第15話 キューちゃん、車に乗れない
玄関を出たところで、ルミナが「あ」と声を上げた。
「そうだー。車、乗ってきたんだけどー」
それはいい。
いいのだが、家の前に止まっていた車を見た瞬間、俺はすべてを察した。
やたら目立つスポーツカーだった。
派手。
低い。
ドアも小さい。
座席も、たぶん低い。
俺は自分のもふもふした体を見る。
車を見る。
もう一度、自分を見る。
……無理だな。
入る未来が見えない。
「キュー(´・ω・`)」
「顔文字出たー!」
ルミナが感動したみたいに叫んだ。
「うわー、本物だー! ほんとに出るんだー!」
そこに感動する場面か?
いや、たぶんルミナ的にはかなり大事な場面なんだろうけど、俺としては車に乗れないだけである。
「あ、これキューちゃん入らないね!?」
こよみが真剣な顔でスポーツカーを見た。
「後ろのトランクなら……」
荷物じゃないんだが?
しかも、この体でトランクはさすがに絵面が悪すぎる。
「じゃあ、助手席を倒して……」
倒しても入らないと思う。
「キューちゃん、ちょっと丸くなれる?」
もう十分丸い。
「キュー!」
「うんうん、『これ以上丸くなる余地はない』ってことだね!」
それは合ってる。
合ってるけど、なんで車に乗るだけでそんな確認をされないといけないんだ。
ルミナはスポーツカーのドアを開けて、中をちらっと見た。
「うんー、これは無理だねー」
判断が早い。
「来る時は勢いで来たんだけどー、着いてから思ったんだよねー。あ、これ、キューちゃん入んなくない? ってー」
先に気づいてくれ!
『キューちゃん入んなくない?』じゃない。
入らない。
誰が見ても入らない。
こよみが、やけに納得した顔でうなずく。
「たしかに!」
たしかに、じゃない。
そこは事前に少しだけ詰めてほしかった。
俺はもふもふの手を顔の前に出した。
「出た!」
こよみがうれしそうに指さす。
「今のは『我をネタにするな』って顔!」
その通りだよ!
ルミナが楽しそうに笑う。
「でも半分はー、『もう撮れ高になってる』って顔でもあるよねー」
それは違う。
いや、違うと言いたい。
でも状況だけ見れば、たしかにもう撮れ高になっている。
否定できないのがつらい。
「じゃ、バン出そっか!」
こよみがぱっと言った。
「キューちゃんの機材運搬用のやつ、あるよね?」
ある。
あるけど。
それを使うと、俺の立ち位置がどんどん機材側に近づいていく気がする。
「キュー……」
「うん、『背に腹はかえられぬ』ってことだね!」
そうだが!
俺の腹は今もふもふなんだが!
結局、俺の家に置いてある機材運搬用のバンを出すことになった。
準備は早かった。
フライをケースに収める。
予備バッテリーを積む。
撮影用の小型ライト、ケーブル、簡易三脚、救急キット。
こよみは妙に手際よく荷物を運び、ルミナはルミナで配置を見ている。
「フライはここー。予備はこのへんー。キューちゃんは……」
ルミナが荷台を見る。
俺を見る。
もう一回、荷台を見る。
「ここかなー」
そこか。
機材ケースとケーブルの間だ。
完全に機材配置の一部だ。
「キュー?」
「だいじょうぶー。ちゃんと広めにするからー」
広め。
広めとは。
俺は後部へ乗り込んだ。
というより、積み込まれた。
運転席にルミナ。
助手席にこよみ。
後ろに俺。
そして機材ケース。ケーブル。三脚。予備バッテリー。
……配置だけ見ると、俺も機材側だった。
荷物じゃないんだが?
いや、見た目だけなら、だいぶ大きめの白い荷物かもしれないけど!
「キューちゃん、大丈夫?」
こよみが助手席から振り返る。
「キュー」
「よかった! 『この程度、旅路の試練にもならぬ』って顔してる!」
してない。
今の俺は、普通に『ここで大丈夫か?』の顔だ。
たぶん顔は同じだけど。
「しゅっぱーつ!」
ルミナの明るい声と同時に、バンが動いた。
ごとん。
「キュッ」
いきなり段差。
後頭部と機材ケースが仲良くぶつかった。
痛い!
いや、ものすごく痛いわけじゃない。
キグルミの防護で守られてはいる。
でも、不快感はちゃんとある。
「キューちゃん!?」
こよみが振り返る。
「キュー(´・ω・`)」
「その顔! 『我こそ宝物なり』だね!」
宝物の扱いじゃなーい!
左右上下に揺れてるよー!
ルミナが前で楽しそうに笑う。
「ごめんごめんー。なるべくやさしく走るねー」
なるべく、が少し不安だ。
バンは住宅街を抜けていく。
いつもの道。
いつものはずの景色。
けれど、俺は後部で機材と一緒に揺られている。
しかももふもふな姿で。
どうしてこうなった。
ごとん。
「キュッ」
また段差。
今度はケーブル箱が少し滑って、俺の脇腹に当たった。
「キュー(´・ω・`)」
「また出た!」
ルミナがバックミラー越しに笑う。
「顔文字、移動中も出るんだー! すごーい!」
すごくない。
不満が出ているだけだ。
「これ、配信してたら絶対回ったね!」
こよみが言う。
回さなくていい。
今はただ移動したい。
でも、その発想がすぐ出るのは、もう配信者側の思考なんだろうな。
俺は機材ケースの間で体勢を直す。
もふもふの腕がケーブルに引っかかる。
しっぽが三脚に当たる。
耳がバッテリーケースにかすれる。
体が大きい。
丸い。
家の中ではかわいいで済んでいた形状が、車内だとただただ場所を取る。
現実は厳しい。
「キューちゃん、丸くてかわいいね!」
こよみが言う。
現実はもっと厳しい。
「かわいいけどー、ダンジョンであれだけ動けるのほんとに不思議だよねー」
ルミナが言った。
軽い調子なのに、目はちゃんと前を向いている。
「昨日のアーカイブ見た時も思ったけどー、動きがマスコットじゃないんだよねー」
「そうなの?」
「うんー。とっさの位置取りが早い。こよみちゃんをかばう時、迷いが少ない。あと、機材とか足場とか、周り見てる感じがするー」
俺はちょっとだけ黙る。
見てるんだな。
やっぱりこの人、ただ騒ぎに来たわけじゃない。
「切り抜きだとさー、ドーン! キューちゃんつよーい! で終わるけどー」
ルミナはハンドルを握ったまま、楽しそうに続ける。
「アーカイブで見ると、そこまでの細かい動きがあるんだよねー。だから見たかったんだー。表の場所で」
表の場所で。
その言葉が、また胸の中に残る。
押し入れ野良では、何が起きても『あの場所がおかしい』で済むかもしれない。
でも、公式ダンジョンなら違う。
そこにいるのは普通の探索者で、普通の配信者で、普通の見物人だ。
そこで俺が何かをしたら、逃げ場がない。
……いや、逃げ場はほしいんだけど。
「でねー、告知はもう出してあるよー」
ルミナが言った。
「は?」
こよみが助手席で目を丸くする。
「いつの間に!?」
「乗る前にー」
早い。
「午後、公式浅層ちょっと行くよー。ゲストありー。白くて大きい子いるかもー、って」
白くて大きい子。
俺のことをそんなざっくりした言い方で済ませるな。
でも、うまい。
短い。
明るい。
けれど、気になる。
無理にあおっていないのに、続きを見たくなる。
あれは、できる人のやつだ。
「えっ、もう反応来てる!」
こよみが自分の端末を見る。
「『白くて大きい子って絶対あれだろ』って言われてる!」
「でしょー?」
ルミナは楽しそうだ。
「でも名前は出してないからー。来た人だけのお楽しみー」
うまいな。
ほんとにうまい。
シドも場を動かすのはうまかった。
でも、あいつはもっと、力で引っ張る感じだった。
見せ場を作るために人を押す。
視聴者をあおるために危険を選ぶ。
そういううまさだった。
ルミナは違う。
気づいたら、みんなが同じ方向を見ている。
そういううまさだ。
「キューちゃん、どうしたの?」
こよみが振り返る。
「キュー」
「『この者、ただの浮かれ者にあらず』ってこと?」
そこまでは言ってない。
でも、まあ、近い。
「やったー、キューちゃんに評価されたー」
ルミナが明るく言う。
聞こえてたのか。
やっぱり耳がいいな、この人。
いや、こっちが声に出しているのは「キュー」だけなんだが。
それで何を評価されたと思っているんだ。
バンは少し大きな道路に出た。
窓の外に、人が増えていく。
探索者らしい装備の人。
観光っぽい親子連れ。
配信機材を持った若いグループ。
公式ダンジョンが近いのだと、景色でわかる。
押し入れ野良の暗さとは、何もかも違った。
開かれている。
整えられている。
人の視線がある。
俺は後部で体を起こす。
窓の外を見る。
遠くに、それが見えた。
高くそびえる異形の塔。
外壁は黒灰色で、角度によって金属にも石にも見える。
地面から突き出した巨大な槍みたいに、空へ向かって伸びていた。
その周囲にはゲート施設。
管理機構の制服。
誘導表示。
安全エリア。
人の流れ。
ここは……。
みんなに見られる場所だ。
「着いたよー」
ルミナがそう言って、バンを止めた。
俺は機材ケースの間から、もそもそと外へ出る。
出るだけで少し時間がかかった。
ケーブルに足を取られ、しっぽが三脚に引っかかり、最後はこよみが両手で俺の腕を引っ張る。
「よいしょ、よいしょ……!」
「キュー……」
俺は荷物じゃない。
荷物じゃないんだが、出され方がほぼ大型機材だった。
「出たー!」
ルミナが両手を上げる。
「白くて大きい子、到着でーす⭐︎」
その声に、近くにいた何人かが振り向いた。
ひとり。
ふたり。
それから、もう少し。
視線が集まってくる。
「あれ、もしかして……」
「キューちゃん?」
「え、本物?」
ざわ、と空気が揺れた。
俺は思わず、顔の横に「(´・ω・`)」を出した。
「あ、出た!」
誰かが言う。
やめてくれ。
注目されるほど、逆に出るんだよ、これ!
こよみが小声で言った。
「キューちゃん、大丈夫。今のは『はじめまして、表の世界よ』って顔だよね」
違う。
だいぶ違う。
でも、そう思った方が、たぶん絵面はいいんだろう。
ルミナがドアを閉めて、俺たちの前に立つ。
「よーし」
にっと笑う。
「じゃー、公式ダンジョンで見せちゃおっかー! キューちゃんの本物っぷり!」
「キュー……」
公式ダンジョンに潜るのは久しぶりだ。
しかもここは、ランクゼロ。
ノーライセンスでも入れる、いちばん開かれた場所。
つまり。
みんなに見られる側のダンジョンだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第15話では、キューちゃんたちが公式ダンジョンへ向かうことになりました。
野良ダンジョンとは違う、みんなに見られる場所。
ここからキューちゃんの配信は、少しずつ外の世界にも広がっていきます。
GW中の集中投稿は、次回でいったん一区切りです。
明日からも更新予定です。
ブックマーク・評価、ありがとうございます!頑張れます




