第16話 キューちゃん、みんなに見られる
公式ダンジョンの入口は、野良とは別物だ。
高くそびえる塔みたいな外観なのに、内側はすごい近代的!
綺麗な空間。管理機構の職員。
売店も見える。
初心者らしい薄い装備の人たちが記念写真を撮っていて、その横を、慣れた足取りの探索者が無言で通り過ぎていく。
空港と観光地と、危ない場所の入口を、無理やり一つに押し込んだみたいな空気!
「すごい……! ほんとに人いっぱいだ!」
こよみが目を輝かせる。
「キュー」
俺は落ち着かない。
明るいからじゃない。
人が多いからだ。
しかも、遠慮なく見られている。
「あれ、ルミナじゃない?」
「ほんとだ」
「今日ここ潜るの?」
「え、隣のあれ……キューちゃん?」
「でかっ」
最後の一言が、やけにはっきり耳に残った。
そう。
俺は小さくない。
むしろ今の姿は、人間の大人よりちょっと大きいくらいある。
もふもふしてるから圧がにぶるだけで、近くで見ると威圧感はそれなりにある。マスコットっていうより、だいぶ大型のキグルミだ。
でもその上で、やっぱり呼ばれ方はキューちゃんなんだよな……。
「見て、キューちゃん! もう気づかれてる!」
こよみは嬉しそうだ。
俺としては、嬉しいより先に、なんで入口の時点でそんなに浸透してるんだ、の方が強い。
ルミナはというと、そんな視線を浴びても、まるで変わらない。
「はいはーい、今日は浅めだよー!」
ひらひら手を振りながら、でも立ち止まりすぎない。
「だいじょぶ、申請は通してるってー」
受付の職員にも明るく挨拶して、書類も端末操作もさっさと済ませる。
「あとでねー☆」
無駄がない。
見られている空気を邪魔にせず、そのまま自分の流れに変えている。
こういうのができるから、トップなんだなー!
しかも今日は、配信用のアイドル風衣装じゃなかった。
黒とピンクを基調にしたダンジョン用装備。
遠目にはルミナらしい派手さがあるのに、近くで見ると戦うための作りになっている。
腰まわりや太腿には固定ベルト。
靴も飾りじゃなく、踏み込みに耐える形だ。可愛いのに、本気で潜る人間の装備だとわかる。
あとチェーンソーブレードね!
片手で気楽そうに持っているチェーンソーブレードが、まったく気楽な代物じゃない!
「よし、じゃ行こっかー」
ルミナが言って、ゲートの方を顎で示した。
「キュ?」
「うんうん、わかる」
こよみがうなずく。
「『もう行くの?』ってことだよね」
かなりそうだ。
いや、だいぶそうだ。
まだ入口なんだけど?
俺の心はまだ入口のざわつきに追いついてないんだけど?
そのとき、認証ゲートの手前で、初心者らしい男の子が背負っていたケースを落とした。
金具が床に当たって、硬い音が鳴る。
後ろの人の流れが詰まりかける。近くの探索者の足が、そのケースの上に乗りそうになった。
あ、まずい。
俺は反射で一歩横へ出て、もふっとした手でケースを端へ押した。
「キュ」
「あ、ありがとう……キューちゃん?」
男の子がぽかんと俺を見る。
周りから少しだけ笑いが起きた。
「見た? 今の」
「キューちゃん、さすがパークの人気者」
「それビッキーな」
「でかいから目立つな」
目立ちたいわけじゃない。
ただ、踏まれたら危ないと思っただけだ。
ルミナだけが、少し楽しそうに目を細めていた。
「キューちゃんさー」
「キュ?」
「やっぱ、すごい見てるよねー」
やめてくれ。
そういうところを見られると、いちばん困る。
でもルミナは、それ以上つっこまず、当然みたいな顔で笑った。
「せっかく来たんだし、いこう! あと、ここから先は配信つけよー!」
あ、そうなるのか。
「えっ、今から?」
「今からー! 入口だけでも絵になるし、どうせみんな気になってるし」
それはそうかもしれない。
というか、ここまで見られてるなら、むしろつけない方が変かもしれない。
フライが小さく音を立てて、俺たちの少し前へ出る。
視界の右下がふっと明るくなって、リアルタイムのチャット欄が開いた。
『きた』
『ルミナ!?!?!?』
『公式ダンジョンだ』
『ルミナとキューちゃん一緒だ』
『やべー』
『ほんものじゃん』
『キューちゃんルミナよりでかいな』
『さっき交通整理してなかった?』
早い。
集まるのが早い。
「はいはーい、始まりましたー!」
ルミナが片手を振る。
「今日はちょっと特別回☆ キューちゃんとこよみちゃんと、公式ダンジョンきてまーす」
『ルミナの行動力どうなってんの』
『キューちゃん公式進出!?』
『入口から人多いな』
ルミナはそこで、くるっと回って、背後の人の流れも画に入れた。
フライがパンする。
ああいうのが自然にできるの、本当にすごい。
こよみもすぐにノる。
「見て見て! なんかテーマパークみたいだよね!」
「キュー」
テーマパーク、ね。
テーマパークだったら良かったんだけどなー!
キュー!って……別の仕事を……。
いや、無理だ! 一生その生活になる!
ここには記念撮影してる人もいるし、観光気分の人もいる。見学っぽい人間もいる。
でもその横を通り過ぎる重装の探索者たちは、やっぱり目つきが違った。
ランクゼロとはいえ、ここからさらに奥に繋がっている。
ここから入ってランク上位のダンジョンに行くことも、無理ではない。
かなーり大変だし、何日もかかるけど。
でも、ああいうのは、なんとなくわかる。
奥へ行く人間の顔だ。
「入口近くはねー、人も多いし、観光気分の人もいるよー」
ルミナが歩きながら言う。
「でも下るほど危険度は上がる。魔物もだけど、人もあんま信用しない方がいいとこあるし。略奪者も出るしねー」
さらっと言うけど、中身はぜんぜんやわらかくない!
「ま、今日はそこまで行かないけどー」
奥までは行かない。
その言葉に、俺はちょっとだけ安心する。
全部が管理されているわけじゃない。入口は明るくても、その先はダンジョンだ。
それなら、まだいい。
いや、よくはないけど、少なくとも押し入れ野良との共通言語はある。
「ゲート、抜けたね……いつもよりどきどきする……」
空気が変わる。
すぐにわかった。
後ろの人の声が少し遠くなる。
足元の整った床はしばらく続くけど、壁はだんだん人工物っぽさが薄れて、岩肌が増えていく。
光源も照明じゃなく、壁面の鉱石か結晶みたいなものに変わった。
湿度が少し上がる。
音の返り方も違う。
入口はたしかに『施設』だった。
でも、ここから先はもう施設ではない。ダンジョンだ。
『中入るとちゃんとダンジョンなんだな』
『思ったより危なそう』
『入口だけ平和なんだ』
『ルミナちゃん今日マジでガチ装備だ』
そう。ルミナは本気の装備だ。
可愛いだけじゃない。
そこが、配信で見てた時よりよくわかった。
本人は気楽そうなのに、足の運びは無駄がない。
チェーンソーブレードも、飾りみたいに持ってるわけじゃない。
いつでも振れる位置にある。
「こっからは気をつけてねー」
ルミナが言う。
「浅いからって危険ゼロじゃないし! あと今日はコラボだからって変に張り切らないでね、キューちゃん」
「キュ?」
「あ、『張り切ってないんだけど?』ってことでしょ!」
なんでわかるんだよ。
いや、合ってるけど。
こよみが横でくすっと笑った。
「ルミナさん、ちょっと通訳うまいかも」
「でしょー☆」
ルミナは歩きながらも、チャットを拾い、こよみに話を振り、俺の歩幅にまでなんとなく合わせている。
それが全部自然だ。
シドにはできなかった。
あいつはもっと、場を押して回す。ルミナは、場を流して作る。
やっぱりトップ層だな。
通路の途中で、何組かの探索者とすれ違った。
初心者っぽい三人組が「うわ、ほんとにルミナだ」と小声で騒ぎ、そのあと俺を見て「でか……」と呟く。
うん、それはまあそうだ。
そっちの反応の方が自然まである。
別の二人組は、俺よりルミナの装備を見ていた。
「あいつ、ほんとにガチ装備なんだな」
「そりゃそうだろ、映えスポっても危険だし」
その会話が妙に耳に残る。
そう。入口の明るさに引っ張られて、そこを忘れるとたぶん痛い目を見る。
「はいはーい、じゃ、まずは浅いとこから行こー」
ルミナが前を向いたまま言う。
「最初から深いとこ行くと、せっかくのコラボでもったいないしー♡ 今日はまず『見せる回』だからね!」
『見せる回』
『きた』
『ルミナのホームだ』
『キューちゃん公式でどうなるんだ』
『浅層でも十分楽しそう』
こよみがすぐ反応する。
「見たい! キューちゃんも見たいよね!」
「キュー?」
見たいかどうかより、まず無事に帰りたいが?
通路の先が、少しずつ明るくなってきた。
人工の照明じゃない。
もっと淡くて広い光だ。空間そのものが開ける気配がする。風も少しだけ変わった。
ルミナが振り返る。
「よしー、まずはここから!」
「キューちゃん、映えスポット、見せてあげる☆」
映えスポット、ね。
その言い方は、だいぶ不安なんだよな……。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
GW中の集中投稿は、第16話でいったん一区切りになります
キューちゃんはバンに押し込まれたあとも、なんとか謎の白い生き物?として公式ダンジョンにやってきました!
ここからは、ただ強いだけではなく、
「みんなに見られる場所で、キューちゃんがどう扱われていくのか」
も少しずつ広がっていきます
明日以降は、毎日20:10ごろに1話ずつ更新予定です。
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