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第3話 キューちゃん爆誕


 その娘の目が、きらっと光った。


 普通、壁ごとキノコ魔物を吹き飛ばした謎の白い何かを見たら、もう少し警戒すると思う。

 

 距離を取るとか、武器を構えるとか、そういう流れがあるはずだ。


 なのに、その娘は違った。


「すごい……!」


 最初がそれだった。


 すごい、じゃない。


「助けてくれたんだよね!?」


 違ーう!


 違うけど、結果だけ見ればそうなるよな……。


 俺がもふっとした手で顔を覆うと、その娘はなぜか感動した顔になった。


「わ、いまの仕草……『正体を明かせないから多くは語れない』って感じ!」


 違いまーす!


 ただただ現実を受け止めきれていないだけだ。


 顔の横で、フライが静かに羽ばたいた。


 ホログラムのチャットが二、三行だけ流れる。


『なんか当たってはなさそう』

『少女つよい』

『でもかわいい』


 その娘は、はっとしたように胸に手を当てた。


「あっ、先に自己紹介しなきゃだよね!」


 そう、それは大事だ。


 そこはちゃんとしてほしい。


 女の子はぺこっと頭を下げる。


「わたし、鬼無里(きなさ)こよみです!」


 明るい声だった。


 暗いダンジョンの中で、その声だけ少し地上の光を帯びた……ような。


「あなたは?」


 来た。


 最大の難所が来た。


 俺はしゃべれない。


 このキグルミに包まれてから、出せる音は「キュー」だけだ。


 でも、ここで黙るのも変だ。


 名乗り返したい。ものすごく返したい。


 俺は覚悟を決めて口を開いた。


「キュー」


 だよな。


 終わった。


 こよみの目が、ぱあっと輝く。


「キューちゃんって言うんだ!」


 違う!


「キュー! キュー!」


 違うってば!


 俺が両手をぶんぶん振ると、こよみはもっと嬉しそうに身を乗り出した。


「わ、喜んでる喜んでる! そうなんだね!」


 喜んでない!


 全力の抗議なんだが!?


 俺が頭を抱えると、こよみはうれしそうに何度もうなずいた。


「うん、決まり! わたしはこよみで、あなたはキューちゃん!」


 決まってない。


 決まってないのに、なんでそんな満場一致みたいな空気になるんだ。


『キューちゃん爆誕』

『ですよね』

『本人めっちゃ否定してそう』

『でももうキューちゃんにしか見えない』


 何故だー!


 だが、否定の声しか出ない以上、こよみの中ではもう確定事項らしかった。


 恐ろしい子だ。人の命名権をこんな明るく奪わないでー。


 こよみはそこでようやく周囲を見回した。


 吹き飛んだキノコの残骸。崩れた壁。暗い遺跡層。


「……ここ、長くいたら危ないよね」


 それは本当にそうだ。


 俺はこくこくと強くうなずいた。


「うん。だよね」


 こよみは腰のポーチを探り、小さな黒い筒を取り出した。銀色の刻印が走る、見慣れた形だ。


 帰還アイテム《リーパー》。


 世間にも知られている、探索者向けの帰還用アイテム。


 登録した帰還地点へ戻るための、消耗品の保険みたいなものだ。


「これ使おう!」


 こよみはそう言って、それを俺へ差し出した。


「いまのキューちゃん、一人だと危ないし……話せないし……それに、何するにもまず地上に戻らなきゃだもんね」


 全部正しい。


 正しいが、判断が早い。


 びっくりするくらい早い。


「リーパー、手を繋げば二人で同じ場所に戻れるんだ。近い方の登録地点に一緒に飛べるはず。たぶん、キューちゃんの帰る場所に飛べるよ!」


 俺は少しだけ迷った。


 でも、ここに残る選択肢はない。


 おそるおそる白い手を出すと、こよみはにこっと笑って、その上からきゅっと握った。


「もふもふだぁー!」


 感想が先に出る!


「いくよ、キューちゃん!」


 リーパーの刻印が淡く光った。


 足元の感覚がふっと消える。


 次の瞬間。


 ——見慣れた古い部屋が、目の前に広がっていた。


 ローテーブル。


 壁際の棚。


 安っぽいカーテン。


 古いエアコン。


 そして——、これが俺の家。


「わあ……!」


 こよみが素直に感動した声を漏らした。


「和風!」


 なんで初対面の女の子が、当然みたいに俺の部屋の真ん中にいるんだろうな。


 こよみは少しだけきょろきょろしたが、遠慮がないというより、単に状況確認をしているだけらしかった。


 そこが逆に困る。


「よかったあ。ちゃんと戻れる場所があって……あ、キューちゃんのドローンも来てる」


 フライは天井近くで静かに羽ばたきながら、こっちを映していた。ホログラムのチャットもまだ細く繋がっている。


『フライっていうんだよ』

『帰還成功』

『キューちゃんの家!?』


 こよみはそのチャットを見て、「へー、フライって言うんだぁ」と呟く。


「わたし、探しものがあって一年間ダンジョンで暮らしてたの。お父さんの研究に関係あること探してたんだ」


 なんだ。


 思ったより真剣な事情じゃないか。


「だから、わたしも情報を集めたいんだ。キューちゃんと同じだね!」


『人間技じゃねー』

『こよみちゃん、いい子だな』

『一年間ダンジョンで暮らしてた!?!?』

『すげーな。こよみちゃん』


 そして、こよみは、ぱんっと手を合わせた。


「これは……運命だよ!」


 なんか……大丈夫かな。


「キューちゃん、情報が足りないよね。だったら、人に聞くのが早いよ!」


 その結論に行くのが早い。


「色々困ってるでしょ! 詳しい人がいるかもしれないし!」


 それはそうだ。


 そうなんだが、俺はまだ地上に帰ってきたばかりで、心が全然追いついていない。


 俺が手を振って遠慮を示すと、こよみはこくこくとうなずいた。


「うんうん、緊張するよね! でも大丈夫! キューちゃんはそこにいてくれるだけでいいから!」


 そうじゃ、そうじゃない。


 なのに、こよみはもうフライの映像設定を調整し始めていた。


 手際がいい。慣れているのだろうか?


「一旦今の配信切って……タイトルは……『助けて! 情報ください!』……かな!」


 ストレートすぎる!


 それでも配信は始まった。


 人は思ったより早く集まった。


 さっきのダンジョンで見ていた視聴者が、そのまま追ってきているらしい。


 こよみは画面の前でぺこっと頭を下げた。


「こんばんは! わたし、鬼無里こよみです! えっと、さっきダンジョンでキューちゃんを見つけました! ここに住んでたということは人?だと思います?? 何かでこの姿になっちゃってて、話せなくなってます! なにかわかる人がいたら教えてください!」


 なんで人に疑問符なんだ?


 人だよ!


 コメントは半分ふざけていて、半分だけ本気だった。


『かわいい』

『でも普通にやばい案件だろ』

『みたことない』

『部屋、思ったより普通だな』


 普通だよ!


 親族が引っ越して使わなくなった古い古い家だ。


 あるのはジャパニーズラウンドローテーブル……そうCHABUDAI。


 必要なものだけがある、寝るための部屋。


 ……の、はずだった。


『押し入れあるじゃん』

『なんか落ち着く部屋だな』

『キューちゃん、押し入れ似合いそう』

『ドラ◯もんみたいに入ってみよう』


 そのコメントを見た瞬間、こよみが「あっ」と声を上げた。


「ほんとだ、押し入れ!」


 特に何も入ってないが、それはどうかなー!


 心の中では全力でそう叫んだが、もちろん口から出るのは「キュー」だけだ。


 こよみはくるっと振り返った。


「ちょっと見てもいい?」


 別に普通の押し入れだから、見たって問題はない。


 でも俺が入るのはどうかな!?


 俺が迷った……その一瞬の間に、こよみはもう押し入れの前に立っていた。


『開けるの?』

『普通の押し入れだろw』


 こよみは軽いノリで、なんとなく、という感じでふすまに手をかけた。


 すうっ、とふすまが開く。


「…………え?」


 こよみが固まった。


 俺も固まった。


 押し入れの中は、押し入れじゃなかった。


 紫色にゆがんで、ぐるぐる回っている。


 なんだこれ。


 ワープゾーンだ!


「野良ダンジョンだー!」


 押し入れの中に、野良ダンジョンの入口が口を開けていた。


 直接どこかへ繋がっているわけじゃない。


 あくまで、ランダムにダンジョンのどこかへ飛ばす『入口』。


 ホログラムのコメントが、少し遅れて弾ける。


『は???』

『野良ダンジョンじゃねーか草』

『押し入れにダンジョン入り口て!』

『じゃ、机の中には……』

『家の中にあるの強すぎる』


 そうだよ。


 こっちが聞きたい。


 こよみはしばらく押し入れの中を見つめていた。


 それから、ものすごくゆっくりと俺を振り返る。


 青い瞳が、信じられないくらい輝いていた。


「キューちゃん」


 来た。


「楽しいね!」


 楽しいかー!?


 なのに、こよみは次の瞬間にはもう、押し入れと俺とホログラムを見比べながら、ほっぺを上気させていた。


「だって、野良ダンジョンの入口だよ!? しかも家の中に!」


 聞いたことはない。


 俺もない。


「しかも、キューちゃんの部屋に!」


 それは俺が一番困ってる。


 こよみは俺の両手をぎゅっと掴んだ。もふもふ越しでもわかる。


 体温が高い。テンションも高い。


「ねえ、キューちゃん」


 こよみは満面の笑みで言った。


「行ってみようよ!」


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