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異世界人、高校生に  作者: 小説書こう


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6/10

生姜焼き

ヴェルって可愛いんやろな

夕食の準備ができるまでの間、俺たちのいるリビングには、窓の外の雨音だけが静かに響いていた。

肩に預けられたヴェルの頭の重みと、首筋に触れる赤い髪の感触が、どうしようもないくらいに俺の意識を支配している。繋がれた手のひらからは、ドクドクと互いの鼓動が伝わってきそうなくらいに、距離が近かった。


「……なぁ、ヴェル」

「ん、なに? 鋭二」


ヴェルは俺の肩に頭を乗せたまま、少しだけ顔を上げて覗き込んできた。その無防備な上目遣いに、俺は思わず息を呑む。


「お前さ……本当にこの世界のこと、何も知らなかったんだな」

「うん。言葉も、せんせいに魔法――じゃなくて、特別なお薬のようなもので頭に直接覚え込ませてもらうまでは、何を言っているのか全然分からなかったんだ。だから、最初に鋭二に話しかけられた時、本当はすごく緊張していたんだよ」

「マジかよ。あんな堂々と厨二病みたいな挨拶しといて?」

「ちゅうにびょう……? よく分からないけれど、僕は本当のことを言っただけだからね。でも、鋭二がすぐに『よろしくな』って手を差し伸べてくれた時、この世界にも僕を受け入れてくれる人がいるんだって、すごく安心したんだ」


ヴェルの指が、俺の指の隙間に滑り込んでくる。心臓が跳ねるのを誤魔化すように、俺はわざと少し意地悪な声を出した。


「あれはただの悪ガキのいたずらだよ。静電気で驚かせてやろうとしただけだっつーの」

「知っているよ。でも、僕の世界の魔力逆流にそっくりで、なんだか懐かしかった。それにね、鋭二が僕に構ってくれるのが、ただ嬉しかったんだ」

(こいつ、本当に……)


真っ直ぐすぎる。ひねくれ者の俺とは正反対の、ガラス細工みたいに綺麗な純粋さだ。もし俺がこれまでやってきたみたいに、こいつをただの暇つぶしの玩具として扱っていたら、今頃どれだけ後悔していただろう。雨の日に一人で消えてしまいそうだったあいつの、初めての『特別な友達』になれたのだとしたら、もう引き返すことなんてできるわけがなかった。


「……もう、どこにも行くなよ」


気づけば、そんな言葉が口を突いて出ていた。


「え?」

「いや……その、お前の元の世界は大変だったんだろ? 家族もいなくて、戦ってばっかりで。だから……ここにいろよ。俺が、この世界の常識を全部教えてやるから。飽きるまでいくらでも、付き合ってやる」


自分で言っていて耳の裏まで熱くなるのが分かった。柄にもない大真面目なセリフに、帽子があれば今すぐ目深に被って顔を隠したい衝動に駆られる。

ヴェルは一瞬、驚いたように目を見開いた。それから、繋いでいた手をさらに強く握り締め、胸の奥から溢れ出すような、今日一番の笑顔を見せた。


「うん! ありがとう、鋭二。僕、ずっと鋭二の隣にいるよ。"この世界が続く限り、ずっと"」


その言葉と同時に、キッチンのドアがパタパタと開く音がした。


「はーい、二人とも! ご飯ができたわよ。テーブルの上、少し片付けてもらえる?」


先生の声に、俺たちは弾かれたように離れた。ヴェルは何事もなかったかのように「はーい!」と元気よく返事をしているが、俺はといえば、顔の赤さを隠すために慌てて立ち上がり、お盆やマグカップを片付け始めた。

夕食のテーブルに並んだのは、大皿に盛られた湯気立つ生姜焼きと、山盛りのキャベツ、そして具沢山の味噌汁だった。


「わあ、今日も美味しそうだね、せんせい!」

「ふふ、ヴェルくんがたくさん食べてくれるから、作り甲斐があるわ。狛枝くんも、遠慮しないでたくさん食べなさいね。男の子なんだから」

「あ、はい……いただきます」


先生の手料理を食べるなんて、人生で一番緊張するシチュエーションかもしれない。だが、一口食べた生姜焼きは信じられないくらい美味くて、実家の飯とはまた違う、温かい味がした。


「美味しいかい、鋭二?」

「おう、めちゃくちゃ美味い。先生、料理の常識もレベル高すぎです」

「あら、嬉しいわ。ヴェルくんにも少しずつこの世界の料理を教えているのよ。この前なんて、包丁を持たせたら風の魔法で野菜を細切れにしようとして、心臓が止まるかと思ったけれど」

「ちょっと、せんせい! それは秘密って言ったじゃないか!」


ヴェルが顔を真っ赤にして抗議する。その様子を見て、俺は思わず吹き出してしまった。


「ははは! お前、マジで何やってんだよ。風の魔法って、そんなところで使うなよ」

「だって、その方が早いと思って……」

「危ないだろ。明日は俺が、正しい包丁の使い方でも教えてやるよ」

「本当!? 約束だからね、鋭二!」


先生は、そんな俺たちのやり取りを、どこか眩しそうな、そして安心したような優しい目で見つめていた。


「よかったわ、ヴェルくん。学校に馴染めるか心配していたけれど、こんなに素敵な『先生』が見つかって」

「うん、鋭二は僕の最高の先生だよ!」


堂々と宣言するヴェルに、俺はまた生姜焼きを口に詰め込んで誤魔化すしかなかった。

夕食を終える頃には、あれだけ激しかった雨の音も、いつの間にか静かな小雨へと変わっていた。


「狛枝くん、ジャージは明日学校で返してくれればいいから、今日はそれを着て帰りなさい。制服はまだ乾いていないしね。あ、傘はこれを持っていきなさい」

「すみません、何から何まで……ありがとうございました」


玄関先で、先生から大きめのビニール傘を受け取る。

ヴェルも玄関まで見送りに来てくれていた。


「鋭二、送っていくよ」

「いや、すぐそこだし、雨も止みそうだからいいよ。お前は早く中入れ、風邪ひくぞ」

「でも……」


名残惜しそうにこちらを見つめるヴェルの額を、俺は人差し指で軽く小突いた。


「また明日、学校でな。席、隣なんだから嫌でも毎日会うだろ」

「……うん! また明日ね、鋭二!」


ヴェルは嬉しそうに微笑み、大きく手を振った。

先生の家のドアが閉まり、俺は夜の住宅街へと歩き出す。

ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よかった。

借り物のダボついたジャージのポケットに手を突っ込むと、昼間にヴェルから受け取った、あの少し固めの『旅人の糧食レム・パン』の残りが、綺麗にラップに包まれて入っていた。

ただのいたずらから始まった、俺とヴェルの関係。

あいつが本当に異世界から来たなんて、未だに夢のような、小説の中のような話だ。だけど、俺の胸の中に残っているこの確かな熱量と、あいつを守りたい、もっといろんな景色を見せてやりたいという気持ちだけは、間違いなく現実のものだった。


「……明日、何教えてやろうかな」


ビニール傘を少し傾け、夜空を見上げる。雲の切れ間から、小さく星が覗いていた。

退屈だった俺の毎日は、あの真っ赤な髪の迷子によって、もう二度と退屈な場所には戻らない。そのことが、たまらなく愛おしく、誇らしかった。

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