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第22話 朝の白もふ枠


「えっ!?」


 こよみが目を丸くした。


「キュー!?」


 俺もかなり勢いよく身を乗り出す。


 びっくりした。


 普通にびっくりした!


 さっきまで『朝に流しても平気』なんて動画を見ていたところに、本当に朝番組から連絡が来るのは、展開が早すぎる。


「おおー!」


 ルミナもクッションを抱えたまま、楽しそうに身を乗り出した。


「来たねー☆」


「来たねー、じゃないよ!?」


 こよみが慌てて端末を抱え直す。


「え、これ、テレビ? テレビってこと? 朝に流れるやつ?」


「そうだねー。一般向けの情報番組っぽいねー」


「一般向け……!」


 こよみが、さらに目を丸くした。


 ダンジョン配信を普段見ない人たち。


 コメント欄のノリも、切り抜きの文脈も、俺がなぜ「キュー」としか言えないのかも知らない人たち。


 そこに、俺たちが出る。


 いや、待ってほしい。


 俺、喋れないんだが?


「と、とりあえず読むね!」


 こよみがメールを開く。


「えっと……『最近話題のダンジョン配信者として、短時間のご出演をお願いできればと考えております』」


「キュ……」


「『発話が難しい点は承知しており、ご同伴の方を含め、進行を調整したいと考えております』」


 ちゃんとしている。


 かなりちゃんとしている。


 喋れないことも分かったうえで、それでも相談したいと書いてある。話題優先の『面白枠』じゃない。


 ……と、思ったところで、こよみの声が止まった。


「……ん?」


「どうしたのー?」


「続きに……『お子様にも親しみやすい、癒やしの白もふ枠として』って」


「キュ!?」


 癒やしの白もふ枠!?


 俺はいつの間に、そんな枠に入れられたんだ!?


「白もふ枠……」


 こよみが、じわじわとこちらを見る。


「キューちゃん、白もふ枠だって!」


「キュー!?」


「朝の白もふだねー☆」


 ルミナが笑う。


「朝の白もふ……!」


 こよみがなぜか感動した顔になった。


「朝に流しても平気、じゃなくて……朝に呼ばれたんだよ、キューちゃん!」


「キュ……!」


 呼ばれたくて呼ばれたわけじゃない。


 俺は朝なら、できれば寝ていたい側だ。


「今日のわんこ的な?」


 ルミナが言う。


「キュー!?」


 やめてくれ!


 その方向で定着すると、朝の番組で俺が紹介されることになる!


「でも、これかなりいいよー」


 ルミナは笑ったまま、画面を覗き込んだ。


「向こう、ちゃんと見て送ってる。喋れないのも把握してるし、こよみちゃん同伴前提で進行考えるって言ってるし」


「面白枠じゃないってこと?」


「うん。まあ『白もふ枠』ではあるけどー」


「キュ!」


 そこはやめてほしい!


「でも朝番組ってさー、派手さより『感じのよさ』が強いことあるんだよ」


 ルミナが、クッションを抱え直しながら言う。


「キューちゃんたち、わりとそこ向いてると思う。変にとがってないし、空気壊さないし、こよみちゃんが横にいると安心感あるし」


「安心感……!」


 こよみがぱっと顔を明るくする。


「わたし、安心感担当?」


「そうそうー。キューちゃんを朝に流せる感じにする係ー☆」


「キュー!」


 なんだその係!


「でも、テレビなら……」


 こよみはメール画面を見つめたまま、少し声を落とした。


「ダンジョン配信を見ない人にも届くよね」


「キュ……?」


「もしかしたら、キューちゃんのキグルミに似たものを見たことある人がいるかもしれない」


 その言葉で、俺は動きを止めた。


「古い資料を持ってる人とか、研究してる人とか。配信は見ないけど、テレビなら見る人って、いると思う」


 それだ。


 俺たちは、テレビに出たいわけじゃない。


 有名人になりたいわけでもない。


 この白い呪いを脱ぐための、手がかりがほしい。


 人に知られれば知られるほど、面倒も増える。


 でも、情報が届く範囲も広がる。


「キュー!」


 俺は、少し強めに声を出した。


 こよみが、すぐにこちらを見る。


「うん。まずは相談だけでも、だよね?」


「キュー!」


 そう、そこだ。


 出るか出ないかは、そのあと決めればいい。まずは聞く。ちゃんと確認する。やるなら適当にはしたくない。


「じゃあ返信しよ!」


「返信文、いっしょに考えよー☆」


 ルミナがすぐに身を乗り出した。


「まず自己紹介だね!」


 こよみが端末を構える。


「えっと……『白いキグルミの者です』」


「怪異からの手紙みたいになってるー!」


「キュ!?」


 それは嫌だ!


「じゃあ、『キュー本人です』?」


「本人確認が難しいー!」


「たしかに……!」


 納得しないでほしい。


「じゃあ、『配信者キュー本人、および同伴者の鬼無里こよみです』でどうー?」


 ルミナがさらっと言う。


「おお……!」


 こよみが感心した顔になる。


「ルミナちゃん、ちゃんとしてる!」


「これでもルミナ、トップ配信者だからー☆」


 自分で言うんかい!


 実際かなり助かるが。


「発話のことも書かなきゃ」


「うん!」


 こよみが入力する。


「『現在、キュー本人は発話がキュー系に限定されています』」


「急に研究報告っぽいねー」


「キュ……」


 でも事実だ。


 悔しいが、かなり正確だ。


「顔文字のことも書いた方がいいかな?」


 こよみが真剣に言った。


「そこ書くのー!?」


「だって、急に出たらテレビ局の人びっくりするかも!」


「キュ!」


 それはたしかに。


 顔の横に突然、(´・ω・`) が出ます。


 朝のスタジオで何の説明もなく発生したら、たぶん軽く事故になる。


「じゃあ……『感情によって顔文字状の発光表示が出る場合があります』」


「ますます研究報告ー!」


「キュー」


 でも仕方ない。


「あと、近づきすぎると危ないかもって書く?」


 こよみが言う。


「キューちゃん、悪気なくても力が強いし」


「そこは柔らかく書こー。『安全な距離や導線について、事前に確認させてください』くらいかなー」


「おお……!」


「ルミナちゃん、すごい!」


「ふふーん☆」


 ルミナが得意げに笑う。


 こういう場面だと、本当に頼りになる。


「あと、くしゃみで社屋を破壊する可能性は……」


「キュー!?」


「それは書かなくていいと思うー!」


「そ、そうだよね!」


 書かなくていい。


 書いたら出演相談どころではなくなる。


「送るよ?」


 こよみがこちらを見る。


 俺は少しだけ姿勢を正した。


 正確には、気持ちを正した。


 見た目はたぶん、微妙に動いただけだ。


「キュー」


 俺が答えると、こよみは小さく笑って、送信ボタンを押した。


 ぽん、と短い音が鳴る。


「送った!」


 こよみが満足そうに胸を張った。


「よし。これで返事待ちだねー」


 ルミナが言う。


「ふう……」


 こよみが息を吐く。


「なんか、急に大きいことになってきたね」


「キュ……」


 ほんとうにそうだ。


 ついこの間まで、押し入れの先に野良ダンジョンがあるだけで十分おかしかったのに。


 いまは朝番組の出演相談である。


 日常の壊れ方にも段階というものがあってほしい。


 その直後。


 こよみの端末が、また震えた。


「えっ、もう!?」


 早い!


 さすがに早すぎる!


「返信来たのー?」


 ルミナが覗き込む。


「今夜か明日の夕方、オンラインで事前打ち合わせしたいって! 早い!」


「キュー!」


 思わず強く鳴いた。


 早い。


 かなり早い。


 朝番組、朝だけじゃなく返信も早い!


「本気だねー☆」


 ルミナが楽しそうに笑う。


「盛り上がってきたねー」


「盛り上がってる場合かな!?」


「うん。盛り上がってる場合だよ。こういうのは、乗るなら準備が大事だからねー」


 ルミナの声は軽い。


 でも、目はちゃんとしていた。


「打ち合わせで聞くこと、先に整理しよっか。出演時間、場所、同伴者、映像使用、質問内容、安全確認」


「うん!」


「あと、『白もふ枠』の表現は調整してもらおー」


「キュー!」


 そこは絶対に頼む。


「でも、ちょっと惜しいねー。『朝の白もふ』、キャッチーなのに」


「キュー!!」


 惜しくない!


 こよみが笑いながら、ニュース欄を閉じようとした。


 その時、画面の端に別の記事が流れた。


『デッドライン、人気Vdleや〜ねるとの大型コラボ準備中か』


 胸の奥が、少しだけざわついた。


 デッドライン。


 俺を切り捨てた、元のクラン。


 俺がいなくても、あいつらは普通に動いている。


 人気Vdleとのコラボ。


 ダンジョン配信の外側へ広げる動き。


 俺たちが朝番組に呼ばれている一方で、デッドラインも別の形で外に出ようとしている。


「……キューちゃん? どうかした?」


 こよみが、そっとこちらを見た。


「キュー」


 こよみは俺のことは知らない。


 できれば見なかったことにしたい。


 でも、たぶん見なかったことにはできない。


 ルミナも記事を見て、少しだけ目を細めた。


「ふーん……デッドラインも動いてるんだ」


「結構過激なチームなんだよね?」


 こよみが返す。


「うん。強いよー。強いけど……」


 ルミナはそこで、言葉を少し切った。


「まあ、キューちゃんたちとは空気が違うかなー」


 空気が違う。


 その一言は、妙にしっくりきた。


 朝の情報番組。


 デッドラインの大型コラボ。


 どちらも、俺が望んで近づいたものではない。


 俺はソファの上で、白い手を見下ろした。


 ふわふわで、丸くて、たしかに……朝に流せそうな外見。


 けれど、その中身はただ、少しでも早くこの呪いを解く手がかりがほしいだけの元裏方だ。


「キューちゃん」


 こよみが、少しだけ明るい声で言った。


「まずは、打ち合わせだね!」


「キュー」


 そうだ。


 まずは相談。


 そして確認。


 勝手に白もふ枠へ押し込まれないように、ちゃんとこっちの条件も伝える。


「じゃあ、打ち合わせ用メモ作るね!」


「ルミナも手伝うよー☆」


「ありがとう! まず一行目は……『白もふ枠については要相談』」


「キュ!」


 それは大事だ!


「でも、かわいいから完全禁止はもったいないかもー」


「キュー!?」


 やっぱり油断できない。


 朝番組より先に、まず味方内で白もふ枠を止める必要がありそうだった。


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