第18話 キューちゃん、魅せプする
「いやー、よかったねー☆ 今日の青、かなり当たりだったと思う!」
『青波湖よかった』
『切り抜きもう上がってる』
『こよみちゃんかわいかった』
『キューちゃん湖でも存在感すごかった』
早いな!
もう上がってるのか。
広かった空間は終わり、足音はまた通路の中で硬く響いた。
浅層らしく、まだ人の気配はある。
「すれ違う探索者さんもいるし、観光者っぽい人もいるから安心するね!」
そう言うこよみの声。
聞きながらも、俺は一つ気づいていた。
壁際に、古い鎧の破片がいくつか転がっている。
展示じゃない。
雑に、忘れられたみたいにそこにある。
肩当て。籠手。ひしゃげた胸当て。錆びた留め具。
どれも古い。かなり古い。
つまり——このダンジョンが今みたいに『みんなが来る場所』になる前に、ここまで来て、帰れなかったやつがいる。
「……キューちゃん?」
こよみが俺の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「キュー?」
俺は転がる鎧の破片を見る。
「え、なになにー? キューちゃん、なんか見つけた?」
ルミナの声はいつも通り明るい。
けど、俺の視線の先を追うのは速かった。
「あー……これね」
明るく言いながらも、テンポはひとつ落ちる。
「たまにあるんだよね。管理される前のやつ、残ってるとこ」
こよみが少しだけ黙る。
「……昔の探索者さんの?」
「たぶんねー」
ルミナはその言い方だけは明るくしなかった。
「浅いとこでも、昔は今みたいに安全寄りじゃなかったし……今も別に安全じゃないけどー☆ 昔よりはだいぶマシ」
チャット欄も少しだけ速度を落とした。
『そういうの残ってるのか』
『観光地っぽくてもダンジョンなんだな』
『普通に怖い』
『キューちゃんそういうの気づくよね』
気づきたくて気づいているわけじゃない。
ただ、こういうのは嫌でも目に入る。
ルミナはすぐ、空気を落としすぎないように笑い直した。
「行こー! でも足元は見てね。こういうとこでテンション落とすの、ルミナ的にもったいないし!」
「うん!」
こよみがすぐ元気を戻す。
その切り替えの速さは、たぶんこの二人の相性なんだろう。
しばらく進むと、通路が少しだけ広くなった。
「あれ、ルミナじゃね?」
ささやき声が聞こえた。
キューイヤーは地獄耳。なので、よく聞こえる。
片側に崩れた柱の残骸。
もう片方には、昔の石の台座。
「マジでルミナの配信入っちゃってんじゃん、オレら」
聞こえてるぞー!
人が立ち止まりやすい場所なせいか、初心者らしい三人組がそのへんで写真を撮っていた。
「ここ、ちょっと地味だけどー」
ルミナが言う。
「こういう普通の通路寄りのとこって、逆に『潜ってる感』あるんだよね! 景色勝負じゃなくて、雰囲気勝負みたいな!」
『さっきより普通だ』
『たしかに地味』
『でもこういうのも好き』
『ルミナのこういう回し好き』
こよみも、ちゃんと乗る。
「わかる! なんか『ダンジョン』って感じする!」
「でしょー☆」
ルミナが笑って、初心者三人組の方へ目を向けた。
その瞬間。
ガシャッ。
金属がずれる、重たい音。
写真を撮っていた三人組のすぐ横。
壁際に立てかけられていた古びた鎧が、頭を上げた。
「え?」
三人組の一人が固まる。
「動いた!?!?」
次の瞬間、鎧が槍を持ち上げた。
「うわあああああああ!!」
『うわうごく鎧系』
『探索者やばい』
『ルミナ!!』
「下がってー!」
ルミナの声が、一気に鋭くなる。
笑顔の空気は残したまま、必要な指示だけがはっきり届く。
その声だけで、初心者三人組の足が一瞬動いた。
「だいじょぶー。ゆっくり後ろねー」
ルミナの声は甘いままだった。
でも視線は、鎧から外れていない。
「はい、ここ見ててー?」
言いながら、もう踏み込んでいた。
ダンジョン用装備の靴が地面を鳴らし、チェーンソーブレードが斜めに跳ねる。
ギリギリギリギリィ!
刃物としてというより、重いハンマーみたいな一撃だった。
正面から振り抜かれたそれが、鎧の肩口を叩き砕く。
鎧がよろめき……次の瞬間には胴がひしゃげて、崩れる。
「よし、一体ー☆」
ルミナは崩れた鎧の前で、チェーンソーブレードを肩に乗せて、小さくピースした。
『かわいい』
『強いのにピースするな』
『ルミナっぽい』
『今のやば』
『サムネこれだろ』
『ルミナ強っ』
その一撃の向こう側で、初心者の一人が転びかける。
俺は考える前に腕を伸ばし、その背中を押し戻していた。
倒れるならそっちじゃない。
後ろだ。
危なすぎる!
前ではルミナが鎧を砕いている。
後ろでは俺が三人組をかばっている。
少し離れた位置で、こよみがフライへ指示を飛ばしている。
『キューちゃんも映ってる』
『今の一枚つよい』
『こよみちゃんも動いてる』
『これ切り抜きになるやつ』
俺は、ほんの一瞬だけ止まる。
今のは、切り抜かれてもいい。
むしろ、ああいう形で残るなら。
助けたことも、ルミナが強いことも、そのまま伝わるなら——それは、悪くない。
その感覚は、少しだけ……新しかった。
ガシャアッ!
別の音が重なる。
広間の奥、崩れた台座の陰から、もう一体、新しい鎧が立ち上がる。
今度は剣持ちだ。
しかもさっきより近い。
探索者三人組がまだ完全に下がりきっていない。
「うそ、まだいるの!?」
こよみが叫ぶ。
「下がって、こっちだよ!」
声がちゃんと現場の声になっている。
三人組が、こよみの方へ引かれる。
ルミナが振り向く。
けれど位置が少し悪い。
今の場所からだと、一歩遅れる。
その一瞬で、俺の中の何かが……熱を持った。
——どうせなら。
今度は、ちゃんと残る形にしたい。
勝手に盛られるんじゃなくて。
助けたことも、ルミナが強いことも、そのまま見える形で。
なら、今度は——。
俺は自分から踏み出した。
「キュッ!」
巡回鎧の正面へ出る。
剣が振り下ろされる。
俺はそれを受けた。
鈍い衝撃が腕から肩へ響く。
まぁまぁ重い。
けど、この程度なら止まる。
止めながら、一歩踏み込む。
俺はそのまま、鎧の胴へ拳を叩き込んだ。
金属が粉砕される。
中身のない鎧が、弾け飛んだ。
その背後から、ルミナが滑り込む。
「ナイスー!」
鎧の残骸へ、ルミナのチェーンソーブレードが最後の一撃を叩き込む。
砕けた金属片が散った。
フライは、それを全部ちゃんと抜いていた。
白い腕で剣を止める俺。
そこへ続くルミナの斬撃。
後ろで三人組を誘導するこよみ。
『キューちゃんパンチきた』
『二枚目きた』
『今の一連めっちゃ良い』
『今の絶対残る』
『ルミナとの連携よかった』
こよみが息を弾ませながら俺を見る。
「キューちゃん、今の……! 自分から行ったよね!?」
「キュー」
違う、とは言い切れなかった。
危ないから行った。
それは本当だ。
でも、それだけじゃない。
せっかくなら、ちゃんと残れと思った。
その気持ちも、たしかにあった。
「さすがキューちゃん!」
こよみが目をきらきらさせる。
「『我が勇姿におののくが良い!』ってことだったんだね!」
違うけどねー!
そんな格好いい話じゃない!
ただ、せっかくならちゃんと残れと思っただけだ。
なるほど。
魅せプか。これが。
「ふぅ」
ルミナが、崩れた鎧の前で一回だけ息を整える。
それからこっちを見た。
「キューちゃん、見てたよー☆」
明るい声。
でも、目だけ少し違う。
答えたところで、どうせキューしか出ない。
「キュー(・ω・)」
ルミナは少しだけ笑う。
「魅せたね……♡」
でも、そこで深掘りはしなかった。
初心者らしい三人組が、ようやく息をついていた。
「ありがとうございますありがとうございます!」
こよみがそっちへ駆け寄る。
「大丈夫ですか? けがはない?」
ルミナは、ばいばーい、と三人組に手を振る。
彼らは必死に頭を下げていた。
「よしー、じゃ次! 最後にもう一個、いいのあるから☆」
チャット欄もまだ熱い。
『ナイスすぎる』
『今の戦闘めっちゃ良かった』
『ルミナも強い』
『こよみちゃんも有能だった』
『キューちゃん、今の自分から見せに行ったよな?』
魅せかたか……自分でもまだちゃんとはわからない。
ただ、さっきの一秒は、自分で作った。
それが少しだけ変な感覚で、少しだけ気持ちよかった。
ただ、忘れたわけじゃない。
壁際に残っていた、古い鎧の破片。
この先が、あれの持ち主たちが帰れなかった場所に近いのだとしたら……。




