第4話 押し入れダンジョンで、ワンパンしちゃいました
「行ってみようよ!」
フライが映すホログラムへ、短いコメントが流れる。
『偵察だけにしよう』
『押し入れ野良はじめて見た』
『楽しそー』
『見たい見たい』
他人事だなぁー!
こっちは帰る場所の一部がダンジョン化している当事者なんだが!
夜中に押し入れから魔物が顔を出して「こんばんはー」してきたら、困るでは済まない。
「キューちゃん。ちょっとだけ見てこよ? 危なかったらすぐ戻る。絶対に無理はしない」
『絶対』と『無理しない』が同時に出た時点で、少し怪しみが深い。
でも、ここで一人で行かせる方がもっと落ち着かない。
「キュー」
こよみが、ぱっと笑った。
「うん! じゃあ、押し入れ偵察隊、出発です!」
隊の規模が軽い!
いや実際二人と一台なんだが。
ワープに触れると何かを抜けるみたいな感触……次の瞬間、視界が反転した。
ひんやりした空気。
鼻先にかすかな土の匂い。
そして……足元の頼りなさ。
押し入れの先は、細い石橋の上だった。
「わっ……!」
後ろから入ってきたこよみが、慌てて足を止める。
石橋は古く、両側に手すりもない。
「下が暗くて何も見えないね……!」
落ちた先が浅いのか深いのか、それすらわからない。
橋の向こうには、壊れた柱と半円形の広間が見える。
直接入口の近くに出るわけじゃない。
野良ダンジョンらしく、いきなり内部の変な場所へ飛ばされたらしい。
「押し入れの続きがこれって、落差がすごいね……」
こよみが小声で言う。
「家の中から入ったのに、いきなり『落ちたら終わりそうな橋』なの、ちょっと容赦ないかも」
確かに。
ん?
見ると、左右の壁際に小さな穴が並んでいた。飾りには見えない。
あ、これ、多分、罠だ。
俺は後ろへ手を出した。
止まって、の意味で。
こよみがすぐに気づく。
「あ、罠?」
うなずく。
「わ、すごい。もう見えてるんだ……! 『色の違う石は踏まないで、壁の穴にも気をつけて、と神は言っている』ってことだよね!」
すごい解釈されてるな、神。
こよみは俺の足跡をなぞるように、そろそろと橋を渡り始めた。
「こういう時のキューちゃん、あれだね。無口な先導者だね。我思う故に我有りだね。頼もしいね」
ツッコミたい……!
でもそれどころじゃない!
橋の半分を過ぎたところで、左壁からひゅっと風を切る音がした。
俺は反射でこよみの肩を引く。
次の瞬間、細い鉄杭が一本、彼女のほおのすぐ横へ突き刺さった。
「ひゃっ……!」
こよみの身体が俺の方へぐらつく。
俺はそのまま支える。
石橋が嫌な音を立てる。心臓に悪い。ものすごく悪い。
こよみは自分のほおに手を当てて、それから刺さった鉄杭を見た。
「い、いまの……完全に危なかったよね」
そうだよ。
本当に危なかった。
俺がうなずくと、こよみは少し息を整えてから、真顔で言った。
「ありがとう、キューちゃん。いまの、そっちは死線であるって感じだった」
どうしてそんな叙情的な翻訳に……。
ホログラムの端に、短いコメントが流れる。
『ちゃんと守った』
『今の危な』
『グロ注意』
橋を渡り切った先の広間は、想像より広かった。
中央にはひび割れた石像。
周囲には崩れた柱。
「この広間、静かすぎるね……」
こよみが声を潜めた。
「こういう静かなところって、悪いことがよく起こるんだよね……」
わかる。
俺もそう思う。
その時、広間の右奥の影がざわっと動いた。
次の瞬間、灰黒色の影が三つ、石柱の間から滑り出る。
狼だ。
ただの狼ではない。
脚が長い。肩が高い。
背中の毛は刃みたいに逆立っていて、目は黄色く光る。
群れで動く探索者泣かせの魔物——グレイウルフ。
Dランク。だが、群れになると面倒どころの話じゃない。
「うそ、グレイウルフ……!」
こよみが小さく叫ぶ。
「単体ならまだしも、群れは危ないよ! しかもこういう広間で囲まれると」
説明の途中で、グレイウルフたちがじり、と広がった。
一匹が左。
一匹が右。
一匹が正面。
囲む気満々である。
「どうする……!?」
こよみの声が少しだけ強くなる。
俺も、それを考えていた。
真正面から殴りにいけなくはない。
しかし、こよみが危険にさらされるかも知れない。
グレイウルフの一匹が、ノドの奥で低く唸った。
ぐるる、と腹へ響く音。
その音に合わせて、別の一匹が少しだけ腰を落とす。
『跳ぶ気だ』
『まずい』
チャットが見えた……その時だった。
広間の奥で、ず、と低い振動が鳴った。
重い。
地面の底が息をしたみたいな、鈍い揺れだった。
グレイウルフたちの動きが、ぴたりと止まる。
次に、一匹が耳を伏せた。
もう一匹が後ずさる。
群れが、おびえている。
「……え?」
こよみが広間の奥を見たまま固まる。
暗がりの中で、何か巨大なものが動いた。
「床のひび割れが盛り上がってくる……?」
いや違う。
地面そのものみたいな背中が、闇の中からせり上がってきている。
岩みたいな鱗。
土をまとったような角。
太い首。
爪が石を砕く。
それは、ゆっくりと頭を上げた。
アースドラゴン……!?
Sランク……。
「うそ……」
こよみの声が細くなる。
「アースドラゴン……ほんものの……?」
グレイウルフたちは、もう完全に腰が引けていた。
群れでこちらを囲んでいたはずなのに、今は逃げる機会ばかり探している。
その様子だけで、アースドラゴンの格が身に伝わる。
「グルルルルルルルル」
アースドラゴンは鼻先から重い息を吐き、ゆっくりとこちらを見た。
獲物の値踏みみたいな視線。
そして、俺ではなく。
こよみを見た。
『やべええええええ』
『Sランモンスターだ』
『グロ注意』
ものすごく嫌な予感。
「え、ちょ、こっち見てない……?」
こよみが後ろへ身を引く。
アースドラゴンの喉が、ごう、と低く鳴る。
次の瞬間、その巨体が前へ出た。
速い。
翼は無いくせに、ひどく速い。
『食われる!!!』
『怖い怖い怖い』
『やばすぎる』
こよみも気づいたらしい。
息を呑みながら足を引こうとして、石像の崩れた台座にかかとを取られる。
「きゃっ……!」
身体が傾く。
アースドラゴンの口が開いた。
牙が見える。
「キュー!!」
考えるより先に、身体が前へ出ていた。
それだけで十分だった。
俺はこよみとアースドラゴンの間に滑り込む。
「グルァァァァァァァァア!!!」
視界いっぱいに、鋭利な牙と岩みたいな鱗。
拳を振りかぶる余裕はなかった。
もふっとした白い手を、そのまま前へ突き出す。
ずがん!!!
空気が震えた。
「ゴガアアアアアアア」
次の瞬間——アースドラゴンの頭が横へ飛び、そのまま巨体ごと壁へ消えた。
石が砕け、粉塵が一気に舞い、広間の向こうで重い音がひとつだけ響く。
静かになった。
「……え?」
こよみが、すぐ後ろで小さく声を出す。
短かった。
あまりに短かった。
俺も少し、呼吸を忘れる。
アースドラゴンは、壁際で動かなかった。
ホログラムが、そこで一気に跳ねる。
『え?』
『ワンパン!?』
『アースドラゴンを?』
『なんだこいつ』
『なんだこいつ』
『なんだこいつ』
——なんだこいつ。
その一文が、画面の端で妙に強く残った。
こよみは壁際のアースドラゴンと俺を見比べ、それから目を輝かせる。
「キューちゃん……!」
嫌な予感がした。
「『受けてみよ!! 我が全霊の拳を!』ってこと!?」
いや、そんなどこかの拳王みたいな感じじゃない!
確かにSランクの竜を壁まで飛ばしているんだが。
やはりというか、こよみはもう完全に興奮していた。
「すごい! すごいよ! しかも無言! しかも一発! しかもわたしの前に入って、そのまま、どんって……!」
説明が勢いだけなのに伝わるのがすごい。
フライの端で、小さな通知が跳ねた。
【この配信で切り抜き作成中:9件】
短い沈黙のあと、こよみがホログラムを見て、ぱっと顔を上げる。
「キューちゃん」
その声は、さっきまでより少しだけ熱かった。
「これ、バズるかも」
俺はもふっと手を頭の上に置いた。
うれしいとか困るとか、その前に胸の中にあったのは、やっぱり一つだけだった。
嫌な予感しかない。




