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異世界人、高校生に  作者: 小説書こう


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5/10

裏庭での気まずくも温かい昼休みが終わり、午後の授業は何とか過ぎ去っていった。俺の心臓は相変わらずヴェルの存在に振り回されっぱなしだったが、当の本人は相変わらず授業の内容に熱心に耳を傾けている。

そして、放課後。

せわしなく帰りの支度を整えていると、窓の外からバラバラと激しい音が響いてきた。


「うわ、マジかよ……」


さっきまで晴れていたはずの空は、いつの間にか厚い乱雲に覆われ、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨になっていた。天気予報なんてこれっぽっちも見ていなかった俺は、当然のように傘を持ってきていない。


「鋭二、外が大変なことになっているね。これは天の精霊が怒っているのかな?」


鞄を抱えたヴェルが、不思議そうに窓の外を眺めている。


「ただのゲリラ豪雨だよ。最悪だ、完全に足止めじゃん……」

「傘、持っていないの?」

「ああ、持ってねえ。お前は?」

「僕も持っていないんだ」


ヴェルは困ったように眉を下げたが、すぐに何かを思いついたようにポンと手を叩いた。


「そうだ! 鋭二、もしよかったら、僕が今住んでいるところに来ないかい? ここから歩いてすぐの場所にあるんだ。そこで雨が止むのを待てばいいよ」

「え? お前の家?」


一瞬、鼓動が跳ねた。またあいつと二人きりでどこかの部屋にこもるのか、と。いや、でもヴェルは今「居候している」と言っていた。海外の宗教か、あるいはどこかの親戚の家にでも置いてもらっているのだろうか。


「……まぁ、このままここで雨宿りしてても帰れそうにないしな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」

「うん! じゃあ、走っていこう!」


ヴェルが俺の手を引いて走り出す。

土砂降りの雨の中へ飛び出すと、一瞬で制服が肌に張り付くような冷たさに襲われた。だけど、手を引くヴェルの手のひらだけがやっぱり温かくて、俺は雨の冷たさを忘れるために、その手を必死に握りしめて走った。



「はぁ、はぁ……ここ、だよ!」

ヴェルが立ち止まったのは、学校から歩いて五分ほどの場所にある、ありふれた二階建ての一軒家だった。

俺たちは文字通り頭から足の先までずぶ濡れになりながら、軒下に滑り込む。


「お邪魔します……って、鍵開いてるのか?」

「うん、いつもこの時間は開けておいてくれるんだ。さあ、入って」


ヴェルが手慣れた様子でドアを開け、俺を中に促す。

玄関に一歩足を踏み入れると、どこかで見覚えのあるような、妙に生活感のある匂いが鼻をくすぐった。


「ヴェル、おかえり。ずいぶん濡れたわね……って、あら?」


奥の廊下からタオルを数枚抱えて現れた人物を見て、俺は文字通り硬直した。


「え……?」

「あら、狛枝くん?」


そこにいたのは、エプロン姿で髪を後ろに一つに結んだ、俺たちの担任の先生だった。学校で見せるカチッとしたスーツ姿とは違い、完全にプライベートな「実家の母親」感溢れる姿に、俺の脳の処理が追いつかない。


「せ、先生!? なんでここに……!?」

「それはこっちのセリフよ。まさかヴェルくんが学校のお友達を連れてくるなんて思わなかったから、びっくりしちゃった」

「え、いや、待て。ヴェル、ここってお前の……」


俺が混乱しながらヴェルを見ると、彼は何一つおかしなところはないと言いたげな純粋な瞳で微笑んだ。


「うん。僕、この世界に召喚されてから、せんせいの家でお世話になっているんだよ。紹介してくれたのも、せんせいだろう?」

「いや、それは学校の担任として新入生を紹介したんだと思ってたわ!」


俺の絶叫に、担任は「ふふっ」と楽しそうに笑った。


「まぁまぁ、二人ともそんなに濡れてたら風邪ひいちゃうわ。狛枝くん、うちの息子の昔のジャージがあるから、とりあえずお風呂に入って着替えちゃいなさい。ヴェルくんも、ほら、タオル」

「ありがとう、せんせい」


言われるがままに風呂を借り、借り物の少しダボついたジャージに着替えてリビングへ向かう。

リビングでは、すでに着替えを終えたヴェルが、濡れた赤髪をタオルで拭きながらソファに座っていた。ジャージ姿のヴェルは、いつもの浮世離れした雰囲気から少しだけ等身大の高校生らしく見えて、また別の意味でドキリとさせられる。


「温かいココアでも飲みなさい」


担任がマグカップを二つ、テーブルに置いてくれた。湯気と一緒に甘い香りが広がる。俺はそれを受け取り、一口飲んでようやく人心地がついた。


「……先生。ヴェルがここにいるのって、どういう経緯なんですか? マジで異世界から来たとか、そういうやつなんですか?」


ずっと気になっていた疑問を、俺は直球で投げかけた。

担任はヴェルの隣に腰掛け、ふんわりとした笑みを浮かべながら、窓の外の雨を見つめた。


「ふふ、信じられないかもしれないけどね。実は、彼をうちに向かえたのも、今日みたいなひどい雨の日だったのよ」


担任はそう言うと、少し懐かしむように語り始めた。


「一ヶ月くらい前かしらね。その日も、夕方から突然のゲリラ豪雨になって。私が学校からの帰り道、傘を差してこの近くの路地を歩いていたら、そこに彼がいたの」


担任の視線が、優しくヴェルへと向けられる。ヴェルは少し照れくさそうにココアを両手で持っていた。


「路地の真ん中でね、ずぶ濡れになりながら、ぼうっと空を見上げていたわ。服も、見たこともないようなファンタジー映画みたいなボロボロの衣装を着ていて。声をかけても、この世界の言葉がよく分からないみたいで、ただ怯えたように身を硬くしてね。でもね、その時のヴェルくん、本当に……放っておけない雰囲気を纏っていたのよ」

「放っておけない雰囲気……?」

「ええ。まるで、世界中にたった一人きりで放り出されて、自分がどこに行けばいいのかも分からない、迷子の子犬みたいな目をしていてね。雨に打たれながら、今にも消えてしまいそうなくらいに儚げだったの。それを見たら、教師としての性分なのか、それともただの大人としての責任なのか、気づいたら『うちに来なさい』って手を引いていたわ」


担任はそこまで言うと、ヴェルの頭を優しく撫でた。ヴェルはくすぐったそうに、だけど嬉しそうに目を細めている。


「家に連れて帰って、温かいご飯を食べさせて、話していくうちに彼が『異世界から飛ばされてきた』ってことを知ったの。信じられない話だけど、彼の持つ不思議な力や、この世界のことを何も知らない純粋な姿を見ていたら、嘘を言っているようには思えなくてね。それで、身元を引き受けて、うちの学校に通わせることにしたのよ」


先生の話を聞きながら、俺は胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。

雨の中、一人きりで立ち尽くしていたヴェル。

家族もいなくて、毎日戦ってばかりだったと言っていた、ヴェルの元の世界。

昼間に彼が言っていた『この世界に来て、鋭二に出会えて、本当によかった』という言葉の重みが、ようやく本当の意味で俺の胸に染み込んできた。あいつは、ただの設定で遊んでいたわけじゃない。本当に、孤独で、居場所がなくて、必死にこの世界に馴染もうとしていたんだ。


「……そっか」


俺はマグカップを握る手に力を込めた。

隣に座るヴェルを見る。彼はココアの泡を口元につけながら、俺を見てにこっと笑った。


「せんせいはね、僕の命の恩人なんだ。そして鋭二は、僕にこの世界の楽しさを教えてくれる、初めての特別な人だよ」

「……お前、本当にそういうこと、サラッと言うよな」


俺は顔が赤くなるのを隠すように、ココアを一気に飲み干した。

先生はそんな俺たちの様子をじっと見つめ、何かを察したように意地悪く微笑んだ。


「あらあら。ヴェルくん、学校では狛枝くんにばっかりベッタリだと思ったら、本当に大好きなのね。狛枝くん、これからもこの子のこと、よろしく頼みますね?」

「っ! よ、よろしくって、俺はただ常識を教えてるだけで……!」

「ふふ、そういうことにしておくわ。じゃあ、私は夕飯の支度があるから、二人はゆっくりしていきなさい」


先生は立ち上がり、キッチンへと消えていった。

リビングに残されたのは、俺とヴェル。そして、窓の外で鳴り響く雨の音だけだった。


「鋭二」


ヴェルが、ソファの距離を少しだけ詰めてきた。借り物のジャージの袖から覗く彼の白い手首が、なぜか妙に生々しく見える。


「なんだよ」

「僕、鋭二に僕の世界のことを怪しまれて、嫌われたらどうしようって、少しだけ怖かったんだ。でも、信じてくれるって言ってくれて、本当に嬉しかった」


ヴェルの瞳が、じっと俺の目を捉えて離さない。昼間の裏庭での約束、昨日の夜の温もり。そのすべてが、この狭いリビングの中で濃度を増していく。


「嫌うわけ、ねえだろ」


俺は小さく呟いた。


「お前がどこの世界の住人だろうが、異世界人だろうが……俺が出会ったのは、今ここにいるお前なんだから」

それは、俺の偽らざる本心だった。いたずらを仕掛けて驚かせようとしていた最初の動機なんて、もうとっくにどこかへ吹き飛んでいた。

「鋭二……」


ヴェルが嬉しそうに瞳を潤ませ、そのまま俺の肩に、そっと自分の頭を預けてきた。柔らかな赤い髪が、俺の首筋に触れてくすぐったい。ヴェルの体温が、ジャージ越しにじんわりと伝わってくる。


「……おい、近いって」

「いいでしょう? 今日は雨が冷たかったから、こうしていると温かいんだ」


そう言って、ヴェルは俺の手を、自分の細い指でそっと包み込んだ。

昼間みたいに、今度は俺から握り返す。土砂降りの雨の音が、二人の世界を包み込む結界のように優しく響いていた。

俺の退屈だった日常は、この雨の日に、完全に別の意味を持つ特別なものへと変わっていったんだ。

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