第2話「選ばれなかった五人」
第1話に続き、視点は轟木栄一たち五人へ移ります。
本話には、暴力描写・流血描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
「選ばれなかった者」の怒りが、雨の中でどこへ向かうのか。見届けていただければ幸いです。
傘を持たない肩に、雨が容赦なく落ち続けていた。
公園を出た轟木栄一は、誰もいない遊歩道をひとりで歩いていた。
街路樹の葉先から落ちる雫が、その足取りを急かすように叩く。
靴底が水たまりを踏むたび、くぐもった音が響いて、すぐに雨音へ溶けて消えた。
左手に提げた細長い包みは、雨を吸ってわずかずつ重さを増していく。
中身が日本刀「松影」だと知っている者は、この街にもう数えるほどしかいない。
指先が、包みの結び目をきつく握り直す。
木陰で重なった二つの影が、瞼の裏でまだ揺れていた。
北潟慎悟と、坪江南海。
雨粒がまつ毛を伝って落ちても、栄一はそれを拭おうとしなかった。
濡れた前髪から滴が顎を伝い、包みの上へ落ちる。
その一滴が、松影の柄に染み込んでいくような気がした。
「遅えよ、栄一」
声に振り向くと、街灯の下に河原大河が立っていた。
雨に濡れた前髪の奥で、唇だけが笑っている。
「お楽しみの邪魔して悪いけどよ」
続いて井手壮亮が、街路樹の陰から肩を回しながら現れる。
何かを殴りたくてたまらないというように、拳を何度も握り直していた。
古屋陸は、いつの間にか音もなく後ろに立っていた。
視線だけが忙しく動き、街灯の死角、防犯カメラの角度、車の通る気配を確かめている。
最後に、石塚楓真が遊歩道の出口側からゆっくりと歩いてくる。
栄一の顔を覗き込むように、口角だけを持ち上げた。
「見てきたんでしょ、北潟と南海ちゃん」
栄一は答えなかった。
包みを持つ手に、また力がこもる。
それで、充分だった。
四人には、それだけで伝わる。
「あーあ」
河原が雨を見上げる。
「南海ちゃんも、結局あっち選んだわけだ」
「俺らがどうなったか、あいつらは知りもしねえ」
井手が金棒の感触を確かめるように、手のひらを開いては閉じる。
「補導だ反省文だって、面倒なことばっか押しつけられてよ」
「清滝が黙ってりゃ、こんなことにならなかった」
古屋が淡々と言う。
「警察が動いた時点で、俺らの人生は詰んでた」
石塚が、栄一の表情を覗き込む。
「美里さんに声かけられた時、栄一、泣きそうな顔してたよね」
栄一は何も言わなかった。
雨が包みを叩く音だけが、やけに大きく耳に残った。
あの夜、差し伸べられた手の温度を、今も指先が覚えている。
進学でもない、就職でもない道。
選ばれなかった人間が、選ぶ側に回れる道。
誰もそれを、罠だとは言わなかった。
雨の向こうから、足音が近づいてきた。
「君たち、こんな時間に何をしている」
制服を濡らした警察官が、五人との距離を保ったまま立ち止まる。
視線はすぐに、栄一の手にある細長い包みへ向いた。
「君、その包みの中身を見せてもらえるかな」
栄一は答えない。
警察官の目つきが変わった。
半歩下がり、退路を確かめるように肩越しに背後を見る。
腰の無線機へ、手が伸びる。
その動きより早く、古屋と石塚が左右の道を静かに塞いでいた。
警察官は息を呑み、それでも声を絞り出す。
「ゆっくり、手を見せて――」
栄一は、包みの結び目を解いた。
濡れた布が、重さに引かれて地面へ落ちる。
街灯の光を弾いて、白い刃が雨の中に立ち上がった。
警察官が無線機のボタンを押す。
「こちら――」
声は、途中で途切れた。
栄一が間合いを詰め、松影が一閃する。
警帽が水たまりへ落ち、波紋が広がる。
雨音が一瞬だけ、遠のいたように感じられた。
崩れ落ちる制服へ、河原がさらに踏み込む。
井手が金棒を振り上げる。
鈍い音が、二度、三度と続いた。
古屋は周囲を見回したまま、止めようとはしなかった。
石塚は、地面に広がる赤を興味深そうに眺めていた。
雨水に薄く赤が滲み、すぐに流されていく。
足音が聞こえたのは、それからすぐだった。
一本の傘の下、若い男女が話しながら歩いてくる。
女が先に、水たまりに転がる警帽へ目を留めた。
「あれ……」
男の視線が、倒れた警察官と血に濡れた刃へ届く。
顔色が変わった。
「逃げろ」
二人は、来た道を引き返そうとする。
けれど古屋が、すでに出口を見定めていた。
傘が雨の中へ落ち、女の悲鳴が短く響き、すぐに掻き消える。
男が女の名を呼ぶ声も、雨音に紛れて途切れた。
水たまりに映った街灯の光が、しばらく揺れていた。
それから、また雨音だけが戻ってきた。
「今の技なら、北潟も斬れるな」
河原が松影を見やり、満足げに口の端を上げる。
「南海の前で這いつくばらせようぜ」
井手も金棒を担ぎ直し、笑い声をこぼした。
石塚が、栄一の横顔をうかがう。
だが栄一は、笑わなかった。
雨に濡れた刃を見つめる。
そこに映るのは、血でも街灯の光でもなく、木陰で重なった二つの影だった。
柄を握る指に、また力がこもる。
「違う」
栄一は静かに言った。
「這いつくばらせるだけじゃ足りない。あいつが選ばれた理由ごと、斬る」
五人は、雨の遊歩道を歩き去った。
誰もいなくなった現場に、雨だけが降り続ける。
◇
厚い雨雲の切れ間を、銀色の龍がひとつ、音もなく泳いでいた。
咆哮も、攻撃の気配もない。
ただ雨に残された何かを、静かに集めているようだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
栄一たち五人が抱える「補導」「反省文」「詰んだ人生」という言葉、そして「美里さんに声をかけられた時、泣きそうな顔をしていた」という一言に、彼らがどこで踏み外したのかが見えてきたかと思います。
選ばれなかった悔しさは、時に刃になります。彼らが選んだのは、その刃を誰かに向ける道でした。
そして雨雲の切れ間に泳いでいた銀色の龍――これは、次章以降で重要な意味を持ってきます。
次回「雨に残る声」では、脇出美奈子のもとに、この事件の"残響"が届きます。彼女が見た(聞いた)ものが、慎悟たちを動かすことになります。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。感想・ブックマーク、励みになります。




