私と猟師
*私と赤頭巾と同じ設定です。
私は森の一匹狼。
比喩表現などではなく、森で暮らす一匹の狼だ。
銀色に輝く毛並みは自慢の一つで、鋭い牙もふさふさとした尻尾も、強固な爪も手入れを欠かしたことはない。
しかしながら誠に残念なことに、自慢の種も、武器として扱うべく牙と爪も役に立つことはほとんどない。
何故なら私はベジタリアンで、特に木になっている果物や、茂みに生えている野菜を好んで食べるからだ。
生粋の狼であればまた違うのだろうが、私は人狼と呼ばれる種族で、別に肉を食べなきゃ困ることもない。
「だというのに、そんな無害な私を何故仕留めようとするんだ!?」
自慢の毛並みを靡かせて、両手両足を必死に動かし全力疾走で駆け抜ける。
森の木々が障害物として邪魔してくれるので未だに弾は当たっていないが、すぐ傍で砕け散る小枝が当たって頬が切れた。
つ、と赤い線が一筋流れ、伸ばした舌でぺろりと舐める。
鉄錆び臭い、腐っても美味しいとは思えない味は、ベジタリアンの私にはまったく合わなかった。
「ふっ、決まってだろ。お前の心を狙い撃ちしてる。僕は猟師だからな」
「上手いこと言ったみたいな顔をするな!心───って言うか、心臓を撃たれたら即死だろうが!」
「ああ、それもそうだな。ならば狙いを外そうか。足ならいいか?流石の健脚でまた逃げ切られるのも嫌だしな」
「っ!?ちっともよくない!」
阿呆みたいに猟銃を乱射する猟師のアイスブルーの瞳は、反して熱を篭めて潤んでいた。
あれはやばい。小さな子供が玩具で遊ぶときのようにキラキラした瞳だが、完全にバーサーカー状態に陥っている。
べらべらべらべらと男の癖によく回る舌で滑りよく滑らかに言葉を紡いでいるものの、突っ込む余裕すらなくなってきた。
人狼である私の足についてきて、尚且つ私が先に体力の底を見るなど、あれは本当に人間なのだろうか。
私の数少ない知り合いであるあの人間こそが例外だと思い込んでいたのだが、今では最早己の常識すら疑っている。
私がまだ狼にしかなれなかった頃、母は『人間とは弱くも恐ろしい生き物だ』と毎日言い聞かせてくれていたけれど、もしかして私の聞き間違いだったのかもしれない。
確かに『恐ろしい』けれど、欠片も弱さを見つけれない。
身の毛もよだつ恐ろしさどころか、身の毛も剥がされそうな恐ろしさだ。
上がる呼吸と生理的に込み上げる涙を必死に抑えつつ、前だけ見て逃げるのに意識を集中させる。
猟師という仕事についてるくせに全く日に焼けていない滑らかな肌をした男は、つい先日この森に越してきたばかりだ。
この森に足を踏み入れた初日にぶち当たったのは、運が悪い事に私だった。
その日も付け狙ってくる赤頭巾から逃れるために木の上で過ごしていた私は、ふと聞こえた物音に視線を下げ警戒して気配を殺したにも関わらず、木葉に覆われて見えにくい位置にいるはずの私の姿を正確に捉えて、男はにこりと笑顔を浮かべた。
蕩けた蜂蜜のような金髪に、鋭利にも見えるアイスブルーを柔和に細めた彼は、いかにも優男といった風情で痩身だが身長だけは高い。
旅人だろうか。よく見れば割と端整な顔立ちをしてるのに、見につける服はぼろかった。
こげ茶色の厚手のフードを指先で持ち上げてずらすと、唇が緩く個を描く。
『よう、こんにちは狼さん。別嬪だな』
優しげな見た目と違い、どこか崩れた口調に僅かに驚く。
しかし人間相手に警戒を怠る獣など、本能が欠けている。
弱肉強食の世界で生きる私は、いつでも逃げれるように身を低く屈めて木葉の隙間から見上げてくる男を睨み付けた。
『誰だ?』
率直な疑問を投げつけると、男は酷く面白そうに唇を歪めた。
そして背負っていた何かを下ろすと、カチャカチャと弄くりだす。
背筋を怖気が走った。理由は今でも判らない。あえて言うなら、野生の勘、だろうか。
私の死角を利用して何らかの準備を整えた男を前に、筋肉がぴんと張り詰めた。
『僕か?』
再びこちらを見上げたアイスブルーの瞳は、三日月形に細められる。
『僕はしがない”猟師さん”だ』
優しげな笑顔を保ったまま、躊躇なく彼は発砲した。
出会いも最悪なら、関係も現在進行形で最悪である。
猟師としては正しい姿かもしれないが、彼の場合、撃たれた後が怖くて仕方ない。
普通の猟師は狼などの獣を仕留めて肉を捌いたり毛皮を売ったりすると聞く。
しかしあの男がそれをするために私を狙っているとは思えない。
事実私を殺さぬように仕留めようとしているし、そこから肉を捌いたり毛皮を剥ぐつもりなら尚恐ろしい。
「貴様、いい加減にしろ!私はベジタリアンな狼だ。そして種族的には人狼だ!つまり狼でありながらも人だ!そんな私を狙い打つなど、信じられない暴挙だぞ!」
「ならさっさと僕のものになれ。僕だって出来れば傷一つない状態で君を手に入れたい。そして×××をして××を××××───」
「ぎゃー!!?狙われてる!猟師ってこんななのか!?こいつ以外知らないが、全部がこんな危険思想の持ち主なのか!?」
とても聞いていられない破廉恥な言葉の羅列に、息を荒げて必死に逃げながら両耳を手で押さえる。
運動のし過ぎだけではなく、色んな意味で頬が紅潮してきた。
いい加減手足も痺れて気だるさが身体を支配するのに、たかだか人間の猟師は楽しそうに私を追いかけてくる。
しかもずっと猟銃を抱えたままだ。
「貴様の弾はいつ切れるんだ!」
「女の子が恥じらいもなく言う言葉じゃないぞ?ま、僕はそんな子も好きだけどな」
「貴様なんかに好かれたくない!そして私は破廉恥でもない!」
涙目になりつつ必死に走る。
赤頭巾だけでも大変なのに、この猟師の存在は私の危機感を否応がなしに煽ってくれた。
ぜいぜいと呼吸を荒げながら、木々の切れ目から見える青空に不覚にも涙目になる。
───引越ししようかな。
苦労性の狼である私の脳裏に、割と本気の提案がポッと浮かんだ。
*猟師・・・一人称は僕だが意外と言葉遣いは粗野。見た目は優男で美麗だが、中身はバリバリの体育会系で運動神経抜群の上に怪力。初めて見た人狼の美しさに心奪われたが、現在は一方通行の酷すぎる片想い。今日も今日とて猟銃を持って求愛活動中。




