わたしと魔法使い
わたしの名前はシンデレラ。社交界では『灰かぶり姫』とも呼ばれている。
何故『灰かぶり姫』と呼ばれているか。その理由は、わたしが大の読書好きというところから来ている。
一応大公である父はそれなりの地位を持っていたが、数年前に没し、現在は継母が敏腕なところを見せて、女主人として家を切り盛りしていた。
継母とは血は繋がっていないが、高飛車な部分はあるものの懐に入れた者には酷く甘く優しい所のある彼女には、実娘である二人の姉と同じくらい愛されている。
それはもう、過保護を通り過ぎた若干重たすぎて足が地面にめり込んでしまうくらいの愛で。
だがわたしは彼女達の愛に感謝こそすれ、文句を言うつもりはない。
何しろ金、身分、歴史を兼ね備えた家に生まれたわたしは、本来なら社交界デビューしたが最後、後ろ盾を狙う貴族のボンボンに狙われる立場になるはずだった。
しかし運がいい事に、華やかな美貌を持つ母、慈母のような美しさの長女、妖艶で華麗な次女のお陰で、前髪で顔を隠したわたしにまで話しかけてくる者はいない。
何故なら同じ独身であれば、やはり見目麗しい妻を持ちたいと思うのが素直な本音なのだろう。
まあ、恋に現を抜かして美しい顔の下の案外に強かな性質に気付けなければ利用されて終わるだけ。
女だけで貴族社会を生き残るには、わたしたちはそれなりに強かにならなければいけなかった。
長女である人は女友達から、次女であるあの人は掃いても寄ってくる男たちから、そしてわたしは勤め先の城の図書館にある本や新聞、そして使用人の噂話から情報を集め、継母に提供し家の舵取りをしてもらっている。
わたしがメイドではなく図書館で働くのを選んだのは単なる趣味だが、貴族らしい生活には飽きていたので十分だ。
もとより幼い頃から変わり者と呼ばれたわたしに友達などほとんどいない。
家の跡取りは長女か次女が迎えるだろう。
血がどうのと煩い親族は所詮分家なので、わたしが黙らせてみせる。
わたしはそうして生涯を司書という仕事に捧げて生きていくのだ。
「おやおや、可愛いシンデレラ。今日もこんなところで灰を被っているのかい?」
人が滅多に訪れない、図書館の中でも更に奥まった場所を清掃しつつ整理していたシンデレラは、背後からかけられた声に振り向くことなく作業を続ける。
柔らかい布で出来たはたきに、布に、本を置く棚を拭く雑巾。ついでに舞う埃から喉をガードするために顔半分を覆う布をして髪も三角巾で纏めてあった。
完全防備のこの状況で、わたしを可愛いと言ってのける存在など家族以外では一人しか知らない。
そしてその一人のためにわざわざ振り返る気もなかった。
「うるさいわ、クソジジイ。さっさと消えて」
「『クソジジイ』・・・誰だい、僕の可愛い名づけ子にそんな下品な言葉を覚えさせたのは。可及的速やかに即刻世界から削除しなくては」
後ろを振り返らなくても判る。
年齢を誤魔化しているとしか思えない美貌を保つジジイは、薄氷色の瞳に色に見合った酷薄な光を乗せているのだろう。
何故か知らないが、昔から彼はシンデレラに対して異常に過保護なのだ。
幼馴染の貴族に馬鹿にされたとあれば殴り込みを掛けて一族郎党土下座させ、迷子になって家の敷地から迷って魔物に遭遇すれば山ごと木っ端微塵。
わたしが家を出て城仕えの図書館にある司書になると言えば、城ごと燃やし尽くそうとした、控えめに表現すると過保護な男だ。
これでいて普通の人間より長い時間を生きているくせに、何故かシンデレラの前では子供っぽくてどうしようもない。
一応王族より上の立場という特権階級を持っているはずだが、普段耳にする切れ者の王宮魔術師の姿なんて見た事もない。
しかし同僚や、一応仕方なく付き合いがある貴族方の噂を耳にすれば、シンデレラの前の姿こそ信じられないものらしい。
いや、実際に信じてもらえなかった。流石に目の前で見せつけられている家族は信じているが、それでも信じたくないとあの女傑よとばれる継母ですら首を振ったほどだ。
「ああ、折角僕が丹精篭めて手入れしている蕩けるようなハニーブロンドの髪に枝毛が!またお風呂に入ったあとに髪を乾かさずに寝たんだね?あれほど髪は乾かして、僕お手製の香油をつけて手入れを欠かさぬようにと口を酸っぱくして言っておいたのに・・・っ」
「めんどう」
「面倒じゃありません!折角傾城の美貌を持つくせに、どうしてこの子はこうも無頓着なんだい!?エメラルドより輝く新緑の瞳に、世界中の名匠ですら作り出せないような滑らかなシルクより皇かな肌。癖をつけるのすら難しい真っ直ぐな金髪は一本一本が輝きを放ち、小作りな顔立ちに華奢な体つきに庇護欲をそそられないなら男じゃない!───抱き締めて部屋の一室に閉じ込めて毎日過ごしていられたらいいのに・・・」
「・・・気持ち悪い、ジジイ」
「っ───本当に、どこのどいつが僕の可愛いシンデレラにこんな言葉を教えたのかねぇ。腸が煮えくりそうだよ」
「わたしは昔からこんなもの」
そう。わたしが無愛想で可愛げなくて口が悪いのは昔からだ。
名づけ子に夢を抱いている後ろの男とてわかっているだろうに、何を今更。
そもそも『クソジジイ』という言葉は目の前の王宮魔術師からの受け売りだ。
シンデレラが赤ん坊の頃から何かというと家に来ていた彼は、よく膝に自分を抱かかえて『狸親父』とか『クソジジイ』とか『××××』とか放送禁止コードも交えて笑顔で父に毒を吐いていた。
お陰ですっかり耳年増になったシンデレラが最初に覚えたのは、『××××』という父親泣かせの一言だった。
母がシンデレラを産んで間も亡くなっている父にとって、母と自分の特徴を絶妙に混ぜ合わせた理想の子供であったシンデレラが覚えた言葉にこの魔術師を一月出入り禁止にした。
中身はともかく実力だけは国どころか世界に名を馳せる宮廷魔術師を出禁にした父も凄い。
普段は穏やかで優しい雰囲気の父だが、ここぞという時の行動力は背後の男に劣らなかった。
世界に対しても権力を振るうこの男に対し、どこまでも対等な友人でいただけに、今思えば父も大した狸だったのだろう。
「聞いているのかい、シンデレラ!」
考えに没頭している間にも滔々と語り続けていた男に肩を掴まれ、無理矢理に後ろを振り替えさせられた。
まず目に入るのは腰まで伸ばされた軽く癖のある銀色の髪。
そして視線を上げてシャープな顎に、一見すると冷たい、けれどシンデレラを見詰めるときには普通の感情豊かな『人間』の顔になる男の、端整すぎるほどに整った顔。
細身だが無駄な贅肉がないだけの肉体は鍛え上げられていて、シンデレラに声をかける男を一撃必殺の蹴りの餌食にしてきたのを何度も見てきた。
優男風だが、彼は魔術だけでなく肉弾戦も大得意という桁外れの超人は、今日も今日とてシンデレラを追い掛け回す。
清掃中故に視界が塞がれないようリボンで前髪を上げているので、彼の美貌はばっちりと見えているが、生まれた頃から見慣れているので今更感慨もない。
ついでに言うなら彼の『力』も欲していないので、それ自体に興味もない。
そうすると残るのは自分に対して異常なまでに過保護で、ちょっと───いや、かなり過保護でどうしようもない男の存在だけが残るので、敬う気持ちも生まれない。
綺麗な顔をしてるのに米神に血管を浮かべて唾を飛ばして髪を振り乱した彼に、呆れ交じりのため息を漏らす。
「いい加減、過保護。うっとうしい。じゃま」
「何だって!?邪魔!?反抗期、反抗期なのかい!?昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』ってカルガモの子供みたいに僕の後をついて歩いたのに」
「ねつぞうしないで。後をついて歩いたんじゃなくて、あなたがわたしの手をはなしてくれなかったの。わたしは本を読みたいのに、魔法を使ってじゃましてきた」
シンデレラが部屋に篭って本を読んでいると、彼はいつだって勝手に力を使ってシンデレラを連れ出した。
ある日は転移の魔術で自室に、ある日は箒を使うのがスタンダードとか訳のわからない言い分で無理矢理に空の旅に、ある日は花畑をプレゼントすると庭一面に季節感を無視した花を咲かせた。
だがそれは、シンデレラには意味がないものだ。
転移しなくても正式に招かれれば面倒でもお邪魔するし、空を飛びたいなんて願っていない。季節を無視して無理矢理に咲いた花が翌日には萎れるのを見ても嬉しくないし、そもそも魔法の力を必要としていない。
だからシンデレラは『王宮魔術師』なんてどうでもいい。そんな姿を見たいとも思わないし、その力も必要としない。
目の前の男はシンデレラにとってはただの名付け親。行き過ぎた過保護で、自分だけにどうしようもなく甘い、時折ぶっ飛んだ思考でこちらを驚かせる変な『人』。
それだけ判っていれば十分で、それ以上は必要ない。
「髪はきる。そうすれば手入れも楽」
「切ったら駄目だよ!こんなに綺麗な髪をしているのに!」
「でも枝毛があるし、じゃま。めんどう」
「───ああ、もう本当に。君は僕が居ないと駄目なんだから。仕方ないなあ。君の髪が元の艶やかさを戻すまで、毎日手入れに行ってあげる」
「侍女にまかすわ」
「駄目だよ。僕以外に触れさせるなら、その存在を消してしまうから」
艶やかに微笑んだ目の前の男は、どこまでも甘い眼差しでシンデレラを見詰めるのに、瞳の奥には狂気が見えた。
父が死ぬとき、遺言で言われた。
『厄介だけど、彼を頼むよ』と。
彼にとってはシンデレラは特別で、シンデレラが離れたら壊れてしまうらしい。
だから今日も今日とて灰かぶりと呼ばれながら、情報は収集できても最低限にしか他人と関わらない職業についている。
貴族の令嬢が仕官するという事で同僚からも距離があり、友達だって一人も居ない。
例外は家族だけで、それ以上は許されない。
けど、それも仕方ない。
だって目の前の世界の誰より強い男は、自分が居ないと駄目なのだから。
長年執着されればシンデレラとて少しは情に絆される。
いつか、もう少しシンデレラが年を取ったら、彼は『血の盟約』でシンデレラを縛り付けるらしい。
それをすれば彼と魂と寿命を共有して、一生涯パートナーとして歩まねばならない。
だがそれもまた仕方ない。目の前の狂気と正気に揺れる男に見初められてしまったし、自分も憎からず彼を想っているのだから。
御伽噺のお姫様は王子様と結ばれる。
けれどその役目は、自分じゃない何処かの誰かがすればいい。
自分は『悪の魔法使い』と呼ばれる目の前の寂しがり屋の男と生涯を共にしようと想う。
きっとそれは本の世界よりも飽きないだろうし、長く生きるなら新しい本を読み続ける楽しみだって生まれるだろう。
自分の髪をどこからともなく取り出したブラシで梳かし始めた王宮魔術師を眺めつつ、彼に気付かれないように、そっと小さく笑みを零した。
【おまけ】
『わたしはまほうなんていらない』
そう言って青々とした新緑を思わせる瞳で真っ直ぐに自分を射抜いた少女に、魂を底から揺さぶられた。
魔術師である自分以外を必要とされたことはなかった。
『力』を持つばかりに不老に近い寿命を得て、自らの立場を守るために国に仕えた。
だから今まで自分の『力』に対し望まれたり恐怖されたことはあっても、真っ向から否定されたのは初めてで、三歳の幼子にどうしようもないほど惹かれてしまった。
生まれて初めての体験だった。気が付けば利用される立場にあった自分は、ここまでばっさりと切られたことはなかった。
百年ぶりに出来た友人の子供はどこまでも規格外で、数百年と生きた中でもトップレベルの美しさを有しながらもそれを歯牙にもかけない子供だった。
友に請われて名前をつけて、その縁で面倒を見ていただけだったのに、彼女の一言で世界は変わった。
この子が欲しい。
こんな欲求は初めてで、戸惑いと同時に歓喜に満たされた。
彼女が見ているのは魔術師ではない。単なる『人の男』であり、父親の親しい友人だった。
裏も表もない不器用で素直な子供。
彼女を自分のものにすると決めてから、もう十数年。
二十歳になれば血の盟約を結び、名実共に自分のものにすると何度も何度も言い聞かせてきた。
彼女の本来の運命は、この国の王子と結ばれること。
その未来すら曲げて見せた自分は、もう狂っている。
判っていても、この子が欲しかった。
今日も今日とて灰かぶりと呼ばれる風変わりな貴族の令嬢は、図書館の整理に忙しい。
そんな彼女の働く背中を見ながら、うっとりとした眼差しで、来るべき未来に思いを馳せた。
*シンデレラ・・・どこまでもマイペースな女の子。普段は長く伸ばした前髪で顔を隠しているが、上げて見せれば印象は一変し、傾国のと言わしめる美貌を持つ少女。三姉妹の中でもダントツの美少女だが、それを知るのは家族と魔法使いのみ。本来なら王位継承権を持つ王子と結婚する運命だったが、魔法使いにより運命を捻じ曲げられた。だが本人はその事実を知らない。数年後に血の盟約をして、魔法使いと一緒に生きていく。
*魔法使い・・・数百年単位で生きている存在。生まれつき内蔵する魔法量が多く、年を取らない体質。呪いにも近いこの力は、世界でも稀に存在してきた。彼らのような存在は一生の内に一度だけ『血の盟約』を交すことが出来、それを結べば魂がつながりどちらかが死ぬまで二人で生き続ける。先見の力でシンデレラの運命が王子にあると知り、本来あるべき未来を捻じ曲げてまでシンデレラを望んだ。




