすることにした。
「みんな笑いますけど、私の夢なんです!」
男が、なにがだ?という顔で応じる。
「名将の名補佐官です」
男は、ああ、なるほど。という顔。
「李紫龍や、東宮寺朱雀の秘書官になって宇宙にでて大活躍!できれば総旗艦大和で!なーんて思っちゃってます」
鹿島は平静を装い正面をまっすぐ見ていったが、意識は一緒に歩く男へ全力。男の反応が気になってしかたない。
「ああ、なるほど。だから艦艇勤務が希望と――」
男は笑わなかった。だが全面的に称賛でもない。
鹿島の胸間に、
『あ、やっぱり変な娘と思われちゃったか――』
という哀愁が通り抜けていった。
「はい。でも変ですよね。そろそろ新米も卒業の時期ですし、無駄なあがきかな、なんて最近思います」
鹿島が目を伏せつついうと男が、
「そんなことはないさ」
力強くいった。男の声は強さに加え明るい響きを持っていた。
鹿島が驚いて男の顔を見上げると、そこには男の笑顔。その笑顔は鹿島の夢の全面肯定。
瞬間、鹿島には言葉を受け入れてもらえたという喜びと、
――本当に?
という疑念。自分は女性で男だ。気を引こうと良いことをいっている可能性すらあると、鹿島は慎重。
そんな鹿島の疑念は顔にでたのか男は、
「思えばすなわちこれを得る。君がそう思っているかぎり、必ず夢は叶うさ」
といって身を少しよじり自身の階級章を鹿島に向けていった。
――思えば則ちこれを得る。
とは本気で望めば、必ず目標を達成することができる。という言葉だ。
そして男の、
――大将。
という階級章は説得性においては抜群だ。
佐官から将官への昇進の壁は、分厚くそびえ立つように高い。男は戦争の勝利と軍縮で〝運良く〟大将になれたのだ。願っていれば思いは叶う。おこぼれでもらえた男の恥ずかしい大将が、いまの鹿島には燦然と輝いてすら見えた。
あッ――!
と、鹿島は目を輝かせ、
「はい!そうですよね!私、あきらめません!」
はじけるような笑顔を男へ向けていた。
「でも従姉、じゃなくてカタリナ室長からは名将って条件も難しいって。私が仮に名補佐官でも、上官が名将を引ける可能性は高くない。そう考えるとやっぱり難しいのかな、なんて思っちゃったりもします」
鹿島としては男の肯定に喜んでばかりもいられない。現状を冷静に認識し、夢へ向けて着実に歩んでいく必要がある。
だが男は、
「名補佐官なんだろ君は?君が補佐すれば、補佐した相手は必ず大成功、名将さ」
そういって難なく問題を片付けてしまった。
「おー、そういう考え方も!」
男は、そうさ。といって笑った。鹿島もなぜか楽しくなり思わず笑顔で応じてしまう。
荷物を持ってくれ、誰も肯定してくれなかった鹿島の夢を笑わずに「大丈夫」といってくれる〝名無しの大将さん〟と鹿島の脳内で命名された親切な男。
こんな気のいい親切な人にはなにかお礼を――。
と鹿島は思い、
「そうだ。ご存知ですか?ランス・ノールの反乱の鎮圧に誰が向けられるか」
そう口にしていた。
歴女&ミリオタ女子の鹿島の趣味全開のありがたいかわからない情報。だけれど相手も軍人で、こういった話題には一般人より興味はあるはずだ。
男からすればなにげない親切も、鹿島にとってはとてもありがたいもので、そのお礼に軍内の先行情報はちょうどつりあいがいい。男も軍人なのだから、数日はちょっとした話題のネタにつかえるはずだ。
「ああ、誰だったか。決まったのかあれは?」
「ふふ、知ってますよ私」
男が驚きつつ鹿島を見た。その顔は、誰だ?と問いかけている。
――うふふ、やっぱり興味あるんですね。
と鹿島は十分手応えを感じつつ、
「帝の忠臣の李紫龍。あの不敗の紫龍ですよ。ステキなかたですよねぇ。星間戦争最高の英雄です。反乱なんてあっという間に鎮圧ですよ」
うっとりというと、男が、
いや――。
と、とつじょ強い口調、表情は真剣に、
「李紫龍の強さの裏付けは強烈な弱さにある。紫龍は情が強い。だが、どんなに強くても情は、しょせん情だ。きわめて脆い。弱いというのはこれだ。紫龍の強い思いは弱さでもある。そうだな。紫龍は弱さが反転して強さとなって外面にでているにすぎない。とても危うい。私は紫龍が反乱鎮圧の司令長官に任命されたということには喜んでばかりはいられないな。というのが正直な気持ちだ」
鹿島は炯然さすら放っていう男に、
――ええ!?
と、驚きの顔。
だが、男は続け、
「そもそもだ。君は楽勝だという雰囲気だが、最初から優勢を頼み、敵をあなどれば思わぬ陥穽に落ちる。たとえ李紫龍が油断しなくともだ。兵員が紫龍で頼みで油断しきっていたら、紫龍1人ではどうにもならないぞ。1人で戦争はできない。万人の力を集結させうることこそ将たる将だ」
とさらにはっきり述べた。
対して鹿島は困惑。
普通、噂話ていどの話題にここまで真剣にならない。社交辞令で流すだろう。今日部活きつかったねー、そうだねー、ていどの話題だ。
鹿島の驚きの顔に、男がハッとして、
「いや、すまない。そうだな、大げさすぎた。私も李紫龍将軍が勝つと思うよ。いや、本当になんといったらいいか」
もうしわけなさそうに口元へ笑み。対して鹿島は、大丈夫ですよ。というように、
「うふふ。李紫龍は将軍さんの元部下とかなんですか?」
と応じた。
「ああ、まあそうだな。そんなところだ」
バツの悪そうにする男を見て鹿島がクスリと笑う。ちょっと一本気なおっちょこちょいさんなんですね。と思ったのだ。
鹿島からして男の人の良さはわかる。重い荷物に苦労する鹿島を見つけて、なにも見返りを求めないといったふうにヒョイヒョイっと荷物を持ってくれたのだ。
――いい人に決まっているんですよね。
と、鹿島は気恥ずかしくてたまらないといったふうの男を見ながら、ついつい微笑んでしまった。
だが男からすれば、ますます恥ずかしい。
男は仕切り直しとばかりに足下の書類の束3つを胸の前に抱え、
「もう行こうか」
と、案内してくれ、という感じでいった。
「あっ、一つ持ちます。全部だなんて悪いです」
鹿島が慌てていうが、
「いい運動さ」
と、男が歩みだしてしまう。鹿島も急いで足を踏みだし、男よりちょっと前にでて先導を開始。
鹿島は経理局長室へ向かう廊下で男の素性の推理を再開。
たぶん名無しの大将さんは李紫龍と面識があるんでしょうね。訓練とかでいっしょだったとか?いえ、もしかしたら短い期間本当にあの李紫龍が部下だったこともあるのかも。などと考えつつ、鹿島はトレードマークのホワイトブロンドのツインテールをゆらしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「失礼します。主簿室の鹿島容子です。室長のカタリナからいわれて、書類をお持ちしました――」
入室した鹿島に、初老で太り気味の経理局長は書類から目を離さずに、
「ああ、そこへ置いておいてくれ。ご苦労だった」
と、手にしていたペンで部屋の隅を指した。
「いえー、とんでもない。ちょっと重かったですけどね。えへへ」
可愛くいう鹿島に経理局長が顔をあげ、
――あれが鹿島容子か。
と観察の目を向けた。
主簿室の鹿島容子といえば主計学校を歴代トップで卒業した逸材。そう鹿島は経理局ではちょっとした有名人。だが、有名の理由はそれだけではない。
――そして艦艇勤務を望む歴女さんか。
経理局長は、まるで変わった動物を見るような視線だ。
いや軍人なのにミリオタというよくわからん評判も聞いたな。最近の若いもんはわからんな。見た目は、あんな気立ての良い娘さんなのに。などと、経理局長は鹿島を奇異の目で見ていた。
鹿島の後ろでは、こそこそと目立たぬように荷物を運んでいる男が1人。男の様子は経理局長と鹿島の会話をじゃましては悪いという感じで、まるで下男だ。
男を認めた経理局長は、
――おお、もう部下もつけられているのか。
と感心。
それも年上の男か。やはり主計学校主席さんだね。変わり者でも優秀か――。あの男の方は、あんな小娘の下で心中はいかにといったところだろうか。軍は実力主義。無能とはつらいころだ。となにげなく思った経理局長から、
「アッ――」
と、声にならない声。経理局長は口をあんぐりあけ全身で凍りついた。
どう見ても男の顔に見覚えがあったかだ。
鹿島は凍りついた経理局長には気づかず、
「それでは失礼しますねー」
と部屋をでていこうと扉を開ける。
部屋をでて扉を閉めようとする鹿島の目に映ったのは、
――真っ青な顔でひたいには汗。直立不動で敬礼する経理局長。
鹿島は扉を閉めると同時に口元へ手をやり思わず苦笑。
「あらだやだ。経理局長ったら大げさなんだから。ただ荷物を運んだだけのお礼にあんなかしこまった敬礼だなんて、私をからかったのかしら?」
などと思いつつ主簿室へ戻ったのだった。
だが経理局長が敬礼していた相手はでていく鹿島ではなく、鹿島が部屋のなかにおいてきた〝名無しの大将さん〟だった。
鹿島は最後までは気づかなかったが、親切な名無しの大将さんは、鹿島のいうところの「星間戦争の勝利者」。つまり大将軍天儀だったのだ。
以前、鹿島が雑誌『戦史群像』で目にした大将軍の個人データ、
――身長164センチ。
もちろん鹿島よりは高いが、その時点で大将軍は鹿島の視界から消えていた。




