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異世界人、高校生に  作者: 小説書こう


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4/10

意識

翌朝、俺の目の下にはバッチリと隈ができていた。

原因は言うまでもない。あいつだ。あの赤髪の天然ジゴロのせいだ。

目を閉じれば、街灯の下で俺の手を握りしめ、真っ直ぐに見つめてきたヴェルの顔が嫌でも脳裏にフラッシュバックする。


『鋭二が、ずっと笑顔でいられますようにって』


思い出すだけで顔がカッと熱くなり、ベッドの中で何度ものたうち回る羽目になった。おかげで完全なる寝不足だ。


「……マジでどうなってんだよ、俺」


自分の頬を両手でパチンと叩き、無理やり気合いを入れる。

いつもなら始業の三十分前には教室に着いているのに、今日に限ってはチャイムが鳴るギリギリの登校になった。それもこれも、あいつと朝一番にどんな顔をして会えばいいのか分からなかったからだ。

ガラッと教室のドアを開けると、いつもの喧騒が耳に飛び込んでくる。そして、窓際の席に座るあの鮮やかな赤髪が、弾かれたようにこちらを向いた。


「あっ、鋭二! おはよう!」


ヴェルは席を立つと、嬉しそうに俺の方へ駆け寄ってきた。その満面の笑みは、昨日あれだけの爆弾発言を落とした張本人とは思えないほど無邪気で、いつも通りだった。


「……おぅ、おはよ」


俺はなるべく視線を合わせないように、ぶっきらぼうに返事をして自分の席に鞄を置いた。


「鋭二、なんだか元気がなさそうだね。目の周りが少し黒いよ? やっぱりどこか体調が悪いんじゃ……」


心配そうに顔を覗き込んでくるヴェル。距離が、近い。


「なんでもねえよ! ただの寝不足だ」

「寝不足? 睡眠を阻害する悪霊の呪いかい? それなら僕の――」

「違うっつーの。ほら、先生来るから席戻れ」


俺はヴェルの背中を押して、無理やり自分の席に戻らせた。手のひらに触れたヴェルの背中の感触だけで、また心臓が変なリズムを刻み始める。

周りの奴らが「なんだ朝からお熱いな」なんてニヤニヤしながら見てくるのが、死ぬほど気まずかった。

なんとか午前中の授業を終え、待ちに待った昼休み。

いつもなら自分の席で適当に購買のパンを齧るところだが、今日の俺には目的があった。この教室の衆人環視の中でヴェルと飯を食うのは、俺の心臓が持たない。


「おい、ヴェル。ちょっとついてこい」

「うん? どこへ行くんだい?」

「いいから」


俺はヴェルを促し、鞄から弁当箱を取り出すと、人の少ない旧校舎の裏庭へと向かった。ここなら滅多に生徒は来ない。大きな木陰があり、コンクリートのベンチが一つあるだけの静かな場所だ。


「わあ、ここは静かで良い場所だね。風の精霊たちも落ち着いているよ」

「精霊は知らねえけど、ここなら静かに飯が食えるだろ」


ベンチに並んで腰掛ける。昨日あれだけ意識してしまったせいで、隣に座られるだけで肩が触れ合わないか緊張してしまう。俺は平静を装いながら、母親が作ってくれた弁当のフタを開けた。


「それが、鋭二の『お弁当』かい? 色とりどりで、まるで市場の屋台のようだね」

「大袈裟だな。普通の卵焼きと唐揚げだよ。……でお前は? 飯、どうしてんだよ」


ヴェルは「ふふん」と少し得意気に胸を張ると、自分の鞄から丁寧に布で包まれた何かを取り出した。布を広げると、中から出てきたのは、少し厚みのある、見たことのない茶色い丸型の手作りパンだった。


「これはね、僕の世界の『旅人の糧食(レム・パン)』を、この世界の食材で再現してみたんだ」

「へえ、お前が作ったのか?」

「うん。前の世界では、自分の食事は自分で用意するのが普通だったからね。鋭二、昨日『僕の世界のことを知ってほしい』って言っただろう? だから、鋭二に一番に食べてほしくて、昨日の夜、キッチンで作ったんだ」


ヴェルはそう言うと、パンを真ん中から綺麗に二つに割った。中には、細かく刻まれた肉や、見たことのないハーブのような緑の葉がぎっしりと詰まっている。独特の、少しスパイシーで食欲をそそる香りがふわっと広がった。


「ほら、鋭二。食べてみて?」


ヴェルは半分に割ったパンを、俺の口元へと真っ直ぐに差し出してきた。

いわゆる、完全に「あーん」の体勢である。


「っ……!? いや、自分で持つから!」


俺は慌ててそのパンを受け取ろうとしたが、ヴェルは「ダメだよ」と手を引かなかった。


「僕の世界では、信頼する人に初めて自分の作った料理を振る舞うとき、最初のひと口は作った人の手から食べてもらうのが礼儀なんだ。そうしないと、料理に込めた祝福が逃げてしまうと言われているんだよ」

「どんな文化だよそれ!」


俺は心の中で絶叫した。

設定なのか、マジなのか、それとも俺をからかっているのか。ヴェルの瞳を見つめるが、そこにあるのはただひたすらな純粋さと、期待に満ちた輝きだけだ。ここで拒絶したら、昨日の夜みたいにまたシュンとさせてしまうかもしれない。


(……クソ、なんで俺がこんなに気を使わなきゃいけないんだよ)


周囲を見回すが、幸いなことに人影はない。

俺は覚悟を決めた。顔が耳まで赤くなっていくのが自分でも分かった。


「……ひと口だけだからな」

「うん!」


俺は観念して、少し前かがみになり、ヴェルの手にあるパンに小さく噛み付いた。

ヴェルの細くて綺麗な指先が、一瞬だけ俺の唇に触れた気がして、頭の芯が痺れるような感覚が走る。


「……っ」


慌てて咀嚼して飲み込む。味は――驚くほど美味かった。外側はカリッとしていて、中は肉の旨味と爽やかなハーブの香りが絶妙にマッチしている。


「どうかな……?」


ヴェルが不安そうに、だけど愛おしそうに俺の顔を見つめてくる。


「……美味いよ。悔しいけど、めちゃくちゃ美味い」


俺がそう言うと、ヴェルはパッと花が咲いたような笑顔になった。


「よかった! 鋭二の口に合わなかったらどうしようかと思ったよ。さあ、残りは鋭二の分ね」


手渡されたパンを受け取る。まだヴェルの手の温もりが残っているようで、俺はそれを誤魔化すように、今度は自分の手で大きくパンを齧った。


「鋭二、僕、この世界に来て本当によかった。毎日が新しい発見ばかりで……何より、鋭二と一緒にいる時間が、一番心が温かくなるんだ」


ヴェルはベンチに深く腰掛け、見上げるような青空を眺めながら、穏やかに言った。その横顔は、昨日の夜に見た寂しげなものとは違い、とても満たされているように見えた。


「……お前さ、そういうこと、他の奴にも言ってんの?」


俺は自分の弁当の唐揚げを口に放り込みながら、意を決して尋ねた。胸の奥にある、モヤモヤとした感情の正体を確かめたかった。

ヴェルは不思議そうに俺を振り返った。


「まさか。僕にとって、この世界の常識を教えてくれたのは鋭二だし僕の特別な友達は、鋭二だけだよ?」


また「特別」という言葉が、ヴェルの口から自然に飛び出す。

あいつにとっては、ただの純粋な親愛の情なのかもしれない。だけど、俺にとってはもう、それ以上の意味を持って響いていた。


「……そうかよ」


俺はそれだけ言うと、そっぽを向いて弁当を食べるスピードを上げた。

心臓の音が、ドクドクと旧校舎の裏庭に響き渡りそうなくらいにうるさい。

ただのいたずら相手、ただの退屈しのぎの玩具。最初はそう思っていたはずなのに、今ではヴェルの視線ひとつ、言葉ひとつに、俺の日常は簡単にひっくり返されてしまう。


「鋭二、顔がまた赤くなっているよ? やっぱり熱があるんじゃ……」

「ねえよ! 飯食うぞ、飯!」


俺の手を引こうとするヴェルの手を、俺は今度は振り払わずに、ほんの少しだけ強く握り返した。ヴェルは驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。

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