表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/23

第6話 朝の部屋と、花のダンジョン


 朝、目が覚めて最初に思ったのは、あ、いる、だった。


 寝室の真ん中。昨夜こよみが敷いた簡易布団。


 そこに本人がちゃんと収まっている。白銀っぽい淡い髪が、カーテンの隙間から入る朝の光を受けて、ふわっとやわらかく光っていた。


 ……いるなー。


 いや、昨夜からいる。わかっている。寝る前にも見た。


 見た上で、寝る場所もちゃんと別だった。


 こよみは布団。俺はベッドでもふっと丸くなる。


 同じ部屋に女の子がいる、という事実だけで妙に落ち着かなかったのも本当だ。


 そのわりに、朝の体調は思ったよりずっと良かった。


「キュー」


 寝ると妙に回復する。これ、たぶんキグルミの仕様だ。


 昨日の押し入れ野良の配信と、その前のごたごたを思えば、もっとへろへろでもおかしくないのに、頭はすっきりしている。


 体の汚れたような感じもない。

 

 風呂に入らなくても平気そうだし、腹も減っていない。


 ただ、減っていないだけで、食べられないわけじゃないのがまたややこしい。


「……ん……」


 布団の方でもぞっと動きがあった。こよみが目を開ける。


 数秒ぼんやりして、それからすぐにぱっと顔を明るくした。


「おはよう、キューちゃん!」


 朝から元気だな、本当に。


「キュー」


 短く返すと、こよみは上半身を起こして、寝癖を手で直した。


「ちゃんと寝られた?」


 寝つきは微妙だった。落ち着かなかったし、何度か耳が気になって変な向きになった。


 でも寝たあとの回復はかなりいい。


 俺が少し首を傾げると、こよみはうんうんと勝手に納得した。


「そっか。二度寝だけじゃ足りないよねー」

 

 わかる! わかるけど!


「わたしもこんなにしっかり寝たの久しぶりだよー。ずっとダンジョンにいたからね」


 すごいな!? 確かに住所不定な感じはあるけど。


 こよみはすぐに立ち上がって、買ってきたらしい食パンと紙パックのスープ、それからジャムを並べた。


「朝ごはん、これでいい?」


 いいもなにも、用意してくれるだけでだいぶ助かる。


 俺はうなずいて、差し出されたトーストを受け取る。


「あ、食べるんだ!」


 こよみがちょっと驚いた顔をする。


「キュー」


「よかった……全然食べない仕様だったら、ちょっとどうしようかと思った」


 仕様って言われると、なんか道具扱いっぽいなと思う。いや、だいぶ道具寄りの体ではあるんだが。


 俺はトーストを一口かじった。ちゃんとジャムの甘さがわかる。


 食べる必要はない。


 でも、食べればちゃんとおいしい。


 その感覚がまだ少し不思議だ。


「でも、お腹すいてるって感じではないよね?」


 するどい。


「キュ」

 

「うーん……なるほど。食べられるけど、食べないと困るわけでもないのかも」


 そう。


 そうなんだが、それ以上は俺にもわからない。説明できないのがいちばん面倒だ。


 朝食を終えたところで、支度。


 フライが静かに羽ばたき、ホログラムが開かれる。


「見て見て!」


 こよみがすぐに身を乗り出した。


「また増えてる!」


 登録者数。待機人数。切り抜き一覧。数字が朝から妙に元気だ。


 昨日より、確実に上がっている。たった一晩でここまで伸びるものなのか、と少し引く。


「やる気出たー! よーしじゃ、配信開始!」


『おはよう』

『キューちゃん待機』

『今日はどんな場所だろ』

『押し入れ野良ガチャ楽しみ』


 こよみが腰に手をあてた。


「今日も押し入れの中の野良ダンジョンです! 深追いはしません!」


 本当かなー?


 なんかうちの野良ダンジョンは信用できない。


 当たり前だが、どう考えても初心者向けじゃない気がする。


 スライムとかゴブリンとかバットとかいないし。


『深追いはしない』

『とかいってね』

『キューちゃんちょっと寝起き顔では?』


 寝起き顔ってなんだ。


 俺の顔はだいたい同じじゃないのか。


 こよみがこっちを見る。


「キューちゃん、まだちょっと朝っぽいね」


「キュー?」


「うんうん。でも、やる気まんまんなんだね!」


 顔色がわかるのか、聞きたかったのだが、まあいいか!


 俺たちは押し入れの前に立った。


 いつもの紫と黒のぐるぐる。


 見慣れたような、まったく慣れないような、不思議な入口だ。


 ダンジョンはまた……見たことのない風景すぎた。


「わあ……」


 こよみが思わず声を漏らす。


 そこは花の洞窟、といえる場所だった。


 黒い岩壁。天井から垂れる細いツル。


 そこに咲く、青白く発光する花。


 花びらの縁が淡く光って、洞窟の中をやわらかく照らしている。


「花だ……!」


 こよみの声が高くなる。


「自然発光? してる! すご!」


 たしかに、綺麗だ。


 綺麗なんだが、なんか落ち着かない。


『綺麗』

『また別ゲーじゃん』

『花ダンジョンすご』

『映えるけど異質だな』


「でしょ!」


 こよみがコメントに返す。


「こんなとこ他の配信でも見たことないよね!」


 そうなんだよなー!


 視聴者も、たぶん同じことを思っているんだろう。


 なぜこんなことに……。


 よくある野良でもない。公式ダンジョンでも見たことがない。


 こよみは一歩先へ出て、壁際の花を見ようとした。俺は反射でその袖をもふっと掴む。


「わっ」


 こよみが振り返る。


 綺麗だが、あまり気軽に近づきたくない。


 こよみは少しだけ目を丸くして、それから素直に頷いた。


「うん、そうだよね。綺麗でも、やっぱり食べちゃダメだよね」


 食べる気だったのか!?


 花を見て最初に「食べていいかな」が出るの、だいぶサバイバルスキル高い。


 少し進むと、床にも青白い花びらが散っていた。


 俺は自然と壁際と床の境目ばかり見る。


 配信機材を抱えて危ない場所を歩いていた癖なのか、こういう時は明るいところより『変な影』の方が先に気になる。


「なんか」


 こよみが声をひそめる。


「綺麗なんだけど、閉じてる感じするね。なんていえばいいんだろう」


 その言い方は正しかった。


 俺たちは、入口から少しだけ離れたところで足を止めた。


 今日はこのくらいにしておく。その判断自体は、たぶん正しい。


『今日は平和回だな』

『こういうのも好き』

『花ダンジョンきれいだった』


 コメントの空気も和やかになっていた。


 こよみも、ほっとしたように笑う。


「うん、今日はこのくらいで——」


 そこで、俺は何気なく一歩だけ前に出た。


 ふわり、と。


 すぐ近くの発光花が、一輪だけ開いた。


「……え?」


 こよみが止まる。俺も止まる。


 すると、その先の花がひとつ、またその先がひとつ、順番にふわり、ふわりと開いていった。


 一直線に。まるで、奥へ続く道を示すみたいに。


 俺がもう一歩踏み出す。


 また少し先の花が開く。


 止まる。


 花も、それ以上は開かない。


『偶然?』

『いやそろいすぎでは』

『道になってる』

『綺麗なのにちょっと怖い』


 こよみの青い瞳には、わくわくと、少しだけぞわっとした感じが混ざっていた。


「これ……」


 小さく言う。


「歓迎っていうより……呼ばれてる、の方かも」


 俺は花の開いた先を見た。


 洞窟のもっと暗い奥。


 花の開いた先だけ、光っているのに黒かった。


 ここ、浅い場所じゃない……。


 この野良ダンジョンは……やっぱり普通じゃない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ