↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画像生成AIの男爵令嬢は、存在しない罪を描く  作者: ゲント・カイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/11

第2章 存在しなかった一枚

王立学院には、写真に似た《写景板》という魔道具が存在していた。


貴重品ではあるが、王族や上位貴族であれば珍しいものではない。術者が見ている風景を薄い魔法板へ焼き付けることで、その瞬間を画像として残す。


写景板は本来、記録した後から別の画像を書き込むことができない。魔力の痕跡も残るため、人々は写景板に映ったものを疑わなかった。


術者が絵を描くわけではない。


現実を、そのまま光として記録する。


だからこそ、記録された光景は証言以上に信用されていた。


ミレーユはそこに目をつけた。


自室で一枚の画像を生成する。


――王立学院、西庭園。午後。エレノア・グランフェルト公爵令嬢が、ミレーユ・ヴァルデン男爵令嬢へ赤葡萄酒をかけている。


初めて作った画像では、エレノアの右手の指が六本あった。


ミレーユは顔をしかめた。


「指は五本。右手。杯を持つ。私の顔へではなく、ドレスへ葡萄酒をかける」


命令を修正する。


二度目。


今度はエレノアの髪飾りが左右逆だった。


三度目。


背景に存在しない噴水が現れた。


四度目。


ようやく満足できるものが出来上がった。


さらに数週間の試行錯誤の末、ミレーユは《画像生成AI》の魔力を直接流し込み、生成した画像を写景板へ偽装転写する方法を見つけた。本来なら不可能なはずの書き換えだったが、彼女の恩寵そのものが未知の系統であるため、既存の検査術は異常を示さなかった。


翌日の昼。


彼女は学院の西庭園で、本当に自分のドレスへ葡萄酒をこぼした。


「あっ」


白い制服の胸元へ赤い染みが広がる。


近くにいた令嬢たちが振り返った。


「ミレーユ様?」


「大丈夫です」


震える声で答えながら、彼女は周囲を見回した。


エレノアは、少し離れた場所にいる。


昨日計算したとおりだった。


「どうしたの?」


エレノア本人が近づいてくる。


ミレーユは一歩後退した。


意識的に怯えた顔を作った。


「……いえ」


「その染み、葡萄酒でしょう。すぐ洗わないと取れなくなるわ」


「近づかないでください」


周囲が静まり返った。


エレノアが目を見開く。


「ミレーユ嬢?」


「申し訳ありません。ただ……今は……」


それ以上言わず、ミレーユは走り去った。


噂は、その日の夕方には学院中へ広まった。


そして夜。


ミレーユは親しい伯爵令嬢リゼットへ、用意しておいた写景板を見せた。


「誰にも言わないでください」


「これは……」


リゼットの顔色が変わった。


画像の中では、エレノアが明らかにミレーユへ葡萄酒を浴びせていた。


「誰が記録したの?」


「分かりません。部屋の前に置かれていました」


「でも……これ、エレノア様よね」


ミレーユは黙って俯いた。


否定も肯定もしない。


それが最も効果的だった。


翌朝には、画像の存在を十人以上が知っていた。


三日後には、アドリアンの耳にも入った。


「ミレーユ嬢」


授業後、回廊で呼び止められた。


振り返ると、アドリアンが一人で立っている。


「エレノアが君へ嫌がらせをしたという話を聞いた」


「誤解かもしれません」


「画像があるそうだが」


「……ございます」


「見せてもらえるか」


ミレーユは躊躇するふりをしてから、写景板を差し出した。


アドリアンは長い時間、画像を見つめていた。


「本人には確認したのですか」


ミレーユが尋ねる。


「ああ。身に覚えがないと言っている」


「では、きっと何かの間違いです」


「君はそう思うのか」


「エレノア様は公爵家のご令嬢です。私などを傷つけても何の得もございませんから」


慎ましく聞こえるよう、慎重に言葉を選ぶ。


アドリアンの眉間に皺が寄った。


「身分は関係ない。したことが事実なら、謝罪するべきだ」


ミレーユは胸の内で笑った。


画像一枚。


ただ、それだけだった。


証人はいない。


実際には何も起きていない。


それなのにアドリアンの心には、すでに小さな疑念が生まれている。


その夜、ミレーユは新しい画像を作った。


――エレノア・グランフェルトが、人気のない回廊でミレーユを睨みつけている。


今度は一度で、ほぼ完璧だった。


ミレーユは画像を見つめながら、ゆっくり息を吐いた。


人は言葉を疑う。


記憶も疑う。


証言者の利害さえ調べる。


けれど、自分の目で見たものについては驚くほど無防備だった。


そのことを、ミレーユは初めて理解した。


「……簡単じゃない」


王太子妃への道など、存在しないと思っていた。


だが今は違う。


自分には、道を作る力がある。


たとえその道が、初めから存在しなかったとしても。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。