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第一話・第二節「崩れた楽園と、七つの涙」

七色の光に導かれ、ついに異世界へと旅立った三人の幼いエルフ。


エイリク、アスル、エルフィ。


大好きな両親との約束を胸に、三人が降り立ったのは、かつて楽園と呼ばれた国――ホワイトエデン。


しかし、そこには美しい街並みも、人々の笑い声もありませんでした。


待ち受けていたのは、戦争によって滅びた国の残骸と、涙を流しながら冷酷な言葉を口にする七柱の女神たち。


なぜ女神たちは、三人を呼び寄せながら、その存在を拒絶するのでしょうか。


そして、崩れた楽園の奥深くで、静かに眠り続ける存在とは――。


**三つの小さな鼓動が、七つの涙と出会うとき。**


止まっていた世界の運命が、少しずつ動き始めます。

世界の向こう側


――とくん。


――とくん。


――とくん。


三つの小さな鼓動が、七色の光の中で重なっていた。


「……エイリク?」


エルフィの声が、ふわりと響く。


「ここにいるよ」


「アスルは?」


「いる! ちゃんといるよ!」


アスルは、つないだ手を元気よく振った。


「ねえ、ぼくたち、いま空を飛んでるのかな?」


「どうだろう。足の下に地面がないみたい」


エイリクは、もう片方の手に持った杖をゆっくりと下ろした。


こつん、と地面を確かめるつもりだった。


けれど、杖の先は何にも触れなかった。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「杖が、どこにも当たらないんだ」


「えっ! じゃあ、ぼくたち落っこちちゃうの!?」


アスルが慌てて足をばたつかせた。


「わっ、わっ!」


「アスル、動いたら危ないよ!」


「だってぇ!」


その様子に、エルフィが小さく笑った。


「ふふっ。アスル、泳いでるみたい」


「泳いでないもん!」


三人の笑い声が、世界の狭間に広がった。


けれど、その声を聞く者がいた。


遥か遠く。


崩れ落ちた楽園の中心で、七つの神光が静かに揺らめいていた。


────────


滅びた国、ホワイトエデン


かつて、その国は楽園と呼ばれていた。


ホワイトエデン。


白く輝く宮殿。


花々に彩られた街路。


清らかな水をたたえた噴水。


そして、人々の笑い声が絶えない、美しい都市。


だが、それらはすべて過去のものだった。


先の大戦によって、ホワイトエデンは滅亡した。


宮殿の尖塔は折れ、壮麗な屋根は崩れ落ちている。


街路には瓦礫が積み重なり、かつて花壇だった場所には、灰色の土がむき出しになっていた。


噴水は枯れ、広場には誰の足音も響かない。


風が吹くたび、割れた窓枠が乾いた音を立てた。


その廃墟の中心。


半ば崩壊した宮殿の大広間に、七柱の女神が立っていた。


プレアデス・ゴッデス。


第一柱、マイア。


第二柱、エレクトラ。


第三柱、タイゲテ。


第四柱、アルキュオネ。


第五柱、ケライノ。


第六柱、ステロペ。


第七柱、メロペ。


七柱の純白のドレスだけが、灰色の廃墟の中で鮮やかに浮かび上がっていた。


「……到着まで、残りわずかです」


エレクトラが、宙に浮かぶ光の記録を見つめながら告げた。


「転移経路、正常。生命反応、三件。全員の生存を確認」


「まあ……」


マイアが、胸元に手を重ねた。


「本当に、来てしまうのですね……」


彼女の頬を、一筋の涙が伝った。


タイゲテは腕を組んだ。


「ふん。ここがどのような場所かも知らずに、随分と呑気なことですわ」


アルキュオネが微笑む。


「あらあら。きっと、何も知らないのでしょうねぇ」


「……うるさい」


ケライノが小さく呟いた。


ステロペは崩れた天井の向こうを見上げる。


「知らぬことは、時として残酷な結果を招きます」


「……やだ」


メロペが、震える声を漏らした。


「……もう、来ちゃう……」


七柱の視線が、大広間の中央へ集まった。


そこに、七色の光が生まれた。


────────


挿絵(By みてみん)


はじめての異世界


「……わっ!」


アスルの声が響いた。


次の瞬間。


こつん。


三本の杖の先が、硬い石畳に触れた。


「……あれ?」


エイリクは、杖をもう一度動かした。


こつ、こつ。


確かな手応えが返ってくる。


「地面だ……!」


「ほんと!?」


アスルも自分の杖を動かした。


こつこつこつ。


「わあ! ほんとだ!」


エルフィは、そっと足元を確かめた。


「……石の床?」


「うん。たぶん」


エイリクが答えた。


三人は、互いの手を握ったまま、ゆっくりと一歩を踏み出した。


こつん。


杖の先が、床の欠けた部分に当たる。


エイリクは足を止めた。


「待って。ここ、少し段差があるよ」


「どこ?」


「ぼくの杖の前。右側に回ったほうがよさそう」


「わかった!」


アスルが頷く。


エルフィも、杖で足元を確かめながら二人についていった。


三人には、目の前に広がる廃墟が見えない。


崩れた柱も、砕けた彫像も、天井に開いた巨大な穴も。


けれど、いつも暮らしていた森とは違うことは、すぐにわかった。


鳥の声がしない。


木々の葉が揺れる音もしない。


花の香りも、焼きたてのパンの匂いもなかった。


代わりに漂うのは、乾いた石と、冷たい土の匂い。


そして。


――誰かが、泣いている。


エルフィが、ぴたりと足を止めた。


「……ねえ」


「どうしたの?」


「……泣いてる人がいる」


アスルが耳を澄ませた。


「えっ? どこ?」


「……前のほう」


エイリクも、静かに耳を傾けた。


確かに、聞こえた。


小さな息遣い。


押し殺したような嗚咽。


それも、一人ではない。


「……ほんとだ」


エイリクは、杖を握り直した。


「誰か、いるんですか?」


その声が、崩れた宮殿に響いた。


そして。


七柱の女神たちの涙が、一斉に溢れた。


────────


七つの声、七つの拒絶


「……ええ。おりますとも」


最初に答えたのは、マイアだった。


その声は、驚くほど優しかった。


「ようこそ、などとは申しません。あなたたちは、招かれざる厄介者なのですから」


エイリクが、きょとんとした。


「……え?」


「このような場所まで来るなんて、本当に困った子たちですね」


マイアは微笑んだ。


頬を伝う涙を、拭おうともしない。


「泣いても、怖がっても、私が抱きしめることはありません。どうか、そのつもりでいてくださいね」


アスルが、小さく首を傾げた。


「……お姉さん、怒ってるの?」


「怒る価値すらありません」


エレクトラが答えた。


「対象三名を確認。身体能力、著しく低水準。移動速度、低速。危険認識能力、不十分」


「……たいしょう?」


アスルが、エイリクの袖を引いた。


「ぼくたちのこと?」


「たぶん……」


エレクトラは、光の記録を閉じた。


「あなたたちは、この場所において最も役に立たない存在です。期待は一切していません」


その声は、冷静だった。


けれど、涙が絶え間なく流れていた。


「……ひどいことを言うんだね」


エイリクが、ぽつりと呟いた。


「ひどい?」


タイゲテが、鋭く言葉を返した。


「当然ですわ! 何の力もない幼子が、よくもこのような場所へ足を踏み入れられたものですこと!」


彼女は、顎を上げた。


「あなたたちの勇気など、愚かさの証明でしかありませんわ!」


アスルは、むっとした。


「ぼくたち、困ってる人を助けに来たんだよ!」


「まあ! なんと身の程知らずな!」


タイゲテは、涙を流しながら笑った。


「自分の足元すら満足に確かめられない子どもが、誰を救うとおっしゃるの?」


その言葉に、アスルの肩が小さく揺れた。


エイリクは、弟の手を握り直した。


「……ぼくたち、ちゃんと杖を使って歩けます」


「それが何だというのです?」


タイゲテの声が、さらに冷たくなる。


「そんなこと、誇るに値しませんわ」


「……そう、ですか」


エイリクは、それ以上言わなかった。


アルキュオネが、ゆっくりと口を開く。


「あらあら。そんなに落ち込まなくてもよいのですよ」


その声は、春の日差しのように柔らかかった。


エルフィが顔を上げる。


「……優しい声」


「まあ、ありがとうございます」


アルキュオネは微笑んだ。


「でもねぇ、あなたたちが転んで怪我をしても、私は治してあげませんよ?」


「……え?」


「泣いても慰めません。助けてとお願いされても、知らないふりをします」


エルフィは、しばらく黙った。


「……どうして?」


アルキュオネは答えなかった。


ただ、微笑んでいた。


涙を流しながら。


その沈黙を破ったのは、ケライノだった。


「……うるさい」


三人の肩が、びくりと跳ねる。


「……声。嫌い」


ケライノは、柱の陰から三人を見つめていた。


「……足音も。息遣いも。全部、邪魔」


アスルが、少しだけエイリクの後ろへ隠れた。


「……ぼくたち、そんなにうるさい?」


「……うるさい」


「……ごめんなさい」


アスルが、小さく謝った。


その瞬間。


ケライノの唇が、かすかに震えた。


涙が、一粒落ちる。


「……謝らないで」


三人が顔を上げる。


けれど、次に聞こえたのは、さらに冷たい声だった。


「……謝られても、迷惑」


ステロペが、静かに口を開いた。


「理解できましたか。ここは、あなたたちが夢見た楽園ではありません」


エイリクが尋ねる。


「……ここは、どこなんですか?」


「ホワイトエデン」


ステロペは答えた。


「かつて、楽園と呼ばれた国です」


「……かつて?」


「今は、何も残っていません」


エルフィが、そっと杖を動かした。


こつん。


欠けた石の音がした。


「……おうち、壊れちゃったの?」


「ええ。多くのものが失われました」


ステロペの声は、変わらず静かだった。


「そして、あなたたちが何をしようと、失われたものは戻りません」


エイリクは、少しだけ俯いた。


「……それでも、何かできることはありませんか?」


「ありません」


即答だった。


「あなたたちの善意は無価値です。希望を抱くことも、ここでは愚行にすぎません」


沈黙が落ちた。


そのとき。


「……やだぁ……!」


メロペの声が、大広間に響いた。


三人が、びくりと身体を震わせる。


「……来ないでって、言ったのに……!」


彼女は泣いていた。


大粒の涙をこぼしながら、くしゃくしゃの笑顔を浮かべている。


「エイリクも! アスルも! エルフィも!」


三人の名前が、順番に呼ばれた。


「……みんな、大っ嫌い!」


エルフィは、そっと顔を上げた。


「……お姉さん」


「なによぉ!」


「……泣いてるの?」


メロペの声が止まった。


「……っ」


「どこか、痛いの?」


「……痛くない!」


「……悲しいの?」


「悲しくなんかないもん!」


エルフィは、少し考えた。


そして、杖で足元を確かめながら、一歩前へ出た。


「……じゃあ」


小さな両手を、そっと伸ばす。


「……よしよし、してあげようか?」


その瞬間。


メロペの顔が、さらにくしゃくしゃになった。


「……っ、やだぁぁぁっ!」


泣き声が、崩れた宮殿に響き渡る。


「来ないで! 触らないで! あなたなんか、大っ嫌い!」


エルフィは、伸ばした手をゆっくり下ろした。


「……そっか」


少しだけ、寂しそうな声だった。


「……ごめんね」


メロペは何も答えなかった。


ただ、涙を流し続けた。


────────


小さな約束


しばらく、誰も口を開かなかった。


風が、崩れた天井を通り抜ける。


エイリクは、二人の手を握り直した。


「……あの」


七柱の視線が、彼に集まる。


「ぼくたちは、おとうさんとおかあさんから、お話を聞いて来ました」


マイアが、静かに頷く。


「……ええ」


「遠い世界で、困っている人たちがいるって」


エイリクは、少しだけ声を震わせた。


「だから、ぼくたち……お手伝いできたらって、思ったんです」


アスルも頷く。


「ぼく、力持ちじゃないけど、がんばるよ!」


エルフィが続けた。


「エルフィも、泣いてる人がいたら、よしよししてあげたい」


七柱は、何も言わなかった。


「……でも」


エイリクは、杖を握りしめた。


「ぼくたち、ここに来ちゃいけなかったんですか?」


その問いに、マイアの表情が揺れた。


涙が、一筋、頬を伝う。


「……そうですね」


彼女は微笑んだ。


「来るべきでは、ありませんでした」


アスルが息を呑んだ。


エルフィの手が、小さく震えた。


エイリクは、しばらく黙っていた。


そして。


「……わかりました」


静かに答えた。


「じゃあ、ぼくたち、帰ります」


その言葉に、七柱の神光が一瞬だけ揺らいだ。


「……でも」


エイリクは続けた。


「帰る前に、ひとつだけ聞いてもいいですか?」


マイアは、ゆっくりと頷いた。


「……何でしょう」


「……みなさん、どうして泣いているんですか?」


誰も答えなかった。


エイリクは、少しだけ首を傾げた。


「ぼくたちのこと、嫌いなんですよね?」


沈黙。


「……だったら、どうして……」


その先の言葉が、続かなかった。


七柱の女神たちは、ただ微笑んでいた。


涙を流しながら。


やがて、エレクトラが口を開いた。


「……質問は却下します」


「……そうですか」


エイリクは、静かに頷いた。


「……ごめんなさい」


そのとき。


エルフィが、ぽつりと呟いた。


「……でもね」


二人が顔を向ける。


「……エルフィ、帰りたくない」


「エルフィ?」


「だって……」


小さな手が、胸元に添えられる。


「……みんな、泣いてるんだもん」


アスルが、そっと頷いた。


「……ぼくも、ちょっとだけ気になる」


エイリクは、しばらく考えた。


そして、二人の手を握った。


「……じゃあ、もう少しだけ、ここにいようか」


三人の小さな鼓動が、再び重なった。


――とくん。


――とくん。


――とくん。


その音を聞いた七柱の頬を、また涙が伝った。


────────


崩れた楽園の奥で


その頃。


ホワイトエデンの、さらに奥深く。


瓦礫に埋もれた、かつての王宮の地下。


そこには、長い年月、誰にも開かれることのなかった巨大な扉があった。


扉の表面には、無数の傷が刻まれている。


その向こう側。


暗闇の中で、ひとつの存在が眠っていた。


戦女神、ルルエラ。


その傍らには、巨大な白銀の盾――ノーザンアイギスが、静かに浮かんでいた。


――とくん。


遠くから、ひとつの鼓動が届く。


――とくん。


ふたつ。


――とくん。


みっつ。


ルルエラの指先が、かすかに動いた。


そして。


『……来るな!何と…何と汚らわしい…!』


誰にも届かないはずの声が、暗闇に落ちた。


『……私の家族に近づくな…』


白銀の盾が、微かに震える。


その奥で。


長い眠りについていた戦女神が、ゆっくりと目覚めようとしていた。


三人の幼いエルフは、まだ知らない。


自分たちが降り立ったこの国に、どれほど深い傷が刻まれているのかを。


そして、七柱の女神たちの涙が、何を意味しているのかを。


崩れた楽園で、三つの鼓動と七つの涙が出会った。


その出会いが、眠れる戦女神の運命を動かし始める。


―第一話・第二節「崩れた楽園と、七つの涙」終ー

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


作者の餅田ベルです。


第一話・第二節「崩れた楽園と、七つの涙」では、三人の幼いエルフたちが、ついに異世界ホワイトエデンへと降り立ちました。


かつて美しい楽園だったその国は、先の大戦によって滅び、今では見る影もありません。


そんな場所で三人を迎えたのは、プレアデス・ゴッデスと呼ばれる七柱の女神たち。


彼女たちは、三人に容赦のない言葉を浴びせながらも、なぜか涙を流し続けています。


その涙に込められた想いとは、いったい何なのでしょうか。


今回、特に大切にしたかったのは、**相手の言葉に傷ついても、その人の悲しみを見過ごせない三つ子の優しさ**です。


目の見えない三人には、女神たちの表情はわかりません。


けれど、声の震えや涙の気配から、誰かが泣いていることを感じ取ります。


「みんな、泣いてるんだもん」


エルフィのこの一言には、本作で描いていきたい大切な想いを込めました。


そして物語の最後には、崩れた楽園の奥深くで眠る戦女神・ルルエラにも、わずかな変化が訪れます。


三人の小さな鼓動は、これから彼女の運命にどのような影響を与えるのでしょうか。


七柱の女神たちが抱える謎、滅びたホワイトエデンの過去、そして眠れる戦女神の目覚め。


まだ始まったばかりの物語ですが、これから少しずつ、その世界を描いていきたいと思います。


感想や評価、ブックマークなどで応援していただけましたら、とても励みになります。


**これは、愛を知り、愛を届け、愛を救う物語。**


次節も、三人の小さな冒険を温かく見守っていただければ幸いです。


引き続き『ハートビート・オデッセイ』をよろしくお願いいたします。


―作者・餅田ベルー

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