第一話 再会のパレード
晴れ渡る空に響くラッパの華やかな音色に合わせて、煌びやかな行列が王都の中心に張り巡らせた街道を行く。
王宮騎士の堂々たる隊列の後ろに王宮の侍女たちの美しい馬車。そして騎乗した近衛騎士たちに守られた一際大きな王族のための馬車が行く。馬車の窓からは国一番の美貌を持つと謳われている白銀の髪の王子が手を振っている。
陽にあたっていなくても彼の回りはキラキラと明るく見える。王族特有の傲慢さはあるものの、天真爛漫で民にも人気だ。
民が歓声と花びらを撒き散らし、彼の栄光を讃える。
そんな明るい場所から少し距離を置いて、彼は遠巻きにその王族のパレードを見つめている。
彼が王都へ来たのは「お使い」の為だった。
そうして彼は出会ったのだ。文字通り、キラキラ王子に。
間違いない。
そう彼は確信する。
彼のマントが風にはためく。深い青に銀と金の糸で細かく刺繍された紋様が光を反射する。その紋様と同じ柄のアザを顔に持つ彼の夜色の瞳が少し陰る。
出会ったのは運命?
彼はじっと馬車の窓の奥に隠れているキラキラした存在を見つめる。
迷いはしない。けれど心中は複雑だ。
エンゲルハーノス・リザリス。愛称はゲル。彼は生を受けた瞬間から呪いとも思える宿命を背負っていた。その宿命の相手が、あの白銀の王子だと今確信している。
彼は黒髪と紋のある顔を隠すようにマントのフードを被った。
明るい場所とは反対の方へ消えていく。
いかに宿命とは言えど、正面から彼の元へ出向くには少々問題があるように思う。さて、どうするか。
考え事をしながらゲルは背後の気配に頷いて見せる。
「うんうん、じゃなくて。若、急にどうされたのです」
すぐ後ろの背の高い屈強な出立の青年が眉を寄せて非難する。彼のお目付け役リュッテ・エノズー。褐色の肌に目の醒めるようなスカイブルーの瞳。獅子のような金髪に少し焦茶の毛が混じるまだらの髪色。大きな瞳に大きな口、そして高い鼻梁が雄々しい美貌を彩る。
「リュッテ、あいつがいた」
ゲルの言葉に彼の側近たちが立ち止まる。ゲルも足を止めてリュッテを振り返った。
「確かですか」
ゲルの左右を囲むように痩身の影が現れて問う。瓜二つの中世的な美貌。淡い茶髪に同じ色の瞳が優しげな印象の妖精のような儚い容姿。その割に新緑のマントから覗く腕は細い割にバランスの取れた筋肉に覆われている。右がラッティーヌに左がウィーカ。男女の双子だが、性別の見分けが付かないほど似ている。
ゲルに今確認を取ったのは女性のウィーカだった。
「ああ。こんな所で会うとは思わなかった」
思案顔でゲルが言い、動揺を見せる。
「若、このまま里へ戻りましょう」
リュッテの言葉にゲルは首を振った。
「はっきりさせたいんだ。運命が私にそうしろと言っている」
「なりません。相手は王族です。若の身に危険が及ぶかもしれません」
ラッティーヌが渋い顔をして言ったがゲルの眼差しには強い意志が秘められている。
言い出したら聞かない主君に渋い顔を見せて彼は最側近のリュッテを伺う。
リュッテは厳しい表情で頷いた。
「では手早く済ませましょう」
ゲルは前を向いたまま、視線だけリュッテに向ける。まさか賛成してくれるとは思わなかったのだ。
「若の苦悩を取り除ける機会があるのならば私はお助けするまで」
決意のこもった言葉にゲルは視線を前に戻した。
彼の夜色の瞳に星が煌めく。
「はっきりさせる」
彼はそう言って足を早める。思わぬ所で予定にない目的地が決まった。
遅かれ早かれ宿命と向き合う運命だったのだと彼は思った。
カルバルニ王国の王太子セルグルは白銀に輝く美しい容姿を持っている。月を想わせる繊細な美貌に太陽を想わせる力強さが秘められて、ただただ輝かしい存在であると謳われている。まるで神の愛子のような。
誰に対しても分け隔てなく接し、心優しい王太子は国の自慢だと民にも好かれている。実際社交界でも紳士的な彼に魅了されて、立太子される以前に反対派閥からごっそり擁立派へ鞍替えした貴族たちが多すぎて第二王子との争いも起きなかったと言うのだからその人気ぶりが窺えた。
セルグルはパレードから王城へ戻った後に幾つかの政務を終わらせ休憩に入った。
執務室の隣に設けられた休憩スペースは彼のお気に入りのもので満たされている。
香りの良い茶葉の入ったクリスタルのキャニスター。ガラス細工の美しいグラスや光を放つ珍しい宝飾品。明るい金色の絹織物。どれも手に入れることが難しい逸品だ。それらは彼の寂しい心を満たす美しいものたち。キラキラと輝くもの儚いものが好きなセルグルの宝物たち。
従者のレンがお気に入りのお茶の入った美しい柄の入った陶磁器の薄いカップを手渡してくれる。熱いのが苦手な彼のためにぬるい温度になっている。
「パレードが思ったよりも盛況で良かったですね」
レンの言葉にセルグルは大きく頷いた。
「本当は囲いのない馬車が良かったんだけどな。危ないから止めろってキンジスが」
近衛隊長の名を出して彼は渋い顔になる。
「あいつは何でも危ないって反対してばかりだ。俺の希望を叶えてくれたことなんて一回もない」
「仕方ないですよ。殿下の大切な身を守るのがキンジス様のお仕事ですから」
「にしても、だ。俺の希望を叶える警備体制を築けば良いだけの話だろ?」
セルグルは普段の王太子としての他所行きの顔を脱ぎ去って不機嫌な顔を見せる。
世間では穏やかで礼儀正しく、誰に対しても慈愛に満ちた顔を見せる王太子は神の愛子のようだと噂されている。しかし、彼の素顔は少し違った。
「殿下はよく頑張っておられますよ」
「そうだろ?みんな俺がすることが当然だと思ってる節があるけど、俺は王太子だぞ。尽くされる側の存在だ。何を勘違いしてるんだか」
ブツブツと不平を吐き出して彼は眩いばかりの白銀の髪をぐしゃぐしゃと右手で掻き乱す。せっかく整えられていた美しい髪は寝起きの爆発したての様相を醸し出す。
「殿下、お茶でも飲んでゆっくりして下さい。甘いものもお出ししましょうか」
「いや、いい。この後謁見があるからな。食べて眠くなったら困る」
セルグルはお茶を飲み干して一息ついた。
彼の機嫌が直るのを見計らってレンが侍女を部屋に入れて髪を手直しさせる。
「謁見に来る客は決まった奴ばかりだったな?」
セルグルの言葉にレンは頷く。
「事前に審査に通った貴族ばかりです。殿下の信望者ばかりですのでご安心下さい」
「うん」
子供のように頷いてセルグルは息をついた。ソワソワする心に意識が持っていかれそうだった。こんなことは初めてで、何かの病気なのかと思うが周囲には漏らせない。王太子として隙を見せることはできないのだ。こんな落ち着かない気持ちは初めてだった。
用意が整って立ち上がると、近衛騎士たちが四方を囲んでくる。
城の中の移動も完全な警護が敷かれている。
謁見の間に到着するとその場にいた貴族たちが一斉に膝を折って彼に敬意を表す。
堂々たる風格で王族のための椅子に腰を落ち着かせるとラッパの合図が入る。
謁見の順番は事前に決められている。
口上も所作も決まりきったものだ。
にこやかな笑顔の仮面を顔に貼り付けて彼は難なく謁見をこなした。
最後の貴族がお辞儀をして下がると彼は立ち上がる。
長時間の謁見に少しイライラしてきているが、王太子らしく穏やかに微笑んだまま立ち去ろうとした。その時。
疾風が彼の横を走り抜けた。
思わずよろめいて、彼は目を瞬かせる。
「なんだ?」
心臓が早鐘を打つ。
何が起こった?
彼は突然目の前に現れた青年に意識を向ける。
深い青色のローブのフードを目深に被った青年の漆黒の瞳だけが異様に心を鷲掴みにしてくる。誰だ?顔が見たい。
心臓が悲鳴をあげそうなほど鼓動を激しく打っている。
「お前は?」
彼の掠れた声に相手は瞬きをした。
「私を覚えていない?」
そう問われてセルグルは胸を剣で一突きされたような感覚に陥る。
この声はきっとどこにいても聞き分けられる自信がある。
「顔を見せろ」
取り繕うことも忘れて傲慢に命令して見せると彼はフードを脱いだ。
現れたのは夜色の髪と瞳。意思の強うそうな美貌の青年はセルグルを真っ直ぐに見つめている。彼の色白の肌には何かの紋様が刻まれている。
知らない顔なのに知っている。
セルグルの全身に鳥肌が立った。
一瞬なのか、それとも長い時間なのか。見つめ合ったまま動けなかったセルグルは夜色の彼が目を逸らしたことに何故かムッとした。
どうして目を逸らした?
だが彼はもうセルグルを見なかった。しかしその形の良い唇から言葉を紡ぎ出す。
「お前は……いや、あなたは私の番だという自覚はおありか」
耳に心地良い声だ。しかし。
彼の問いに王子は不愉快そうに眉を顰める。
「何を言っているのだ」
平民の分際で。
そう思っていることが彼には分かったようだった。言葉にしない思いも伝わってしまう。取り繕っても彼には全て伝わってしまうのだと悟った。
「そうか。ではこの契約は無かったことに」
青いローブを翻して彼は背を向けてしまった。
「そもそもお前などとの間に契約など何もない。ある筈がなかろう。縁も所縁もない者が偉そうに私に口をきくなどとあってはならないことだ。それにそのアザ。気持ちが悪い」
傲慢と言い放つ王子の姿に彼の背中は無言を貫く。
顔が見えなくても、彼のその夜色の瞳に星が煌めいているような気がして、一瞬王子は目を瞬いた。
しかし彼の背中から伺える感情は凪いだ水面のように揺らがない。
「もういい。お前が、いや、あなたがそのような心持ちであったのならば誤解した私が悪かったのだろう。もう二度と関わろうとしないと約束する。そしてこの身の契約も破棄されると確約する。安心なさると良い」
「契約だとか何を言っているのかさっぱりだ。衛兵、早くこの者たちを連れ出せ」
不愉快そうな王子の珍しい姿に騎士が我に返って彼に迫る。だが軽く身を交わして彼は風のように去っていく。
「もう二度と会いたくもない」
彼の言葉がまるで耳元に囁かれたようにセルグルには聞こえた。
その瞬間、胸が張り裂けそうに痛くなってくる。心臓を抉られ、血がどくどくと溢れ出しているのではないか。そう錯覚するほど強烈な痛みだ。これは喪失の痛み。
失くしたのだと彼は本能的に悟った。だが何を?
実際に目にした訳ではないのに彼の凪いだ夜色の瞳が忘れられない。
「くるしい」
王子が膝をついて倒れたことで、騒ぎは別の方向へ向かって行ったのだった。




