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異世界人、高校生に  作者: 小説書こう


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8/10

迷子と紡ぐ、不器用な世界の歩き方

退屈な日常をただやり過ごしていた鋭二の前に現れた、赤髪の転校生・ヴェル。

「異世界から来た」という彼の突拍子もない設定に振り回されながらも、二人の距離は放課後の特別な時間のなかで少しずつ、けれど確実に変化していきます。

前回のハプニングを経て、今回は新たな場所で二人の関係がさらに一歩深まるエピソードです。ひねくれ者の主人公が、純粋すぎる言葉にどう向き合っていくのか、そのもどかしい空気感をお楽しみください。

夕食の後片付けを終える頃には、夜の静けさがすっかり家の中を満たしていた。


「あぁ、食った食った。お前、本当に綺麗に平らげたな」

「うん! 鋭二と一緒に作った料理だもの。一粒だって残したくなかったんだ」


ヴェルは満足そうに微笑みながら、自分のエプロンを丁寧に畳んでいる。ピンク色のエプロンを外した彼の制服姿に戻ると、なんだか急に「放課後の日常」から「二人だけの夜」へと時間が進んだような、不思議な錯覚に囚われた。

時計の針はそろそろ夜の八時を回ろうとしている。オフクロがパートから帰ってくるまでにはまだもう少し時間があるけれど、そろそろヴェルを帰らせる準備をしなければならない。昨日、先生の家で見たあの激しいゲリラ豪雨のことを思い出すと、あいつを夜道に一人で帰らせるのが、なぜか少しだけ後ろ髪を引かれるような気持ちになった。


「なぁ、ヴェル。そろそろ駅まで送っていくよ。先生も心配するだろ」

「えっ、もうそんな時間かい? 鋭二といると、時が経つのがまるで瞬きの間のようだね」


ヴェルは少し名残惜しそうに、カバンに手を伸ばした。その時、彼のカバンの脇で小さな金属音がチリンと鳴る。今朝、彼が嬉しそうに見せてくれた、俺がゲーセンで取ってやったあの星型のキーホルダーだ。

玄関へ向かい、二人で靴を履く。外へ一歩踏み出すと、昼間の暑さを吸い込んだ夜風が、ほんのりとぬるく俺たちの頬を撫でた。見上げれば、雲の隙間からいくつかの星が街灯の光に負けじと輝いている。


「昼間はあんなに晴れていたのに、夜の空気は少し寂しいね。僕の世界の夜は、もっと暗くて、魔獣の鳴き声しか聞こえなかったから……」

「ここは日本だからな。魔獣なんか出ねえし、街灯だってある。お前が一人で迷子にならねえように、ちゃんと駅のホームまで見届けてやるよ」

「ふふ、ありがとう、鋭二。君は本当に、最高の先生で、最高の――」


ヴェルはそこで言葉を区切り、少しだけ顔を赤らめて俯いた。その後に続く言葉が何なのか、俺には何となく分かったけれど、あえて口には出さずに前を歩いた。

静かな住宅街を、二人の足音だけが規則正しく刻んでいく。

並んで歩いていると、どうしてもお互いの肩や腕がかすかに触れ合ってしまう。そのたびに、俺の心臓はドラムを乱れ打ちしたように跳ね上がった。昨夜、先生の家のリビングで、ヴェルの柔らかい赤髪が首筋に触れたあの瞬間の熱が、まだ身体のどこかに残っているみたいだった。


「鋭二」

「ん、なんだよ」


ヴェルが、歩みを緩めずに俺の顔を覗き込んできた。


「僕ね、この世界に来てから、たくさんの『初めて』を経験したよ。乗り物に乗ること、美味しいお弁当を食べること、ゲームというもので遊ぶこと……でもね、一番の『初めて』は、誰かをこんなに愛おしいと思う気持ちを知ったことなんだ」

「っ……!」


俺は足がもつれそうになり、思わず立ち止まった。

街灯のオレンジ色の光が、ヴェルの真っ直ぐな瞳を、そして少し潤んだような綺麗な睫毛を鮮明に照らし出している。こいつはいつも、俺の心の防壁を、その圧倒的な純粋さで簡単に粉砕してくる。


「お前……そういうこと、本当に恥ずかしげもなく言うよな」

「だって、本当のことだから。僕の世界では、明日生きているかどうかも分からなかった。だから、大切な気持ちは、今すぐに伝えないと消えてしまうかもしれないって、そう思ってしまうんだ」


ヴェルの言葉は、静かだけれど、とても重かった。俺みたいに、日常の退屈を紛らわせるために周囲にいたずらを仕掛けて、斜に構えて生きてきた人間には、その一言一言が眩しすぎて、胸が痛くなるほどだった。

俺はゆっくりと呼吸を整え、ヴェルの前に一歩踏み出した。

そして、今朝の教室での言葉を、今度は二人きりのこの空間で、しっかりと伝えるために、ヴェルの細い手を引き寄せた。


「……消えねえよ。お前がここにいる限り、その気持ちも、俺たちの時間も、絶対に消えねえ。俺が、お前をどこにも行かせないって言っただろ」

「鋭二……」


俺は、繋いだヴェルの手を、指と指を絡めるようにして強く握りしめた。ヴェルは驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに、けれどどこか切なそうに、俺の胸元にそっと額を預けてきた。


「うん……。僕を、離さないでね、鋭二」


ヴェルの細い身体の温もりが、制服の薄い生地を通してダイレクトに伝わってくる。夜風が俺たちの間を吹き抜けていったけれど、繋いだ手のひらだけは、驚くほど熱を持っていた。

駅の改札が見えてくるまでのわずかな道のり、俺たちは言葉を交わさなかった。ただ、互いの手の温もりだけで、十分すぎるほど気持ちは伝わっていたから。


「じゃあな。明日、また学校で」

「うん、また明日ね、鋭二!」


改札の向こうへ進んでいくヴェルの後ろ姿を見送りながら、俺は自分のポケットの中で、昨日もらったハーブの香りがまだ微かに残っているのを感じていた。

退屈だった俺の毎日は、この赤髪の異世界人によって、かけがえのない、特別な日常へと完全に書き換えられていた。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

今回はヴェルの過去や彼の背景にある寂しさに触れつつ、鋭二が自分のなかに芽生えた特別な感情をはっきりと自覚していく回となりました。

最初はただの「おもちゃ」や「いたずらの対象」として見ていたはずの存在が、いつの間にか誰よりも大切な居場所になっていく過程は、書いていてとても甘酸っぱく、愛おしい気持ちになります。

凸凹な二人がこれからどんな日常を築いていくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。

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