↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予算がないので、無理はしません ~【発注】しかできない元社畜が、赤字の辺境村を三国最強にするまで~  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/7

EP 3

「面接、始めます」

ポポロ村は、思っていたよりずっとまともだった。

畑が広い。柵が直してある。井戸の周りに石が敷いてある。三国の緩衝地帯だと聞いていたから、もっと荒れた場所を想像していた。

だが、視線が刺さる。

「リーザ、そいつ誰だ」

「また変なの拾ってきたのか?」

「あんた、金あるのか」

「マコト様は私の命の恩人です! 三方向から部隊を指揮して野盗を蹴散らした、すごい方なんですから!」

「してません」

俺は訂正した。訂正したが、リーザはすでに次の家に向かって同じ説明を叫んでいた。

村長の家は、木造の平屋だった。

通された部屋で待っていると、扉が開いた。

入ってきたのは、少女だった。二十歳そこそこ。動きやすそうなシャツにパンツ、足元は安全靴。頭に、長い兎の耳が生えている。

「村長のキャルル・ムーンハートです。リーザを助けてくださったとか」

丁寧に頭を下げられて、俺は慌てて立ち上がった。

「大野誠です。……村長さん、お若いですね」

「よく言われます」

キャルルは笑って、俺の正面に座った。そして、その笑顔のまま言った。

「それで。定住の許可をご希望とのことですが、この村に何を落としていただけますか」

空気が変わった。

「うちは三国の緩衝地帯です。素性の分からない方を置けば、三国のどこかが『間者だ』と言い出します。それを黙らせるには、その方が村の役に立っている実績が要ります」

耳がふわふわしている割に、言っていることは完全に決裁権者のそれだった。

(面接だ)

久しぶりの感覚だった。

「大野様。あなたは何ができますか」

「戦えません」

正直に言った。

「魔法も使えません。体力もありません。三十五歳です」

キャルルの耳が、ぴくりと下がった。

「ユニークスキルはあります。【発注】といって、書いたものが地球から届きます。ただし代金は実費で引かれます。今の残高は二百二十二円です」

「……二百二十二円というのは」

「うまい棒が二十本買えます」

沈黙が落ちた。

隣でリーザが「マコト様は本当はすごいんですって!」と必死にフォローしているが、キャルルは黙っていた。

俺は続けた。

「なので、能力の話はやめます」

そして、机の端に積まれた紙の束を指した。

「その帳簿、見せていただけませんか」

キャルルは、少し迷ってから、紙束を寄越した。

文字は読めなかった。異世界の文字だ。

だが、数字は読めた。位取りが同じだった。神様、そこだけは仕事をしたらしい。

「これ、兵糧の仕入れですか」

「はい。三国の駐屯兵に卸している分です」

「ここ、何の数字ですか」

「樽の単価です」

俺は指で追った。

同じ樽が、月によって値段が違う。それも、上がったり下がったりではなく、四月から一段上がって、そのまま戻っていない。

「四月に、仕入れ先を変えましたか」

キャルルの動きが止まった。

「……よく分かりましたね。前の商会が畳んで、別のところに」

「その新しい商会、間に一枚噛んでませんか。作ってる人から直接じゃなく、誰かを通してる」

「……通しています。紹介してもらったので」

「じゃあ、その紹介料が単価に乗ってます。ずっと」

俺は数字を並べ直した。

「月に樽が三十。差額が一つあたり、この単位で……仮に銀貨換算で計算すると、年間でだいたい金貨四十枚」

言い終わってから、しまった、と思った。

金貨の価値を知らない。四十枚が大金なのか小銭なのか、俺には分からない。

だが、部屋の空気が答えを出した。

キャルルの兎耳が、ぴん、と真上に立った。

「——ニャングルさんを呼んで!」

飛び込んできたのは、猫だった。

正確には、猫耳の男。二十代半ば。仕立ての良い上着に、煙管をくわえている。

「なんや騒々しい。ワテ今、月末の締めで——」

「ニャングルさん。この方が、四月からの兵糧単価の話を」

猫が俺を見た。そして帳簿を見た。俺が指した行を見た。

煙管が、ぽとりと落ちた。

「……嘘やろ」

「ニャングルさん?」

「気づいとった。気づいとったんや、ワテは」

ニャングルは帳簿を掴んで、震える手でめくった。

「せやけど、あの商会は隣国の役人の縁でな。切ったら村ごと難癖つけられる。せやから飲むしかない思て、ワテがずっと——」

そこで言葉を切って、猫は俺を睨んだ。

「あんた、誰や」

「事務です」

「事務がなんで初見で気づくんじゃ」

「単価が四月から一段上がって、戻ってないからです。相場が動いたなら上下します。上がりっぱなしなら、それは相場じゃなくて、構造です」

俺は紙を裏返した。

「切れとは言いません。切れないんでしょう。だったら、その紹介料に見合う仕事をさせればいい。今、その商会、樽を運んでるだけですよね。倉庫まで運ばせて、検品も向こうにやらせて、支払いを翌月末に伸ばす。同じ金額でも、うちの手間と、手元に残る現金が変わります」

ニャングルの目が、すっと細くなった。

商人の目だった。

「……兄さん。それ、向こうが飲むと思うか」

「飲まないなら、その条件を書面にして『飲めない理由を書いてください』と返してください。役人の縁で押してきてるなら、文章に残る形で断れる人間はまずいません」

猫が、ゆっくりと煙管を拾った。

そして、深く息を吸った。

「キャルルはん」

「はい」

「こいつ、雇え」

「ポポロ・コーポA301。空いてます」

キャルルが鍵を差し出した。

「村の事務員として雇用します。給金は手取りで月十五万円相当。安いのは、うちが赤字だからです。ごめんなさい」

「十分です」

俺は鍵を受け取った。

「一つだけ、条件があります」

「なんでしょう」

「予算のない仕事は、受けません。責任者が決まっていない案件も、通しません。金の裏付けがない計画は、止めます」

キャルルが目を丸くした。それから、ふっと笑った。

「……それ、村長の私が一番言われそうですね」

「言います。何度でも」

「じゃあ、遠慮なくお願いします」

兎耳の村長が、手を差し出した。

握り返した手は、思ったよりずっと硬かった。剣ダコとは違う。何かを毎日、力いっぱい握り続けている手だった。

その夜。

俺は空っぽの部屋の床に座って、発注書を出した。

発注可能残高:222円

明日から、この数字が動く。

そう思ったら、少しだけ、眠れそうな気がした。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。