第8章 そこにあるはずのもの
「傷が映らなかっただけではないのか」
最初に反論したのは宰相だった。
エレノアは首を横へ振った。
「この映像は、指輪の細工まで確認できるほど鮮明です。皮膚の色だけが消える理由をご説明いただけるでしょうか」
誰も答えられない。
国王が近侍へ命じた。
「宮廷医師を」
しばらくして、老医師が呼ばれた。
エレノアの腕を確認する。
「間違いございません。私が治療にあたりました。十二年前です」
「記録は?」
「王宮医務局に残っております」
続いて公爵夫人、乳母、幼少期から仕える侍女の証言も確認された。
痣は昨日今日作ったものではない。
映像の方がおかしい。
初めて、広間の空気が変わった。
「他にもございます」
エレノアは机の上へ何枚もの写景板を並べさせた。
「葡萄酒の一件」
一枚目。
「学院西庭園の窓をご覧ください。実際の塔は東側にありますが、反射像の位置が逆です」
二枚目。
「私が侍女へ金を渡している画像。胸の公爵家紋章をご覧ください。本来、銀狼は三頭。ここでは二頭です」
三枚目。
「外国商人との密会。右手薬指につけている婚約指輪が、鏡ではないにもかかわらず左手へ移っています」
一枚ずつ。
今まで誰も気にしなかった違和感が並べられていく。
ミレーユは立っているのがやっとだった。
最初の頃の失敗。
すでに修正したと思っていた。
だから古いものなど忘れていた。
「偶然ではないのか」
騎士団長が問う。
「一つならば」
エレノアが答える。
「ですが、奇妙なことがあります。古い画像ほど誤りが多く、新しくなるほど減っています」
ミレーユの喉がひくりと動いた。
「まるで、作っている者が少しずつ学習しているかのように」
以前、学院の回廊で聞いたのと同じ言葉だった。
アドリアンが立ち上がる。
「エレノア。まさか、誰が作ったか分かっているのか」
「証拠はまだ一つ足りません」
「何だ」
「存在しない光景を、実在するかのように作れる能力です」
ミレーユは逃げたかった。
だが足が動かない。
エレノアの視線が、ゆっくりこちらへ向く。
「今年、神殿で授けられた恩寵の一覧を調べました」
大広間の全員がミレーユを見る。
「その中に、一つだけ奇妙な能力がありました」
エレノアは言った。
「《画像生成AI》」
誰かが息を呑んだ。
「言葉によって指定した光景を、画像として生成する能力」
ミレーユは笑おうとした。
「それだけで、私を疑うのですか」
自分でも分かるほど声が震えていた。
「画像を作れる者など、画家もおります」
「ええ」
「私の能力が生成できるのは絵です。写景板ではありません」
「そうね」
「映像など作れません」
言った瞬間、失敗したと気づいた。
エレノアの目が細くなる。
「私は、あなたが映像を作れるとは一度も申し上げておりません」
広間が静まり返った。
ミレーユの唇が動く。
「それは……」
「なぜ、映像の話を?」
「これまでの話の流れから」
「そうかもしれない」
エレノアは否定しなかった。
「だから、それだけでは証拠にならない」
その冷静さが恐ろしかった。
「陛下。お願いがございます」
「申せ」
「ミレーユ・ヴァルデン嬢に、その恩寵をこの場で使用していただきたいのです」
ミレーユの顔から血の気が消えた。
「何を……生成させるのですか」
国王が尋ねる。
エレノアは少し考え、答えた。
「現実には絶対に存在しなかった光景を」
そして、王の前へ進んだ。
「例えば――陛下が私へ跪き、許しを乞う姿を」
広間がどよめく。
ミレーユは叫びそうになった。
作れば終わる。
存在しない出来事を、本物らしく画像にできると自ら証明することになる。
拒否しても怪しまれる。
国王の視線がこちらへ向いた。
「ミレーユ・ヴァルデン」
低い声だった。
「命ずる」
逃げ道が消えた。
「今、ここで能力を使え」




