第7章 婚約破棄
王宮大広間で開かれた審問には、国王、王妃、宰相、大神官、近衛騎士団長、グランフェルト公爵、そしてアドリアンが出席した。
エレノアは中央に立っている。
その少し後ろに、証人として呼ばれたミレーユがいた。
正式な裁判ではない。
だが、公爵令嬢と王太子の婚約を継続できるか判断する場だった。
映写石が再生される。
帝国書記官と話すエレノア。
『国王陛下が退けば、殿下は自由になります』
大広間に、その声が響く。
何度見ても本物にしか見えない。
再生が終わると、国王が重い声で尋ねた。
「エレノア・グランフェルト。まだ、この映像を偽りだと主張するか」
「はい、陛下」
「根拠は」
「現時点では、完全な証明はできません」
公爵が苦しげに娘を見る。
エレノアは続けた。
「ですが私は、この映像の人物ではございません」
「記憶にない、というだけでは不足だ」
「承知しております」
国王は目を閉じた。
「グランフェルト公爵家から、反逆に結びつく文書は発見されていない。帝国との交易も正式な許可の範囲内だ。だが、この映像を無視することもできぬ」
その通りだった。
決定的な物証は映像しかない。
しかし、その映像があまりにも強い。
「アドリアン」
国王が息子を見る。
「お前はどうする」
アドリアンはゆっくり立ち上がった。
エレノアと目が合う。
「……王太子として」
声がわずかに震えた。
「国家への反逆の疑いを持つ者を、将来の王妃とすることはできません」
エレノアは何も言わない。
「よって、グランフェルト公爵令嬢との婚約を解消したいと存じます」
広間にざわめきが起こる。
ミレーユは心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。
成功した。
本当に。
幼い頃から決められていた王太子と公爵令嬢の未来を、自分が書き換えた。
「承知いたしました」
エレノアは静かに頭を下げた。
泣きもしない。
怒りもしない。
それがミレーユには、なぜか不気味だった。
「ただし、陛下」
エレノアが顔を上げる。
「最後に、もう一つだけ映像をご確認いただけますでしょうか」
宰相が眉を寄せる。
「何の映像だ」
「昨日、匿名で王宮へ送られたものです」
ミレーユの背中が冷たくなる。
昨日。
心当たりがあった。
最後の一押しとして作った映像。
そこではエレノアが王宮薬草庫へ忍び込み、毒物の瓶を取り出している。
帝国との密会よりさらに直接的だった。
国王暗殺を連想させる。
「再生を」
エレノアが言った。
映写石が光る。
夜の薬草庫。
エレノアが現れる。
周囲を確認し、鍵を開ける。
毒物の棚へ近づく。
瓶を手に取るため、長手袋を外した。
さらに袖を捲る。
ミレーユの口の中が乾いた。
完璧な映像だった。
何十回も確認した。
指も、衣装も、顔もおかしくない。
エレノアが言う。
「止めてください」
映像が停止する。
「ここを拡大できますか」
術師が操作した。
映像の中のエレノアの左腕が大きく映る。
白く滑らかな皮膚。
「何か問題が?」
国王が尋ねる。
「はい」
エレノアは、自分の左手袋へ右手を掛けた。
ゆっくり外す。
次に、ドレスの袖を肘まで捲り上げた。
広間から息を呑む音が聞こえた。
エレノアの左前腕には、大きな紫褐色の痣があった。
肘近くから手首の少し上まで。
不規則な形で広がっている。
「これは、私が六歳のときに負った火傷の痕です」
ミレーユは、指先から血の気が引いていくのを感じた。
「治癒魔法でも完全には消えませんでした。普段は長手袋と袖で隠しておりますので、ご存じない方も多いでしょう」
エレノアが映像を指す。
「ですが、ここにはありません」
誰も言葉を発しない。
「映像の人物が私ならば」
静かな声が広間へ響く。
「なぜ、私が幼少期から持っている傷痕が存在しないのでしょうか」




