第1章 絵を描くだけの外れスキル
王立神殿の大広間には、朝から百人を超える十五歳の少年少女が集められていた。
成人を迎えた貴族の子弟が、生涯に一度だけ授かる《恩寵》を鑑定する日である。
剣術、治癒、火炎魔法、商才、速読。与えられる能力は人によって異なり、強力な恩寵を得れば人生そのものが変わるともいわれている。
ミレーユ・ヴァルデン男爵令嬢は、列の中ほどで胸の前に手を組み、静かに順番を待っていた。
父のヴァルデン男爵が治める領地は小さい。麦と羊毛が主産業で、王都の貴族から見れば田舎の弱小領主にすぎなかった。
だが、ミレーユは自分の一生まで小さく終えるつもりはなかった。
「次、ヴァルデン男爵家、ミレーユ嬢」
神官に呼ばれ、白大理石の祭壇へ進む。
中央に据えられた鑑定水晶へ両手を置くと、淡い光が指先を包んだ。
水晶の中に文字が浮かぶ。
最初に読んだ老神官が眉を寄せた。
「……これは」
周囲がざわめく。
ミレーユの心臓が高鳴った。
見たこともない恩寵なら、希少な能力なのかもしれない。
「名称、《画像生成AI》」
「がぞう……?」
思わず聞き返した。
「古代文字の読みをそのまま移すと、そうなるようです。効果は……『言葉によって指定した光景を画像として生成する』」
しばし沈黙が落ちた。
やがて誰かが小さく笑った。
「絵描きか?」
「いや、本人が描く必要すらないらしい」
「なんだ、それ」
嘲笑が広がった。
ミレーユは唇を噛んだ。
その直前に鑑定された騎士侯爵家の嫡男は《身体強化》。伯爵令嬢は《上級治癒》。いずれも将来を約束されたような能力だった。
それに比べて、自分は絵を作るだけ。
剣にもならない。魔法にもならない。領地を豊かにすることさえできない。
「試してみますか」
神官に促され、ミレーユは祭壇脇に置かれた白い記録板へ視線を向けた。
能力の使い方は、不思議なことに頭の中ですでに理解していた。
描いてほしい光景を、可能な限り具体的な言葉で思い浮かべればいい。
ミレーユは半ば投げやりに念じた。
――白い花が咲く、春の湖。
記録板が淡く光った。
次の瞬間、何もなかった白い面に、青い湖と白い花畑が現れていた。
何人かが息を呑んだ。
確かに美しかった。
だが、それだけだった。
「画家には便利でしょうな」
老神官の気遣うような言葉が、かえって胸に刺さった。
「……ありがとうございます」
ミレーユは頭を下げ、祭壇を離れた。
そのときだった。
大広間の入口が騒がしくなり、自然と人々が道を開けた。
王太子アドリアンが入ってくる。
十七歳になる王太子は、金色の髪と端整な顔立ちを持ち、すでに王宮の政務にも参加していた。その隣を歩くのは、婚約者であるエレノア・グランフェルト公爵令嬢だった。
背筋を伸ばしたエレノアは、銀灰色の髪をきれいにまとめ、濃紺のドレスを身につけている。
誰が見ても、二人は似合いの婚約者だった。
やがてアドリアンは王となり、エレノアは王妃となる。
その未来を、誰も疑っていない。
ミレーユは自分の手に残った淡い光を見下ろした。
自分とエレノアとの間には、家格だけでなく、生まれたときから決められていたかのような巨大な隔たりがある。
王太子妃。
その言葉が、不意に胸へ浮かんだ。
なぜ彼女なのだろう。
公爵家に生まれたというだけで。
幼い頃から王太子と婚約していたというだけで。
自分には、最初から挑戦する資格すらないのだろうか。
「ミレーユ嬢?」
顔を上げると、アドリアンがこちらを見ていた。
「珍しい恩寵を得たそうだね」
「……ご存じなのですか」
「今、聞いた。絵を作れるとか」
「はい。あまり役には立たないようですが」
自嘲気味に答えると、アドリアンは生成された湖の画像へ目を向けた。
「そんなことはない。美しいじゃないか。使い方次第だろう」
それだけ言って、アドリアンはエレノアとともに祭壇へ向かった。
ほんの短いやり取りだった。
おそらくアドリアン自身は、翌日には忘れてしまう程度の会話だっただろう。
だがミレーユは、遠ざかる背中を見つめ続けていた。
――使い方次第。
その言葉だけが、妙に耳に残った。
その夜。
王都の寄宿舎へ戻ったミレーユは、机の上に白い記録板を置いた。
試しに、自分の姿を生成してみる。
――王宮の大広間。豪華な白いドレス。王族の宝冠。アドリアン王太子の隣に立つ自分。
光が走った。
現れた画像を見て、ミレーユは息を止めた。
そこには確かに、自分がいた。
王妃のような衣装をまとい、アドリアンの隣で微笑んでいる。
存在しないはずの光景だった。
それなのに、あまりにも本物らしかった。
ミレーユは、しばらくその一枚から目を離すことができなかった。
やがて、指先で自分の姿をそっとなぞる。
「……使い方次第、ですか」
部屋には誰もいない。
だから、その声を聞いた者はいなかった。
ただその夜から、ミレーユは《画像生成AI》を毎晩のように使い始めた。




