第27話 職務に忠実なお方
二頭を慣らすのに、二か月はかかりませんでした。
三週でございます。ギュンターが毎日、坂を三度ずつ登らせました。軍馬は歩幅が広うございますので、坂で余らせます。余らせた分だけ蹄が滑ります。滑らないようにするには、歩幅を狭めるのではなく、坂に入る前に一度止めて、息を入れ替えさせるのだそうでございます。
「駅長。止めるのは無駄じゃない」
「はい」
「止めた分だけ、坂で速い」
三月の終わりに、雪が落ちました。
峠が開きます。王都便は灰の駅で馬を替え、峠を越えて辺境局まで行くようになりました。冬のあいだ止まっていた分の書状が、一度に上がってまいります。
郵袋は七つ、八つと増えました。秤に載せる時間が長うなりましたので、停車は半刻のままでは足りません。
「ラウル。停車を三刻の一に延ばして頂けますか」
「四半刻に縮められたのを、今度は延ばすんですか」
「延ばします。局へ申請いたします」
「通ります?」
「通らなければ、通るまで出します」
停車を延ばす申請は、三枚書きました。
一枚目は、要るという話だけを書きまして、破りました。要るという話は、読む側にとって全部同じでございます。
二枚目は、郵袋が七つから九つに増えたことと、秤に載せる時間が一袋につき一分半かかることを書きました。九袋で十三分半。馬の替えに二十分。合わせて三十三分半でございます。半刻は三十分でございますので、三分半足りません。
三枚目に、三分半ではなく、三刻の一——二十分——を足す形にいたしました。三分半だけ延ばしますと、雨の日に足りません。
「駅長さん、二十分も足して通ります?」
「三分半では、また足りなくなって、もう一度出すことになります。二度出すほうが、通りにくうございます」
申請は、二週間後に通りました。
ソレル様が三度目に来られましたのは、四月の頭でございます。
今度は一騎でございました。令状はお持ちではございません。
「駅長。頼みがある」
「伺います」
「軍の便を、この街道に通したい」
わたくしは帳面を閉じました。
「軍便でございますか」
「西の国境に隊を置いている。三つの村の向こうだ。冬のあいだ、隊への文書と薬が二か月遅れた。峠が閉じるからだ」
「越冬便がございます」
「越冬便は年に三度。軍は週に一度要る」
「週に一度」
「そうだ」
わたくしは規定の写しを出しました。
「軍便は、駅逓の便とは別の系統でございます。継立所が軍便を継ぐには、局の許可が要ります」
「許可は取る」
「では、なぜわたくしにお尋ねになりますか」
ソレル様は待合の長椅子に腰を下ろされました。
「許可が下りても、駅が嫌がれば、馬は出ない。出ない駅は、いくらでも理由を作れる。蹄がどうの、飼葉がどうのとな」
「なさる方がおられますか」
「石橋は断った」
わたくしは湯を沸かしました。
「ソレル様。一つ伺います」
「言え」
「軍便が通りますと、この街道は軍の街道になりますか」
ソレル様は椀を受け取られました。
「ならん。街道は街道だ」
「けれど、軍の文書が通る街道は、狙われるようになります」
「そうだ」
「三つの村は、国境の村でございます」
「そうだ」
「軍便が通ることで、村が安全になりますか。それとも、危なくなりますか」
ソレル様は、しばらく答えられませんでした。
「……両方だ」
「両方でございますか」
「隊が動きやすくなれば、村は守りやすい。だが、軍の便が通る道は、敵にとって切る価値が出る」
「では、村の方に伺わなければなりません」
「駅長が決めることだ」
「わたくしが決めますと、決めたことになります。決めたことは、決めた者が背負います。背負いきれないものは、決めてはいけないと存じます」
村の集まりは、三日後の晩に開かれました。
十九軒のうち、十六軒からお出でになりました。ティナも婆さまも来られました。
わたくしは、軍便のことを説明いたしました。良いところと、悪いところを、同じ長さで話しました。
「駅長さん。あんたはどっちがいいと思うんだ」
いちばん年嵩の方が仰いました。
「分かりません」
「分からんのか」
「分かりません。ただ、一つだけ申し上げます。軍便が通りましても、通らなくても、この街道は峠の向こうへ物が入る唯一の道でございます。通れば軍が守る理由ができます。通らなければ、軍は別の道を探します。別の道ができますと、この街道は要らなくなります」
「要らなくなったら、どうなる」
「駅が減ります。駅が減りますと、手紙が遅くなります」
婆さまが手を挙げられました。
「息子の手紙は、何日で来る」
「今は、十日ほどでございます」
「駅が減ったら」
「一月かと存じます」
婆さまは、しばらく考えておられました。
「一月は長いね」
村の集まりは、長うございました。
賛成の方が先に話され、反対の方が後になります。後になりますと、話しにくうございます。わたくしは途中で一度、順番を止めました。
「まだ何も仰っていない方から、伺わせてくださいませ」
黙っておられた方が七人。うち五人は、通してもよいと仰いました。二人は、分からないと仰いました。
「分からない、というのは、どちらでもよいということではございません」
わたくしは石板に、分からないを二つ書きました。
「分からないという答えは、答えでございます。数に入れます」
いちばん年嵩の方が、わたくしを見て笑われました。
「駅長さん、あんた、こういうのを屋敷で覚えたのかい」
「屋敷では、集まりに出たことがございません」
「じゃあ、どこで」
「帳面でございます。空欄を空欄のまま残しておきますと、あとで困りますので」
通す、と決まりましたのは、その晩の遅くでございます。
条件が三つつきました。一つ、軍便は村の物資の便を押しのけないこと。二つ、軍の馬は村の飼葉を使わないこと。三つ、村の若い者を軍に取らないこと。
わたくしは三つを紙に書き、翌朝ソレル様にお渡ししました。
「三つ目は、軍務の権限を越えている」
「越えておりますか」
「徴兵は西方軍務の管轄ではない。王都の兵部だ」
「では、書けませんか」
ソレル様は紙を見て、それから羽根をお借りになりました。三つ目の横に、こう書き足されました。
――三につき、西方軍務は権限を有さず。ただし、西方軍務の名において、村よりの徴募を行わないことを約す。ソレル・ヴァンダイク
「これでいいか」
「充分でございます」
「できないことをできると書けば、次に、できることを書いても信じられなくなる」
わたくしは頭を下げました。
同じことを、六か月前に自分が申しました。あのときは、板を断るために申しました。断るために使った理屈が、六か月のあいだに街道を一周して、軍務官の羽根から戻ってまいります。
「ソレル様」
「なんだ」
「軍便の停車は、半刻でお願いいたします」
「短くしなくていいのか」
「短くいたしますと、脚が診られません」
ソレル様は令状用の帳面を開き、書き込まれました。
「灰の駅、停車半刻。以後、変更は駅長の同意を要する」
次話「雪解けの水量」では、峠下の街道が崩れます。
直しに出てきたのは、村の十九軒すべてでございました。




