第17話 ルミナ、はしゃぐ
通路を抜けた瞬間、空気が変わった。
冷たい。
静けさ。
「……わぁ」
先に声を漏らしたのは、こよみだった。
その反応につられて前を見る。
そこは、小さな地下湖を抱えた青い洞窟だった。
湖といっても、だだっ広いわけじゃない。
天井の高い裂け目から落ちる細い光が、湖面でゆらいで、湿った壁の青い鉱脈を拾っている。
発光しているわけじゃない。
ただ、青い水と岩が互いの色を映しあって、洞窟そのものが薄い青に沈んで見えた。
「うわ、ここ好き!」
こよみが子どもみたいに目を丸くする。
「待って待って、今日かなり当たりじゃない? ほら、見てよこよみちゃん☆ 水の色やばくないー?」
ルミナがぱっと顔を明るくした。
「やばい! すごい! 青い……!」
たしかに綺麗だった。
単純に……青くて、綺麗! すごい!
語彙力がなくなるレベルだ。
『うわ綺麗』
『なにここ』
『普通に行ってみたい』
『ルミナ今日もかわいい』
『キューちゃん枠でこの景色くるの強い』
『キューちゃんやっぱでかいな』
でかいよ! うるさいよ!
ルミナという比較対象が入って、俺のキグルミの大きさがわかりやすくなってしまったんだな。
「はいはーい、着きましたー!」
ルミナがフライに片手を振る。
「キューちゃんたちと、公式ダンジョンランクゼロ……浅層の人気スポットきてまーす☆」
『初見です』
『助かる』
『浅層なんだ』
『景色強い』
「ここ、青波湖って呼ばれてるとこ。深いとこじゃないから、初見さんも安心して見てねー」
俺は湖じゃなく、ルミナの方を見る。
景色の前に、見ている側の温度……危機感を整える。安心できる。
これはこれでつまらないと思う視聴者もいるかもしれないけど。
それでも、浅層の公式ダンジョンを見せるなら大事な順番なんだろう。
「見て見て、ピンクのとこ映ってるー!」
ルミナは湖面をのぞき込んで、自分の髪先を指でつまんだ。
黒髪に混じったピンクのメッシュが、青い水の中でゆらっと揺れる。
「青い水にピンク入ると、けっこう可愛くない?」
『かわいい』
『かわいい』
『ルミナ自分で言うのかわいい』
『実際かわいい』
『青にピンク映えるな』
「でしょー? でも主役はこっち!」
ルミナはすぐにこよみの方へ振り返る。
「こよみちゃん、こっちこっちー!」
「えっ、ここ?」
「そうそう! その『えっ』て顔も込みでいいんだってー」
足元の水が小さく揺れて、青の中にこよみの姿が細く映った。
白銀っぽい淡い髪が、水面の青と重なって、少しだけ光って見える。
「ほら、似合う! こよみちゃん、こういう青い場所めっちゃ強い!」
「そ、そうかな……?」
「そう! 反応が素直だから、見てる側も一緒に『うわっ』てなれるじゃん!」
『反射きれい』
『こよみちゃん似合う』
『ルミナ、褒め方がうまいな』
『撮ってる側が一番楽しそう』
「そうなんだよー!」
ルミナは楽しそうに笑う。
撮っている側なのに、本人がいちばんはしゃいでいる。
でも、そのはしゃぎ方に嫌な押しつけがない。
ルミナはそのまま振り向いて、今度は俺を見る。
「キューちゃんは、もうすこしうしろー」
「キュ?」
「そうそう! そこで止まって! 白くてでかくて、なんか神秘っぽい!」
『褒めてる?』
『でかくて神秘っぽいは草』
『でもわかる』
『青い洞窟に白い大型マスコットは強い』
「褒めてる褒めてる! キューちゃん、今かなりいい感じー☆」
言われるがままに位置をとる。
画面の中では、手前に青い水、岸際のこよみ、その後ろに白い俺、さらに奥に濡れた青の岩壁——そんな並びになっていた。
映える。
「はい! ここスクショタイムねー!!」
たぶん、ちゃんと絵になってる。
『うわ』
『キューちゃんいるだけで画面締まる』
『でかい白いのが静かな洞窟にいるの強い』
『無言なのに情報量あるな』
『ルミナのテンションとキューちゃんの静けさの差が好き』
「ねー?」
ルミナが嬉しそうに頷く。
ピンクメッシュの黒髪が揺れた。
「キューちゃん、こういう静かな場所だと逆に目立つんだよねー。でかいのに丸いから、景色の中で変に浮くのがずるい☆」
ずるいってなんだよ!
でも言われてみると、たしかにここでは俺の白さが妙に浮く。
景色の中で『そこだけ違うもの』として、きっちり入る感じだ。
「あとこれも見てー!」
ルミナが腰の後ろからチェーンソーブレードを引き寄せた。
刃は動かしていない。
それでも青い湖面に、物騒な影がゆらりと映る。
「青い洞窟にチェーンソーブレード、意外と合うんだよねー!」
『物騒』
『かわいい景色に持ち込む武器じゃない』
『でもルミナっぽい』
『青い湖とチェーンソーで合うな』
『可愛いのに装備が強い』
「ほら、かわいいだけだとダンジョンじゃないじゃん?」
ルミナはにっと笑って、チェーンソーブレードを肩に乗せる。
「ちょっと物騒なくらいが、ルミナっぽいでしょ☆」
わかるような、わかりたくないような!
でも、確かに画にはなっている!
なぜだ!
可愛い洞窟。
可愛いルミナ。
その横に、あまりにも可愛くない武器。
なのに、変に噛み合っていた。
『たしかに仲良し感ある』
『この三人空気いいな』
『ルミナ入ってもうるさくなりすぎてないの不思議』
『ゲストなのに馴染みすぎ』
そう。
そこなんだよな。
ここはルミナの枠じゃない。
こっちの配信だ。進行の軸はこよみとフライで、俺も一応この画面の中心にいる。
でもルミナは、それを奪わない。
景色を見せて、こよみに振って、コメントを拾って、ついでみたいな顔で俺まで画に入れる。
「初見さん、いま来た人向けに言っとくとー」
ルミナがまたチャットを拾う。
「今日はキューちゃんとこよみちゃんの、公式浅層おためし回って感じです! だからまだ平和寄りだよー。たぶん!」
『たぶん草』
『正直でよい』
『こよみちゃん緊張してない?』
『キューちゃんこういう場所平気なんだ』
「でも今日はまだ浅いし、水に落ちたら即終了みたいなところじゃないから安心してねー。塩酸の海みたいなさー」
あーあるある。
中層には当たり前にあるけど、浅層の下の上層あたりでもある。
「あと、キューちゃんは静かな場所だと逆に存在感が強くなるタイプでーす! こわーい♡」
『存在感強くなるタイプって何』
『でもわかる』
『静かな洞窟に白い大型マスコットいるのかなり変』
『変だけどいい』
変だけどいい! とりあえずありがとうなのかな!?
俺は湖面を見る。
白いもふもふの塊みたいな影が、青の中に落ちていた。
確かに違和感あるわこれ!
でも、変にいじられてる感じはしない。喋れないことを困った点にもしない。
それはたぶん、かなり助かってる。
「よし!」
ルミナが手を打った。
「じゃ、ここはこのへんにしよっかー」
「かなり当たりだったね!」
『もう終わり?』
『もっと見たい』
『ここ良かった』
『青波湖覚えた』
『ルミナかわいかった』
「でしょー? ありがとー♡」
フリルのついた黒桃のダンジョン用装備。
流れるような髪。
ふたつとも異質なのに、妙に合う。
そして笑顔。
ダンジョンのアイドルとかいう異名があるらしいけど、なるほどだな。
「でもね、こういう『わかりやすくかわいく撮れる場所』は、正直ちょっと楽なんだよねー」
なるほど。
確かに。裏方魂が燃える。
そう。そうなんだよ!
「次はもうちょい地味!」
こよみが首をかしげる。
「え、じゃあなんでそっち行くの?」
ルミナはにっと笑った。
「かわいいだけじゃ、ルミナの配信続かないからねー☆ 次はもうちょい、腕の見せどころ!」
そういうことだ。
綺麗な場所で、綺麗って言って、かわいく映る。
たしかにそれだけでも気持ちいい。撮ってる方も見てる方も、素直に楽しい。
でもそれは割と誰にでもできる。
映えスポットは誰でも綺麗に撮れるから映えスポットなのだ。
でも、それだけで真の『映え力』は伝わらない。
……何言ってんだ? 俺は?
「よーし、じゃ次いこー!」
ルミナが先に立つ。
こよみも「うん!」とすぐについていく。
俺はその後ろを歩きながら、少しだけ息を吐いた。
綺麗な場所では、ルミナはたしかに強かった。
でもたぶん、本番はそこじゃない。
そして、そういう時ほどだいたい面倒なことになる。




