自分と美麗な白鳥と三つ子のアヒル
自分は、とある湖の辺に住む有翼人だ。羽は村でも有数の大きさを誇り、身長も女にしては高い。
同族の男に紛れれば目立たないのだが、隣家に住む幼馴染達は似て非なる種族なので、昔から自分より身長が低く、自分は長身なのだと長年思い込んでいた。
それが思い込みと知ったのは、反対隣に同族の男性が越してきてからで、彼に比べれば、自分は十センチ以上低く、どうやら平均程度らしい。
自分の白い髪を撫でながら微笑む麗人は、男にしておくには勿体無いほどの美しさを持っている。
男女として呼び名が高く、淡白な性格と顔立ち、メリハリのない体つきから女性にしかもてない自分より遥かに美人だ。
そんな彼と比べても遥かに無骨な印象を持つ自分は、何故か今日も因縁をつけられていた。
「白の男女ー!」
「お前、女なんて嘘だろ!胸もお尻もぺったんこじゃねえか!」
「女のハーレム築いて満足か?お前、そっちの気があるんじゃねえの!?」
お隣の三つ子のアヒルの有翼人の三人は、もう日常と化した罵声を浴びせかける。
いや、罵声と言うにも稚拙だ。小さな子供の頃ならともかく、今更悲しむこともない。
幼い頃この村に引っ越してきたばかりの頃は、いきなり因縁を吹っかけられたのに驚き、仲良くなれないのを悲しんだ時期もあったが、その分何故か懐かれた女子達に庇ってもらい親しくなれたのでプラスマイナスゼロだった。
ボキャブラリーが少ない彼らの悪口なんて何年経っても成長しないものばかりだし、右から左に受け流す術を覚えれば無視するのも容易だ。
肩を越すあたりで短く切りそろえられた髪をさらりと揺らし、ふんと鼻を鳴らして嘲りの表情を浮かべる。
腕を組んで背中にある木に体を凭せ掛けても彼らとの身長差は十センチは硬いので、上から見下ろしてやった。
「今度はどんな用件だ?アールの想い人が自分を好きになったのか?それとも、ヒスイの想い人か?いや、ルキナの想い人か?」
『っ!?』
三人揃って瞬時に顔を染め上げる。
恥辱か怒りによるものか判断付かないが、大方予想は当たっているのだろう。
どうやら中性的な美貌とやらを持っているらしい自分は、今までも何度か女性に告白をされている。
断っても気まずくなったことはないのでほんの軽い憧れからだと思うのだが、村の年頃の女性に囲まれている自分が酷く面白くないらしい。
正直女性にどれだけモーションを掛けられたとしても、自分は靡く気はない。
同性を好む人を否定する気はないが、到ってノーマルな嗜好をしている。
ちゃんといつでも嫁にいけるよう、料理、洗濯、裁縫などの家事は完璧だし、運動神経は悪くないが、戦いに秀でてるわけでもなく、性格的には女らしい方だと思う。
ただ言葉遣いが少し素っ気無いだけで女性の自覚は在るし、『好きな女を取られた』なんて言いがかりもいいところだ。
自分から言わせて貰えば、そんなのは彼らの魅力不足でしかない。
しかしながら実際に口にしたとき、いつもなら三人で喧々と煩いはずの彼らが本気で凹んでしまったので、それからは一応言わないようにしている。
凹むくらいなら己の魅力を磨けと未だに思っているけれど、幼馴染としての気遣いと言うものだ。
長いと称される足を組んで黙り込んだ彼らを観察していると、不意に斜め後ろから腕を引かれた。
予想外のタイミングにバランスを崩しかけ、とん、と背中に硬い何かが当たる。
「───麗さん」
「ふふふ、私とのお茶会にいつまでも姿を見せてくださらないと思ったら、こんなところで時間を潰していらしたのですね」
「ああ、もう約束の時間を過ぎていましたか?すみません」
「いいえ、待つのも楽しみの一つですから。ただ、私が我慢できずにあなたを迎えに来ただけのことです」
名は体を現すをそのまま表現した彼は、両親以外で唯一自分より身長が高い相手だ。
混じり気ない白の自分の髪と違い、銀が混じった不思議な髪色をした彼は、腰まで伸ばしたのをゆったりと結わえていた。
数年前に越してきて、あまりに田舎の言葉が似合わない彼に気後れしたが、白鳥として同族であるし、意外と気さくな性格だったのですぐに親しくなれた。
男なのに綺麗という言葉が似合う存在は、彼しか知らない。
いつまで見ていても飽きないくらいの美人だが、それでも骨格や節くれだった掌などは男のもので、今だって自分が体を預けてもビクリともしない包容力を持っていた。
気が付けば腰に腕を回し、肩に顎を乗せた麗さんは、綺麗な黒の瞳を柔らかく細める。
「───誰かと思ったら、村に住む女男じゃねえか」
「相変わらずなよっちいな。性別も年齢も不詳で気持ち悪いんだよ」
「ああ、でも白と並べばお似合いかもな。男女に女男。逆転カップルの出来上がりだ」
さっきよりもずっと悪意のある言葉の羅列に、眉間に皺が寄った。
アヒルの三つ子は口は悪いが心底から相手を侮蔑するような言葉は言わない。
子供みたいな稚拙な悪口を繰り返すだけの、意地の悪い幼馴染だ。
だが、いつからだったろうか。
彼らの態度は麗さんが一緒にいると激化して悪くなる。
瞳に移る色は紛れもない嫌悪だ。麗さんが彼らに何かしたとは思えないが、苛立ちを押さえ切れないでいた。
しかし当の麗さんは、三つ子の言葉などどこ吹く風だ。
「おやおや、嬉しい限りですね。私と白さんがお似合いだなんて。これほど美しく魅力的な女性と噂されるなど、私としても願ったりです。───いっそ、本物にしてしまいましょうか」
「っ、う、麗さん!?」
「ふふふふふ」
女の自分も見惚れんばかりのうっとりする麗しい微笑みを浮かべた彼に、反射的に顔に血が上る。
冗談だと判っているのだが、冗談に聞こえないのが性質が悪い。
時折思うが、彼は凄く多くの女性を泣かせてきたのではないだろうか。
こんなに甘ったるい空気で優しくされれば、落ちない女なんていない気がする。
「白がお前の嫁になるわけないだろ!」
「適当なこと言ってんじゃねぇよ、バーカ!」
「白はお前なんか好きじゃねぇよ!」
「───でも君たちを好きなわけでもありませんよね。君たちがお馬鹿さんなお陰で、私はとても幸せです。何年もあるアドバンテージを全然活かせていないのですから、立ち位置は同じですものね。・・・ああ、同じではありませんか。あなたたちはこういうお子様で、こういう接触もままならないですし。ずっと可愛い子供のままでいてくださいね」
にこにこにこり。
そんな擬音がつきそうな笑顔を浮かべた麗さんに、三つ子は言葉を詰まらせた後踵を返した。
「つ、次は絶対に負けねえからな!」
「お茶会だって邪魔してやる!」
「二人きりになんてさせないんだからな!!」
完全に負け犬の遠吠えだ。
しかも何に対して遠吠えしてるのかまったく判らない。
唐突に去って行った元いじめっ子三人組を見送っていると、くすくすと小さな笑い声が降って来た。
「・・・あの、もうこの体勢はいいかと思うのですが」
「どうしてです?私に抱きしめられるのは嫌ですか?」
「いやとか云々以前に、適切な距離ではないでしょう。自分と二人の時はこんなことしないのに、どうして彼らがいるとこうなんです?」
「───そうですねぇ、年甲斐がないとは私も思ってるのですよ?けれど、牽制したくなってしまうんです」
「牽制、ですか?」
「ええ。こうして言葉を告げても意味を理解しない幼いあなただからこそ、今の内に色々と刷り込みをしておきたいんですよ」
そうして瞳を細めた麗さんは、やはりとても美人さんだ。
彼の言葉が意味深であるのは判るのに、理解は出来そうになくて情けなく眉が下がる。
そんな自分に艶やかな微笑みを浮かべた彼は、苦しそうでありながら、何故か満足そうだった。
*白・・・白鳥の女の子。そのため、アヒルの村では長身。しかし同族の麗から言わせると、平均で華奢な少女。襟足が長いショートカットで、端整で中性的な顔立ちと淡白でありながらさり気無く優しい性格で村の少女から絶対的な支持を受けている。美少年に見える外見とは反して、趣味は女の子らしい。村の男性は概ね自分より身長が低いのがコンプレックスだったので、子供の頃はそれを無駄に刺激した三つ子が苦手だった。
*麗・・・実は都落ちした元貴族。お金は余ってるので、働く必要は全くない余生を送る。しかしそれだと不自然なので、村では都で専攻していた知識で薬剤師として働いている。腕と顔で人気の売れっ子。貴族の女性に嫌気が差して女性恐怖症になりかけていたが、飾らない白に心惹かれて現在では自らべったりしている。名前どおり真っ白な彼女に色をつけるのが密かな目論見。
*アール、ヒスイ、ルキナ・・・素直じゃない三つ子のアヒル。幼い頃引越してきた白に一目惚れするも、好きな子が自分より長身であるのに素直になれなくて苛め倒してきた。しかし自分たち以外の誰かが白を苛めようとしたら真っ先に庇うため、白との仲も、いじめっ子の割りに悪くない。素直になれないまま思春期に突入し、気が付けば白の傍をゲットしていた麗に日々焦る毎日である。




