第20話 キューちゃん、勝手にコラボ権になる
ルミナが帰った……それだけで、部屋の空気が一気に静かになった。
あの人、存在そのものがインフルエンサーだったんだな!
「ルミナちゃん、すごかったね……」
こよみが、ちゃぶ台の前でぽつりと言った。
「キュ」
俺はうなずく。
すごかった。
水晶回廊でも、帰還後の締めでも、ルミナはずっと場を回していた。喋り続けても浮かず、黙った時は逆に画になる。
トップ配信者というのは、たぶん酸素の吸い方から違う。
「わたしも……」
こよみが急に背筋を伸ばした。
「少し真似したら、配信うまくなるかな!?」
俺の耳が動いた。
それはどうかなー?
こよみは両手をぱっと広げ、いつもの声より少し高めに作った。
「はいはいはいー! みんな元気ー? こよみだよー⭐︎」
「キュ……?」
「今日はねー、キューちゃんとー、えっとー……反省会を、するよー♡」
沈黙。
フライの羽音だけが、やけに丁寧に聞こえる。
こよみは自分の声の残響を浴びたあと、そっと目を伏せた。
「なんか違う……」
「キュー(´・ω・`)」
俺はできるだけやさしくうなずいた。
「うん……キューちゃん、『こよみはこよみのままで良いんだよ』だね……ありがとう……」
あぁー! そ、そうです!
良かったー前向きに解釈してくれて!
ただ、ルミナの真似をすると、こよみの良さが消える。そして、ルミナにもならない。結果、なんか違う。
「じゃあ、本物を見て勉強しよう!」
立ち直りが早い!
こよみがフライを操作すると、ホログラムが開いた。
『【コラボ後雑談】キューちゃん、ちょっと本物すぎた件ー!』
「わ、もう配信してる……!」
早い!
さっきまで一緒に公式ダンジョンにいたのに、もう配信画面の中で完璧な笑顔を作っている。
トップ配信者、帰宅後の起動が速すぎる!
画面の中で、ルミナがいつもの調子で手を振っていた。
「はいはいー! ルミナでーす⭐︎ 今日はねー、さっきまで一緒だったキューちゃんの話をします!」
『待ってた』
『共鳴水晶回廊やばかった』
『ルミナが黙ったとこ見返したい』
『キューちゃん公式でもおかしかった』
『コラボ後雑談助かる』
「いやー、あれはね。ルミナも黙るよー。だって、普通じゃなかったもん」
こよみが画面に身を乗り出す。
「ルミナちゃん、キューちゃんのこと話してる……!」
自分の話がメインの配信を見るのは……落ち着かないな。
しかも相手はトップ配信者だ。コメントの流れも速い。
視聴者数を考えた瞬間、ちょっと腹の奥が重くなる。
「キューちゃんって、強いとか、かわいいとか、そういうのが先に来るじゃん?」
『来る』
『かわいい』
『強い』
『あと謎』
『白い』
『鳴く』
鳴くってなんだよ!
鳴いてないんだよ!
「でも今日、近くで見て思ったのは、そこじゃないんだよねー」
ルミナの声が、少しだけ変わった。
「あの子、場を見てる。危ない場所、フライの位置、こよみちゃんの立ち位置、ルミナの動き。全部まとめて見てた」
こよみが俺を見る。
「キューちゃん……ルミナちゃんも……ちゃんと見てくれてるよ!」
「キュー……」
いや、ありがたい。ありがたいんだが、そういうふうに言われると、元裏方の癖を掘り起こされている感じがする!
ルミナはアーカイブを表示した。
「そう! 今日のキューちゃんは、切り抜きだけじゃ足りないよ〜!」
ルミナが画面に向き直る。
「かわいいところだけ拾ったら、半分も見えてない。あの子、しっかり見ないともったいないよー!」
しっかり見られると、それはそれで謎の生き物感も出てくると思います。ご注意ください。
「だから、ルミナは今日、ちょっと認識変えましたー」
笑うルミナ。
「キューちゃんは、ただのバズってるマスコットじゃないんだよー!」
『本物認定きた』
『ルミナがここまで言うの珍しい』
『キューちゃん、トップ配信者に認められた』
『アーカイブ見直すわ』
『切り抜き勢、アーカイブ行け』
「キューちゃん……すごいね!」
こよみが、俺より嬉しそうに言った。
「キュー(´・ω・`)」
すごいと言われているのに、しょんぼりしている理由は簡単だ。
これは、絶対に予定が増える流れだ!
そして、その予感はすぐ当たった。
『認証済み配信者:天城シオンが参加を希望しています』
『認証済み配信者:小日向めいが参加を希望しています』
ルミナが驚きの表情を浮かべ、視線を泳がせた。
「来たー。絶対来ると思ったー!」
『シオン!?』
『めいめい来たw』
『トップ配信者会議じゃん』
『キューちゃん争奪戦?』
『もう面白い』
配信画面が分割される。
青みがかった照明の部屋に、クールな表情の少女が映った。
天城シオン。
すらりとしたスタイル、ブラウン系の髪色。
「ルミナ。これは抜けがけだね」
「抜けがけじゃないしー! ちゃんとコラボだしー!」
「共鳴水晶回廊にキューちゃんを連れていった。かなり黒い」
「黒いって何ー!?」
そこへ、甘い声が割り込む。
「ルミナちゃん! 抜けがけです! めいもキューちゃんとおさんぽしたかったですぅ!」
もうひとつの画面に、小日向めい……通称めいめいが映った。
妹系でピンク髪。
声も表情も甘い。
「めいめいまで来たー!?」
「来ますよ! だってキューちゃんですよぉ? しかもルミナちゃん、超接近してるしーーー!」
「囲い込みに見える」
「囲い込みって言い方やめてー! ルミナが悪い人みたいじゃんー!」
こよみが、画面を見ながらつぶやいた。
「キューちゃん、争われてる!」
「キュ……?」
争われているというか、俺の知らないところで俺の存在が狙われている!
「じゃあ、次はめいがキューちゃんとコラボします!」
「順番制にするべき」
「なんで勝手に順番作ってるのー!?」
「じゃあ抽選ですかぁ?」
「企画内容で審査しよう」とシオン。
「待って。キューちゃん本人の許可はー?」
三人が一瞬止まった。
めいめいが、にこっと笑う。
「……事後!」
「事後承諾はよくない」
「事後にしようとしてたんだー!?」
『コラボ権w』
『勝手に権利化されてる』
『本人不在で話が進むの草』
『いや本人見てるかも』
『キューちゃん逃げて』
逃げたい。
ものすごく逃げたい!
だが、これは画面の向こうで起きている。逃げ場がない!
ルミナが手を叩く。
「はいはいー、じゃあ一回整理しよー。キューちゃんとコラボしたい人が多すぎるのでー!」
多すぎるので、じゃない。
まだ一人にも許可を出していない!
「いまから勝手に、キューちゃんコラボ大喜利をしますー!」
「勝手に、という自覚はあるんだ」
「わーい! めい、頑張ります!」
頑張らないでほしい!
「お題! 『キューちゃんを怒らせる一言』! はーい! ルミナ!」
『急に始まったw』
『怒らせるな』
『でも見たい』
『大喜利形式なの草』
「押し入れ、観光地にしよー!」
もう野良ダンジョンの入口になっている時点で十分困っている。観光地になったら生活が終わる。
シオンが淡々と続ける。
「毛、一本だけ採取させて」
怖い! 何する気なんだ!
めいめいが、満面の笑みで続ける。
「今日は徹夜コラボです!」
『全部だめw』
『徹夜コラボ最悪で草』
『毛一本だけ採取、怖い』
『押し入れ観光地化は地味に嫌』
『キューちゃんの地雷一覧かな?』
方向性は違うのに、全部しっかり嫌だ。
「みんな自由すぎでしょ!」
「キュー(´・ω・`)」
こよみが押し入れをちらっと見て、そっとふすまを閉めた。
「次! 『キューちゃんコラボ、最悪のサムネ文言』ー! はーい!」
ルミナは自分でお題を出して即手を上げる。
「【検証】中の人、いる?」
いるが、サムネでやられるのは嫌すぎる。
続いてシオン。
「【実験】脱がせてみた」
脱げたら脱いでるよ! 脱げないから困ってるのに!
めいめいが、頬に手を当てて、声を少し甘くした。
「【密着】キューにぃ、初夜」
全員が焦る。
「めいめい、それは攻めすぎー!」
「配信審査が止まる」
「でも、クリックはされますよ?」
「されるけどー!」
「されるから問題」
『草』
『初夜はアウトw』
『クリックはされる』
『されるから問題ほんと草』
『脱がせてみたもだいぶアウト』
『中の人いる?も普通に失礼』
こよみが、じわっと俺の前に出た。
「キューちゃん……なんか……食べられそうだね!」
通報。
全部、通報でいい!
ルミナが笑いすぎて肩を揺らす。
「待って。これ、もう大喜利じゃなくて、普通に企画会議になってないー?」
「なってる。だから危険だね。色んな意味で」
「じゃあ記録とります!」
「とらないでー!」
『記録w』
『本当に企画化されるやつ』
『キューちゃんコラボ権、正式化しそう』
『本人の意思はどこへ』
『めいめいの議事録だけ見たい』
『これキューちゃんが途中で帰る理由、労基だろ』
労基。
ダンジョン配信に定時はない。確かに……労基!
「ラスト! 『キューちゃんとデート配信。行き先は?』!」
なぜデートになった。
こよみの肩が、ほんの少し動いた。
俺は見た。
見たが、今は触れない方がいい気がした!
少し考えてルミナ。
「恋愛成就ダンジョン!」
企画としては強そうだ。どういうこと……?
「避難訓練場」とシオン。
デートという単語を、安全管理で完全に塗りつぶしてきた。
確かにこれまでも避難訓練しておいたほうが良い状況がたくさんあったな。
最後に、めいめいがにこっと笑った。
「おふとん」
また画面が止まる。
「めいめい、距離感ー!」
「でも満足度は高い」
「ですよね!」
「乗らないでー!」
『避難訓練場デートw』
『おふとんは行き先じゃない』
『恋愛成就ダンジョン、企画としては見たい』
『キューちゃん逃げて』
『めいめいがずっと危ない』
『おふとんはゴール』
こよみがなぜか少しだけ頬をふくらませた。
その反応は何だ。
俺にもよくわからないが、たぶん今の「おふとん」は少しよくなかった!
デートという単語から、三人とも違う方向へ走っている。そして最後のやつは、行き先というより着地点だ。
ルミナがようやく手を叩いた。
「はいはいー、今日はここまで! キューちゃんコラボ権大喜利、勝手に開催しないー!」
「でも、めいは本当にコラボしたいです!」
「私も」
「ルミナもー」
いや、ルミナはもうコラボしたし。
「今日のところは、お疲れさまー! 次は、ちゃんとお願いしに行くねー!」
来るのか。やっぱり来るのか!
配信が終わった。
ホログラムの光が薄くなり、部屋が静かになる。
「でもすごいね、キューちゃん」
こよみが、消えた画面を見つめたまま言う。
「トップ配信者さんたちが、みんなキューちゃんと配信したがってるよ!」
「キュー……(´・ω・`)」
こよみはそれを見て、少し笑った。
「うん。困るよね」
ちゃんと困っていると受け取ってくれた。
それだけで、少し楽になる。
「でも、大丈夫! きっと楽しいよ! なんか、キグルミの情報集めとか、お父さんの手がかり探しとかから、ちょっと違うところに行ってるけど!」
忘れてたー!
「キュー」
「わたしもいつも一緒だよ!」
確かに。俺ひとりだったら、あの勢いに押されて、いつの間にか徹夜コラボの予定が入っている気がする。
なんか……色々大変になってきた。
それでも……今日はやっとゆっくり寝られそうだ。




