わたくしと七人の男の子と王子サマ4
「さあ、今日こそ俺の人形になってもらおうか、白雪!」
『ふははははー』と腰に手を当てて天を仰ぎながら王子様らしくない高笑いをされた方は、隣国の王子でございます。
わたくしの住まう国と比較にならぬほど、貿易の栄えた世界に名だたる大国の第三王子でいらっしゃるのですが、魔法に関しては最先端をゆく我が国に幼少のみぎりから幾度となくご遊学されておりました。
そのご縁でわたくしが五歳の頃からお付き合いがあります。
国を出て国境にある『不思議の森』に住むわたくしは、姫の地位など失くしたに等しいのに、未だにこうして顔を見せてくださる優しいお方です。
きつく見える一重の瞳は青玉のより尚鮮烈に輝いて、太陽を紡いだような金髪はわたくしの癖の強い髪と違いすっと真っ直ぐに伸びております。
身長は高くわたくしの国にご遊学されるほどの魔法の腕前は言うまでもなく、凄まじい剣の使い手でいらっしゃると耳にしたこともございます。
文武に優れて智勇兼備と名高い王子ですが、感情の表現が少しだけ独特ですので、隣国の姫というだけの、しいて言えば幼馴染と言えるか言えないか程度の付き合いのわたくし以外には友人はいらっしゃらないそうです。
これはわたくしが調査したのではなく、ご本人からの申告でございます。
一度お忍びと称して無理矢理街に連れて行かれたことがございますが、酒場という不思議なお食事処でお酒を召した王子がぽろりと口にした内容です。
あれは確かもう二年ほど前になりますので、わたくしが十五の時でしょうか。
当時は散々叱られましたが、今となれば懐かしくも面映い思い出でございます。
「聞いてるのか、白雪!俺は貴様に申しているのだぞ!」
白馬に跨った王子の姿は、国中の画家がこぞって絵におさめたくなるほど麗しいモチーフでしょう。
機嫌を損ねて柳眉を顰めた姿すら、普通の女性ならばうっとりするのでしょうが、わたくしは昔から王子を存じ上げておりますので、見た目に胸をときめかすこともございません。
隣国の第三王子といえば、彼の姿を一目見た乙女は恋に落ち、そのクール過ぎる性格に滂沱の涙を零すと言われておりますが、恋を意識する前の子供の時分からお会いしていれば、全てにおいて慣れてしまいました。
飛び抜けた美貌にも天賦の才にも、それを磨く努力する姿に突拍子もない性格や、少しばかり偏った趣味や実は極度の人間嫌いというのにも、本当は人にも国にも興味を得ていないことも存じ上げております。
全てをひっくるめて大切な幼馴染の『俺の人形になれ』発言も、初対面の頃から顔を合わせば口にされ続け、顔を合わせていない間もマメに頂く手紙の締めの一文としてあれば、慣れてしまうというものでございます。
わたくし以外に何人ご存知かわからないですが、王子は実は極度の人嫌いでございます。
物言わぬ器が良いと求める精巧な人形のコレクションは、わたくしと出会った当初にも相当数ございました。
数あるお見合い話も全て拒絶していらっしゃるとも耳にしましたし、今でも結婚される気はないのでしょう。
それにも関わらず意に添わぬ縁談を無理矢理に押し付けられ、状況が悪化したのだと思います。
国境などという危うい場所に住まうわたくしに会いに来られるほどに、ストレスが溜まっておいでなのでしょう。
「・・・しらゆき・・・だれ?」
バッシュフルさんに作っていただいたワンピースの裾を引っ張っられたのは、スニージーさんです。
スニージーさんはわたくしが居候させていただく家の男の子の中でも、無口な方でいらっしゃいます。
肩を越す程度の緋色の髪を短く一本に結い、新緑の瞳は常にうるうると潤んで、まろい頬には顔半分を覆うマスクが占拠しております。
素顔は可愛らしいのですが、お花が大好きな花粉症体質らしく、真っ赤な目を小さな手の甲で擦ったり、くしゅんくしゅんとクシャミをする姿がよく見受けられます。
ドクさんに薬を処方して頂いているようですが、中々利き難いそうで、苦しげにしてるスニージーさんが少しでも楽になるよう、お花の花粉を振りまく部分だけ抜いてお渡しする内に、気が付けばとても懐いていただきました。
仕事がない間は、スニージーさんが一番わたくしの傍にいらっしゃる気がします。
ぴったりと寄り添う緋色の髪をくしゃりと撫でて差し上げますと、嬉しそうに大きな瞳が眇められました。
こちらまで胸が温かくなるような愛らしさに、つられて微笑みを浮かべますと、王子にもう一度名前を呼ばれました。
気のせいか最初よりも一層鋭い声音でいらっしゃります。
「そいつは誰だ!この間の男とはまた別の男だな!?」
「こちらはスニージーさんと仰ります。わたくしの居候するお家の家主さんの内の一人でいらっしゃいます」
「家主さんの内の一人!?ちょっと待て、白雪、貴様が居候している家の家主は先日の生意気なクソガキだけじゃないのか!?」
「いいえ、違います。グランビーさん以外にも、ドクさん、ハッピーさん、スリーピーさん、バッシュフルさん、ドーピーさん、スニージーさんと併せて七人の男の子達が家主でございます」
「!!?」
王子の綺麗な瞳が見開かれ、瞳孔がきゅっと丸くなりました。
数年に一度お目に掛かるかどうかの不吉な前兆に、わたくしは思わずワンピースの裾を握るスニージーさんの掌を手で包みます。
王子がお怒りになることは滅多にないのですが、本気で激怒されるととても怖いのです。
確か以前に本気でお怒りになられたのは、わたくしが誘拐犯にお菓子を貰ってついていってしまったときです。
本当にニコニコした笑顔の優しいおじさんでしたのですが、お菓子を一口口にして、気が付けば暗い馬車に縄で縛られて転がされておりました。
助けてくださったのは、お母様でも、国の騎士でもなく、他国の王子であるこの方でした。
とりあえず安全な地まで連れて行かれた後に懇々と何時間も説教されて、本当に心に響いたものです。
今ではわたくしも知らない人からの頂き物は口にしないと心に決めておりまして、先日も親切にりんごを配り歩いていらっしゃるおばあさんの厚意をお断りいたしました。
お年寄りのご厚意を無にするのは心苦しかったのですけれど、王子とのお約束を破るわけにも参りません。
その後おばあさんは何やら色々と仰ってお見えでしたが、わたくしには早口すぎて何を仰っていらしたか聞き取れませんでした。
あれから姿を見ておりませんけれど、あの優しいおばあさんに幸が多い事を祈るばかりです。
「・・・聞いているのか、白雪!」
「はい、聞いております!」
気が付けば至近距離に合った青い瞳にびくりと身体を強張らせれば、いつの間にか繋いでいた小さな掌に力が篭った気がしました。
強く握り締めてしまったのかと心配になり、顔を下に向けますと、大きな瞳を吊り上げたスニージーさんがわたくしを庇うように王子との間に入られました。
王子との身長は40cmは下らないでしょうに、毅然と顎を上げて真っ直ぐに瞳を睨み据える姿はとても凛々しいです。
わたくしはわたくし以外でこうして真っ直ぐに王子の目を見た人など、初めてでございます。
王子も僅かに瞳を見開かれていることから、驚いていらっしゃるのが伝わりました。
「・・・しらゆき、いじめるなら、・・・おれ、おまえ、キライ」
ぽつりぽつりと途切れつつ、物騒な言葉が赤い唇から零れ落ちました。
スニージーさんからそのように好戦的な台詞を聞くとは思わなかったので、わたくしは一瞬息が止まりました。
そしてゆっくりと視線を王子へと上げて参ります。
王子はそのお立場から自分の敵になると決めた相手には、大層お厳しい方です。
子供が相手だとしても、ご容赦いただくのは難しいと思います。
にいっと緩やかに持ち上がった口角や、剣呑に顰められた瞳がその証拠でございます。
明らかにスニージーさんを敵として認定した王子を前に、わたくしはスニージーさんを腕に抱きこみました。
グランビーさんでしたらご自分で何とかしてくださいそうですが、大人しいスニージーさんを王子の前に晒したままでいるのは出来なかったのです。
「庇うのか、白雪」
「───相手は子供でございます。どうぞお慈悲を下さいまし」
「なら、俺の人形になるか?」
「それとこれとは別問題です。わたくしには意思があり、お人形さんにはなれません。それにわたくしを人形にしても、鑑賞に耐えうる出来栄えにはなりません」
「そんなことはっ」
「・・・そんなこと、ない。・・・しらゆき、おれの、しるなかで、いちばんきれい。きれいな、おんなのこ。・・・おれ、やさしい、しらゆきすき」
王子の言葉を遮るように、スニージーさんがとても優しい言葉を掛けてくださいました。
お世辞だとしても、とても嬉しい一言です。
淡く目尻を染め上げて、ふんわりと花開くような微笑みを浮かべられたスニージーさんの頭を思わず撫でておりますと、かちゃりと金属が震える音が致しました。
「・・・やはり貴様はここで消す」
「・・・うるさい。おまえ、いなくなる。しらゆき、おれの」
澄み渡る青空に燦々と降り注ぐ柔らかな日差し。
お天気はとても良いはずなのに、雷鳴が轟く音が聞こえた気が致しました。
結局恐れるような暴力的な展開にはならなかったものの、鳥肌が立つ舌戦たるや恐ろしいもので、王子の舌鋒が鋭ければ、スニージーさんは淡々と的確に急所を突いていらっしゃりました。
昼食の時間を過ぎても家に戻らなかったわたくしたちを、ドクさんたちが迎えに来てくださらなければ、今尚外で舌戦が繰り広げられていたでしょう。
場所を男の子達の家に移しても続けられている口喧嘩はBGMにするには大きいのですが、それでもわたくし以外の前では表情一つ崩さなかった王子のリラックスした態度に、思わず顔が綻びます。
「貴様らそこになおれ!俺が叩き切ってやる!」
「・・・おまえじゃ、むり。・・・おれの、ほうが・・・つよいから・・・」
唯一つ難を申し上げますならば。
ご交友を深めるのはよろしいですけれど、次はお食事時は止めて頂きたいものでございます。
*スニージー・・・緋色の髪に緑の瞳の、どこかぼんやりした雰囲気の男の子。綺麗で可愛いからという理由で花が大好きだが、本人は花粉症ゆえに常にマスクが標準装備。ぽつぽつと意見を述べ喜怒哀楽が少なそうに見えるが、物言いは到ってストレート。成人モードでは180cm。特技は魔法で、中でも世界唯一の創造魔法を扱える大魔術師。
*王子・・・隣国の第三王子で白雪にとっては幼馴染兼兄貴分。しかし王子からすれば白雪は初恋の相手進行形。物心ついた頃から上辺だけへつらう相手に辟易し、感情を持たぬ美しい人形を集めることにのめり込んだ。唯一態度を変えなかった白雪にだけは特別な感情を抱いており、彼の言葉である『俺の人形になれ』は最上級の口説き文句・・・のつもり。




