第19話 共鳴水晶回廊
通路を曲がった瞬間、景色が変わった。
壁にも天井にも、細長い水晶がびっしり。
太いものは腕くらい、細いものは針みたいに鋭い。
「きたー!」
ルミナが声を弾ませた。
「ここここ! 共鳴水晶回廊! やっぱ最後はここでしょ☆」
「わぁ……!」
こよみも口角を上げた。
歩くたび、足音のあとに細い音が返ってくる。ちりん、とか、しゃら、とか、鈴を鳴らしたみたいな、細くて澄んだ音だ。
たしかに、人気が出るのはわかる。
『うわきれい』
『ここ好き』
『配信で映えるやつだ』
『ルミナテンション高っ』
「でしょー?」
ルミナが嬉しそうに笑う。
「これね、ちょっとした音でも返ってくるんだよ。ほら!」
そう言って、手を叩く。
ぱちん。
遅れて、ちり、ちりん、と水晶の奥から音が返った。
「わっ、すごい!」
こよみが身を乗り出す。
「ほんとに返ってきた!」
「こよみちゃんもやってみて!」
「えっ、いいの?」
「こういうのはやった方が楽しいってー☆」
こよみが、ちょっと遠慮がちに手を叩く。
ぱち。
さっきより少し高い音が返る。
「わぁー」
その小さな声にまで、水晶がかすかに震えた。
「ほら、返り方ちょっと違うじゃん。声とか手の音で、微妙に変わるんだよねー」
『こよみちゃんの音かわいい』
『ルミナ今日めっちゃ楽しそう』
『浅層スポット感ある』
『平和でよい』
場の空気は、明るかった。
でも、俺だけが少し落ち着かなかった。
音の返りが、奥へ行くほど妙に遅い。
水晶の向きも、途中から揃っていない。床も一部だけ細かく削れている。
綺麗だ。
綺麗なんだけど、なんか……。
「次、キューちゃんね!」
ルミナが当然みたいにこっちを向いた。
「キュー(・ω・)」
少しだけ奥を見る。
耳が動く。しっぽの先が落ち着かなく止まる。
それを見たこよみが、きらっとした顔になった。
「なるほど!」
なんでそうなる。
「キューちゃん、『シンフォニアを奏でようではないか』ってことだね!」
違うなー!
そんなポエミーな話じゃない。
ただ、奥が気になる。
『翻訳きた』
『こよみちゃんすぐ意味を盛る』
『でもそれっぽい』
『キューちゃん芸術家気質なの?』
いや違うんだが!?
ルミナは笑ったまま、でも少しだけ首をかしげる。
「ふーん? じゃあルミナ、もうちょい先でやってみよっかな」
そう言って、奥へ一歩踏み出そうとする。
やめたほうがいい。
言葉にできない代わりに、俺は先に動いた。
ルミナの前へ回り込む。
そのまま道を塞ぐように立って、顔の横に一回だけ浮かべた。
「(・ω・)」
ルミナが、ぴたりと足を止める。
こよみが小さく言う。
「キューちゃん……?」
さっきまでの明るい空気が、そこでやっと変わる。
チャット欄も一瞬、流れを止めた。
『止めた?』
『え、今のは』
『かわいい顔じゃないな』
『これなんかあるやつだろ』
ルミナの笑顔が、ほんの少しだけ薄くなる。
「……もしかして、やばいの?」
綺麗な場所だった。
だからこそ、前に出たくなるのはわかる。
ルミナは足を止めたまま、目だけを細めた。
「……オッケー。いったん止まる」
俺は足元の小石を見た。
しゃがんで手でちょい、とそれを押す。ころ、と転がる。
それから奥を見る。もう一度、小石を押す。
「……え?」
こよみが首をかしげる。
俺はまた小石を見る。奥を見る。こよみを見る。
音を出せば、たぶんわかる。
いいから、それ。
投げて。
俺は細かいものがつかみにくいんだ!
たぶん、それでわかる。
「小石……?」
こよみはまだわかっていない顔だった。
それでも、俺がそこまでしつこく示すなら、たぶん何かあると思ったんだろう。
「……わかんないけど、これ?」
俺は小さくうなずく。
いや、うなずいたつもりだ。
ルミナもそこでようやく息をひそめた。
「確認、したいってこと?」
「オッケー、やってみよー」
こよみがしゃがんで、小石を拾い、投げた。
小石は地面を跳ねる。
——コツン。
それだけなら、ほんの小さな音だった。
でも次の瞬間、その音を拾った近くの水晶が鋭く鳴る。
キィン。
高く、細い。
金属ともガラスともつかない、嫌に澄んだ音だった。
さらにその少し奥で、別の水晶がそれを拾う。
キィン。キィィン。
また別の列が重なる。
キィィィィィン——
一本の高い音が、回廊の奥へ向かって走っていく。
壁。天井。床際。
群れて生えた水晶の列を伝って、細い高音が次々に噛み合い、長く、鋭く、綺麗に伸びていく。
チャット欄がざわついた。
『うわ』
『え』
『音えぐ』
『綺麗だけど怖い』
そして、その高い音が奥へ届ききった瞬間だった。
正面じゃない。回廊の先でもない。
道から少し外れた脇の洞穴の暗がりから、耳慣れない音が返ってきた。
クルルル……。
喉の奥をこすり合わせるみたいな、湿った音。
続けてもう一つ。
グル、クルル……
さらに、その奥でも。
クルルルル……ギチ、ギチ……。
こよみの肩がぴくっと跳ねる。
「うわ」
ルミナも、今度は笑わなかった。
「あー……」
「しかも一匹じゃないね、これ」
脇の洞穴の暗がりが、もこり、と動く。
最初は毛玉みたいに見えた。
でも違う。
こよみが声をひそめて言った。
「残響貪り(スクレーパー)だよ。C級」
丸い。もこもこしている。短い足が何本もある。
「わたしがダンジョン暮らししてた時もよくいた。群れだと……やばいかも」
こよみの声が、少しだけ低くなる。
そして顔——顔と呼んでいいのかわからないその正面で、肉質の膜が花みたいにひらいた。
その内側には、目の代わりみたいに細かい孔が幾重にも並んでいる。
口なのか耳なのか、見ただけではわからない。
でも、音を拾うための器官だということだけは、嫌でも伝わった。
しかも一体じゃない。
その後ろで、もう一つの膜がひらく。
さらに奥でも、低い音が重なる。
クルルル……
グルル……
ギチ、クル……
群れだ。
『グロ注意』
『うわ』
『群れじゃん』
『横穴にいたのかよ』
『これ人気スポットの先にいていいやつじゃないだろ』
『キューちゃん止めて正解だったな』
俺は脇の洞穴を見たまま、さっき通路脇で見た古い鎧の破片を思い出していた。
展示じゃない。忘れられたみたいに転がっていた、古い残骸。
あれはたぶん、こいつらにやられたんだ。
人気スポットの少し先で、綺麗な音に釣られて前へ出て、位置を読まれて、群れに削られた。
「戻ろ」
ルミナが、即座に言った。
声は低い。
こよみもすぐうなずく。
「うん」
俺は回廊の前側に体を残したまま、群れの気配を見る。
音はまだ続いている。
でも、こっちが大きな音を出さない限り、飛び出してくる感じではない。
音を待ってる。
音で位置を読む。
そういうタイプだ。
「静かにねー」
ルミナが小さく言う。
「キューちゃん、最後お願い」
その判断の速さに、少しだけ息をつく。
この人は、ちゃんと引ける。
こよみは一歩、また一歩と後ろへ下がる。
俺の方を見たいのを我慢してるみたいな顔だったけど、ちゃんと前だけ見ていた。
チャット欄も、今はほとんど流れない。
『引き判断えらい』
『怖い』
『戦わない方がいいやつだ』
『これ静かに撤退するの逆に緊張する』
回廊の入口まで下がったところで、ようやくルミナが小さく息を吐いた。
「いやー、人気スポットの先にあれ置いとくの、だいぶ性格悪いね☆」
その一言で、張りつめていた空気が少しだけ緩む。
「情報なかったし、最近住み着いたんだねー。あの鎧といい、定期的に戻ってくるのかな? 浅層なのにC級の群れはやばいよー」
こよみも、へなへなと肩の力を抜いた。
「こわかった……」
「でも、キューちゃんが止めてくれなかったら、わたし多分普通に行ってた」
「キュー」
ルミナが、そこで俺を見た。
さっきまでみたいに、ただ面白がる目じゃない。
でも重すぎもしない。
ちゃんと見て、ちゃんと考えてる顔だった。
「ほんとに、先に気づいてたんだ」
「キュ」
「しかも、こっちにちゃんと伝えようとしてたし」
そこまで言われると、少しだけ落ち着かない。
伝わったかどうかは、正直かなり怪しい。
小石だって、こよみがうまく拾ってくれただけだ。
「……ありがと、キューちゃん」
ルミナが、小さく言った。
「今の、ルミナだけなら踏んでたかも」
その声だけ、さっきまでより少しだけ真面目だった。
ルミナはそこで、いつもの笑い方に少しだけ戻る。
「なるほどねー。キューちゃん、しゃべれないのに、そういうとこだけ妙に伝えようとするのずるいー☆」
ずるいってなんだよ!
回廊の奥では、まだ低い音が小さく重なっていた。
クルル……
グル……
ギチ……
綺麗な場所だった。
だから人は集まるし、残響貪り(スクレーパー)のエサ場になる。
すぐ機構によって対処されるだろう。
でもそれは簡単なことじゃないはずだ。
そんな場所だった。




