表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれなかった刃――雨中の母校決戦  作者: 孔雀丸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/16

第2話「選ばれなかった五人」

第1話に続き、視点は轟木栄一たち五人へ移ります。

本話には、暴力描写・流血描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。

「選ばれなかった者」の怒りが、雨の中でどこへ向かうのか。見届けていただければ幸いです。

 傘を持たない肩に、雨が容赦なく落ち続けていた。

 公園を出た轟木栄一(とどろきえいいち)は、誰もいない遊歩道をひとりで歩いていた。

 街路樹の葉先から落ちる雫が、その足取りを急かすように叩く。

 靴底が水たまりを踏むたび、くぐもった音が響いて、すぐに雨音へ溶けて消えた。

 左手に提げた細長い包みは、雨を吸ってわずかずつ重さを増していく。

 中身が日本刀「松影(まつかげ)」だと知っている者は、この街にもう数えるほどしかいない。

 指先が、包みの結び目をきつく握り直す。

 木陰で重なった二つの影が、瞼の裏でまだ揺れていた。

 北潟慎悟(きたがたしんご)と、坪江南海(つぼえみなみ)

 雨粒がまつ毛を伝って落ちても、栄一はそれを拭おうとしなかった。

 濡れた前髪から滴が顎を伝い、包みの上へ落ちる。

 その一滴が、松影の柄に染み込んでいくような気がした。

「遅えよ、栄一」

 声に振り向くと、街灯の下に河原大河(かわらたいが)が立っていた。

 雨に濡れた前髪の奥で、唇だけが笑っている。

「お楽しみの邪魔して悪いけどよ」

 続いて井手壮亮(いでそうすけ)が、街路樹の陰から肩を回しながら現れる。

 何かを殴りたくてたまらないというように、拳を何度も握り直していた。

 古屋陸(ふるやりく)は、いつの間にか音もなく後ろに立っていた。

 視線だけが忙しく動き、街灯の死角、防犯カメラの角度、車の通る気配を確かめている。

 最後に、石塚楓真(いしづかふうま)が遊歩道の出口側からゆっくりと歩いてくる。

 栄一の顔を覗き込むように、口角だけを持ち上げた。

「見てきたんでしょ、北潟と南海ちゃん」

 栄一は答えなかった。

 包みを持つ手に、また力がこもる。

 それで、充分だった。

 四人には、それだけで伝わる。

「あーあ」

 河原が雨を見上げる。

「南海ちゃんも、結局あっち選んだわけだ」

「俺らがどうなったか、あいつらは知りもしねえ」

 井手が金棒の感触を確かめるように、手のひらを開いては閉じる。

「補導だ反省文だって、面倒なことばっか押しつけられてよ」

清滝(きよたき)が黙ってりゃ、こんなことにならなかった」

 古屋が淡々と言う。

「警察が動いた時点で、俺らの人生は詰んでた」

 石塚が、栄一の表情を覗き込む。

美里(みり)さんに声かけられた時、栄一、泣きそうな顔してたよね」

 栄一は何も言わなかった。

 雨が包みを叩く音だけが、やけに大きく耳に残った。

 あの夜、差し伸べられた手の温度を、今も指先が覚えている。

 進学でもない、就職でもない道。

 選ばれなかった人間が、選ぶ側に回れる道。

 誰もそれを、罠だとは言わなかった。

 雨の向こうから、足音が近づいてきた。

「君たち、こんな時間に何をしている」

 制服を濡らした警察官が、五人との距離を保ったまま立ち止まる。

 視線はすぐに、栄一の手にある細長い包みへ向いた。

「君、その包みの中身を見せてもらえるかな」

 栄一は答えない。

 警察官の目つきが変わった。

 半歩下がり、退路を確かめるように肩越しに背後を見る。

 腰の無線機へ、手が伸びる。

 その動きより早く、古屋と石塚が左右の道を静かに塞いでいた。

 警察官は息を呑み、それでも声を絞り出す。

「ゆっくり、手を見せて――」

 栄一は、包みの結び目を解いた。

 濡れた布が、重さに引かれて地面へ落ちる。

 街灯の光を弾いて、白い刃が雨の中に立ち上がった。

 警察官が無線機のボタンを押す。

「こちら――」

 声は、途中で途切れた。

 栄一が間合いを詰め、松影が一閃する。

 警帽が水たまりへ落ち、波紋が広がる。

 雨音が一瞬だけ、遠のいたように感じられた。

 崩れ落ちる制服へ、河原がさらに踏み込む。

 井手が金棒を振り上げる。

 鈍い音が、二度、三度と続いた。

 古屋は周囲を見回したまま、止めようとはしなかった。

 石塚は、地面に広がる赤を興味深そうに眺めていた。

 雨水に薄く赤が滲み、すぐに流されていく。

 足音が聞こえたのは、それからすぐだった。

 一本の傘の下、若い男女が話しながら歩いてくる。

 女が先に、水たまりに転がる警帽へ目を留めた。

「あれ……」

 男の視線が、倒れた警察官と血に濡れた刃へ届く。

 顔色が変わった。

「逃げろ」

 二人は、来た道を引き返そうとする。

 けれど古屋が、すでに出口を見定めていた。

 傘が雨の中へ落ち、女の悲鳴が短く響き、すぐに掻き消える。

 男が女の名を呼ぶ声も、雨音に紛れて途切れた。

 水たまりに映った街灯の光が、しばらく揺れていた。

 それから、また雨音だけが戻ってきた。

「今の技なら、北潟も斬れるな」

 河原が松影を見やり、満足げに口の端を上げる。

「南海の前で這いつくばらせようぜ」

 井手も金棒を担ぎ直し、笑い声をこぼした。

 石塚が、栄一の横顔をうかがう。

 だが栄一は、笑わなかった。

 雨に濡れた刃を見つめる。

 そこに映るのは、血でも街灯の光でもなく、木陰で重なった二つの影だった。

 柄を握る指に、また力がこもる。

「違う」

 栄一は静かに言った。

「這いつくばらせるだけじゃ足りない。あいつが選ばれた理由ごと、斬る」

 五人は、雨の遊歩道を歩き去った。

 誰もいなくなった現場に、雨だけが降り続ける。

 ◇

 厚い雨雲の切れ間を、銀色の龍がひとつ、音もなく泳いでいた。

 咆哮も、攻撃の気配もない。

 ただ雨に残された何かを、静かに集めているようだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

栄一たち五人が抱える「補導」「反省文」「詰んだ人生」という言葉、そして「美里さんに声をかけられた時、泣きそうな顔をしていた」という一言に、彼らがどこで踏み外したのかが見えてきたかと思います。

選ばれなかった悔しさは、時に刃になります。彼らが選んだのは、その刃を誰かに向ける道でした。

そして雨雲の切れ間に泳いでいた銀色の龍――これは、次章以降で重要な意味を持ってきます。

次回「雨に残る声」では、脇出美奈子のもとに、この事件の"残響"が届きます。彼女が見た(聞いた)ものが、慎悟たちを動かすことになります。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。感想・ブックマーク、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ