EP 3
「面接、始めます」
ポポロ村は、思っていたよりずっとまともだった。
畑が広い。柵が直してある。井戸の周りに石が敷いてある。三国の緩衝地帯だと聞いていたから、もっと荒れた場所を想像していた。
だが、視線が刺さる。
「リーザ、そいつ誰だ」
「また変なの拾ってきたのか?」
「あんた、金あるのか」
「マコト様は私の命の恩人です! 三方向から部隊を指揮して野盗を蹴散らした、すごい方なんですから!」
「してません」
俺は訂正した。訂正したが、リーザはすでに次の家に向かって同じ説明を叫んでいた。
村長の家は、木造の平屋だった。
通された部屋で待っていると、扉が開いた。
入ってきたのは、少女だった。二十歳そこそこ。動きやすそうなシャツにパンツ、足元は安全靴。頭に、長い兎の耳が生えている。
「村長のキャルル・ムーンハートです。リーザを助けてくださったとか」
丁寧に頭を下げられて、俺は慌てて立ち上がった。
「大野誠です。……村長さん、お若いですね」
「よく言われます」
キャルルは笑って、俺の正面に座った。そして、その笑顔のまま言った。
「それで。定住の許可をご希望とのことですが、この村に何を落としていただけますか」
空気が変わった。
「うちは三国の緩衝地帯です。素性の分からない方を置けば、三国のどこかが『間者だ』と言い出します。それを黙らせるには、その方が村の役に立っている実績が要ります」
耳がふわふわしている割に、言っていることは完全に決裁権者のそれだった。
(面接だ)
久しぶりの感覚だった。
「大野様。あなたは何ができますか」
「戦えません」
正直に言った。
「魔法も使えません。体力もありません。三十五歳です」
キャルルの耳が、ぴくりと下がった。
「ユニークスキルはあります。【発注】といって、書いたものが地球から届きます。ただし代金は実費で引かれます。今の残高は二百二十二円です」
「……二百二十二円というのは」
「うまい棒が二十本買えます」
沈黙が落ちた。
隣でリーザが「マコト様は本当はすごいんですって!」と必死にフォローしているが、キャルルは黙っていた。
俺は続けた。
「なので、能力の話はやめます」
そして、机の端に積まれた紙の束を指した。
「その帳簿、見せていただけませんか」
キャルルは、少し迷ってから、紙束を寄越した。
文字は読めなかった。異世界の文字だ。
だが、数字は読めた。位取りが同じだった。神様、そこだけは仕事をしたらしい。
「これ、兵糧の仕入れですか」
「はい。三国の駐屯兵に卸している分です」
「ここ、何の数字ですか」
「樽の単価です」
俺は指で追った。
同じ樽が、月によって値段が違う。それも、上がったり下がったりではなく、四月から一段上がって、そのまま戻っていない。
「四月に、仕入れ先を変えましたか」
キャルルの動きが止まった。
「……よく分かりましたね。前の商会が畳んで、別のところに」
「その新しい商会、間に一枚噛んでませんか。作ってる人から直接じゃなく、誰かを通してる」
「……通しています。紹介してもらったので」
「じゃあ、その紹介料が単価に乗ってます。ずっと」
俺は数字を並べ直した。
「月に樽が三十。差額が一つあたり、この単位で……仮に銀貨換算で計算すると、年間でだいたい金貨四十枚」
言い終わってから、しまった、と思った。
金貨の価値を知らない。四十枚が大金なのか小銭なのか、俺には分からない。
だが、部屋の空気が答えを出した。
キャルルの兎耳が、ぴん、と真上に立った。
「——ニャングルさんを呼んで!」
飛び込んできたのは、猫だった。
正確には、猫耳の男。二十代半ば。仕立ての良い上着に、煙管をくわえている。
「なんや騒々しい。ワテ今、月末の締めで——」
「ニャングルさん。この方が、四月からの兵糧単価の話を」
猫が俺を見た。そして帳簿を見た。俺が指した行を見た。
煙管が、ぽとりと落ちた。
「……嘘やろ」
「ニャングルさん?」
「気づいとった。気づいとったんや、ワテは」
ニャングルは帳簿を掴んで、震える手でめくった。
「せやけど、あの商会は隣国の役人の縁でな。切ったら村ごと難癖つけられる。せやから飲むしかない思て、ワテがずっと——」
そこで言葉を切って、猫は俺を睨んだ。
「あんた、誰や」
「事務です」
「事務がなんで初見で気づくんじゃ」
「単価が四月から一段上がって、戻ってないからです。相場が動いたなら上下します。上がりっぱなしなら、それは相場じゃなくて、構造です」
俺は紙を裏返した。
「切れとは言いません。切れないんでしょう。だったら、その紹介料に見合う仕事をさせればいい。今、その商会、樽を運んでるだけですよね。倉庫まで運ばせて、検品も向こうにやらせて、支払いを翌月末に伸ばす。同じ金額でも、うちの手間と、手元に残る現金が変わります」
ニャングルの目が、すっと細くなった。
商人の目だった。
「……兄さん。それ、向こうが飲むと思うか」
「飲まないなら、その条件を書面にして『飲めない理由を書いてください』と返してください。役人の縁で押してきてるなら、文章に残る形で断れる人間はまずいません」
猫が、ゆっくりと煙管を拾った。
そして、深く息を吸った。
「キャルルはん」
「はい」
「こいつ、雇え」
「ポポロ・コーポA301。空いてます」
キャルルが鍵を差し出した。
「村の事務員として雇用します。給金は手取りで月十五万円相当。安いのは、うちが赤字だからです。ごめんなさい」
「十分です」
俺は鍵を受け取った。
「一つだけ、条件があります」
「なんでしょう」
「予算のない仕事は、受けません。責任者が決まっていない案件も、通しません。金の裏付けがない計画は、止めます」
キャルルが目を丸くした。それから、ふっと笑った。
「……それ、村長の私が一番言われそうですね」
「言います。何度でも」
「じゃあ、遠慮なくお願いします」
兎耳の村長が、手を差し出した。
握り返した手は、思ったよりずっと硬かった。剣ダコとは違う。何かを毎日、力いっぱい握り続けている手だった。
その夜。
俺は空っぽの部屋の床に座って、発注書を出した。
発注可能残高:222円
明日から、この数字が動く。
そう思ったら、少しだけ、眠れそうな気がした。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




