第4章 悪女を作る
嘘は、一つでは弱い。
だが十の嘘が互いを支え始めれば、人はそれを人物像と呼ぶ。
ミレーユはそのことを理解していた。
だから、画像を乱発しなかった。
一枚出したら待つ。
人々が話し、推測し、新しい意味を付け加えるまで待つ。
そして次の一枚を出す。
最初は嫌がらせ。
次に買収。
その次は密会。
少しずつ罪の重さを増していく。
急激にやれば疑われる。
人は、自分がすでに信じているものと一致する情報ほど簡単に受け入れる。
「最近、グランフェルト公爵家は帝国との交易を増やしているそうね」
食堂で、令嬢たちが話している。
「では、あの外国人も……」
「まさかとは思うけれど」
ミレーユは少し離れた席で、何も知らない顔をして紅茶を飲んだ。
本当の話だった。
グランフェルト公爵領は帝国と国境を接している。
交易も盛んだ。
だからこそ、嘘が自然に入り込む。
完全な虚構より、一部だけ真実を混ぜた嘘の方が強い。
それから半月後、ミレーユは次の証拠を作った。
エレノアが学院の資料室で王国北部の防衛図を開いている画像。
これも半分は本当だ。
エレノアは公爵家の後継教育の一環として、軍事地理を学んでいた。
その日、その時間に資料室へ入った記録もある。
ただし実際に彼女が読んでいたのは農業税制の報告書だった。
ミレーユはそこだけを入れ替えた。
結果、画像を見た者には何もかもが一本につながって見えた。
帝国との交易。
外国人との密会。
防衛図。
そして王太子との婚約。
「君はどう思う」
ある日の夕方、王宮へ呼ばれたミレーユは、アドリアンからそう尋ねられた。
場所は学院ではなく、王城西棟の小応接室だった。
アドリアンの顔には疲労が浮かんでいる。
「私に伺われましても」
「君はエレノアと同じ学院にいる。何か気づかなかったか」
「……殿下」
ミレーユは少し迷ってから口を開く。
「私は、エレノア様が国家を裏切るような方だとは思いたくありません」
「思いたくない、か」
「証拠が増えていることは存じております。ですが、昔から殿下をお支えしてきた方でしょう」
あえて庇う。
今の段階では、その方がアドリアンの信頼を得られる。
「君は優しいな」
「私は、ただ」
「君自身も被害を受けているのに」
ミレーユは俯いた。
「私への嫌がらせと、国家への忠誠は別です」
アドリアンは長く黙っていた。
その横顔を見ながら、ミレーユは胸の奥に生まれた奇妙な痛みに気づいた。
アドリアンは苦しんでいる。
当然だった。
幼少期から将来の妻として育った相手を疑わされている。
その苦しみを作っているのは自分だ。
ほんのわずかだけ、罪悪感が生まれた。
だがその瞬間、脳裏に王妃の宝冠をかぶった自分の画像が蘇った。
ここで止めれば、すべて無駄になる。
「ミレーユ」
初めて、アドリアンが家名を付けずに呼んだ。
胸が跳ねた。
「はい」
「もし……もし僕が間違っていたら、どうすればいいと思う」
それは、どちらの意味とも取れた。
エレノアを信じることが間違いなのか。
疑うことが間違いなのか。
ミレーユは答えなかった。
「殿下が、ご自身でお決めになることだと思います」
アドリアンの目がこちらを向いた。
「私は、どのようなお決めになっても殿下を信じます」
その夜。
ミレーユは自室で長い時間、何も生成できずにいた。
やがて立ち上がり、窓を開ける。
王城の尖塔が夜空に浮かんでいる。
「もう少し」
自分に言い聞かせた。
「あと少しで届く」
ここまで来て、戻ることはできない。
ならば進むしかない。
その瞬間、視界の隅に光る文字が浮かんだ。
《技能熟練度が規定値に到達しました》
《追加機能を解放します》
《動画生成》
ミレーユは息を止めた。
そして数秒後、笑った。
今までの画像は、一瞬しか切り取れなかった。
だがこれからは違う。
言葉を話し、動き、行動するエレノアそのものを作ることができる。
「……もう、誰も否定できない」
夜の部屋で、ミレーユの声だけが静かに響いた。




