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三年、ひとことも交わさなかった旦那様が、週に一度だけわたくしの駅に馬を替えに来ます 〜白い結婚は明けました。次の便は七日後でございます〜  作者: 森川つばめ


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第24話 祖母の遺した紙

 七日のうち、二日が過ぎました。


 受諾の回答は、監督官殿が宿場から使いに出してくださいました。往復で四日、式部の受理までを入れますと五日でございます。


 徴発の執行は七日以内。


 間に合うかどうかは、式部の速さ次第でございます。


    


 一日目と二日目に、わたくしは駅の中を探しました。


 土間の棚、待合の長椅子の下、厩の梁の上。お祖母様が紙を置きそうなところを、順に見てまいります。


 紙は出てまいりませんでしたが、代わりに、待合の床板が一枚だけ浮いているのを見つけました。剥がしますと、下は土でございました。何も入っておりません。


 入っていなかったということは、以前は入っていたのかもしれず、はじめから空だったのかもしれません。分からないことは、分からないままにしておくしかございません。


 わたくしは床板を戻し、釘を打ち直しました。打ちながら、探す場所を紙に書き出しておけばよかったと思いました。書き出しておきませんと、同じところを二度探します。実際、厩の梁は二度上りました。


    


 三日目に、ダルク様が参られました。


 「駅長。徴発の件を伺いました」


 「一頭でございます」


 「一頭で継立はできません」


 「できません」


 ダルク様は待合の卓に、書き付けを一枚置かれました。


 「局の記録を調べました。灰の駅が王家式部の管掌に入りましたのは、十二年前でございます」


 「十二年前」


 「それまでは駅逓局の駅でございました。十二年前に、式部が権利を引き取っております」


 「理由は」


 「書いてございません。ただ、同じ年に、この街道の東の同盟が最初に結ばれております」


 わたくしは木箱の紙を出しました。いちばん古いものが、十二年前でございます。


 ――貴殿の駅について、王家式部の管掌へ移すことを申し渡す。以後、駅逓局の廃止・統合の対象から除かれる。式部


 「守られていたのでございますね」


 「守られておりました」


 「なぜ、この駅だけが」


 ダルク様は書き付けの続きをご覧になりました。


 「峠の手前で唯一の継立所だからでございます。ここが無くなりますと、峠の向こうの三つの村へ、冬に物が入りません」


 「三つの村」


 「国境の村でございます」


    


 わたくしは卓に手をつきました。


 同盟の担保として結ばれた婚姻。開示すれば同盟が崩れ、崩れれば国境の三つの村が最初に焼ける。その三つの村と、この駅が守っている三つの村は、同じ村でございます。


 「ダルク様。権利証の原本は、式部にございますね」


 「写しにそう書いてございます」


 「原本には、何が書いてございましょう」


 「存じません。ただ、権利証には、たいてい附帯の条件がついております」


 「附帯の条件」


 「この駅を、どういう条件で管掌下に置くか、でございます。条件が書いてなければ、管掌は名目だけになります」


 名目だけの管掌でございましたら、徴発の除外には及びません。


    


 ダルク様は、その日のうちに宿場へ戻られました。発たれる前に、一つだけ仰いました。


 「駅長。原本の写しを求める書面は、どのように書かれましたか」


 「交付を求めます、と」


 「理由は」


 「徴発令状を受けており、執行が四日後であることを書きました」


 「それでは足りません」


 わたくしは羽根を置きました。


 「式部は、急ぎの理由では動きません。急いでいる者は毎日おりますので。動きますのは、放っておくと式部の責任になる場合だけでございます」


 「……では、どう書けばよろしゅうございましたか」


 「附帯の条件が履行されない事態が生じる、と書きます。条件を定めたのは式部でございますから、履行されない事態は式部の落ち度になります」


    


 その晩、わたくしは木箱の紙を全部並べました。


 二十三枚。十二年ぶんでございます。


 式部からの手紙は、年に一度か二度。内容はほとんど同じでございました。駅の状態を報告せよ、というものと、報告を受け取った、というものでございます。お祖母様の側の控えは、ございません。出した文の写しを取る習慣がなかったのでございましょう。


 報告を求める文と、受け取ったという文が、交互に並びます。求めるほうは秋、受け取るほうは冬でございました。十二年、同じ順序で続いております。


 お祖母様は、年に一度、この駅の状態を王都へ書いておられたのでございます。馬が何頭、屋根がどうで、村の人数がどうと、そのようなことでございましょう。誰も読まないかもしれない報告を、十二年でございます。


 わたくしは屋敷の家政帳のことを思い出しました。あれも十二年続けば、こうなったのかもしれません。


 わたくしは十二年ぶんを、日付の順に並べ直しました。


 並べますと、一つだけ、形の違うものがございました。紙が厚うございます。他の二十二枚は薄い局紙でございますが、その一枚だけが厚手で、四つ折りにしてございました。


 開きますと、それは手紙ではございませんでした。


 図でございます。


    


 街道の図でございました。


 王都から辺境まで、七つの駅と、峠と、三つの村が描いてございます。灰の駅のところに、赤い印が一つ。その下に、細い字でこう書いてございました。


 ――当駅は王家常備の駅とする。常備馬二頭を常時置くものとし、これを徴発・売却・移転の対象から除く。附帯条件第三項。


 常備馬二頭。


 わたくしは紙を両手で持ちました。持った手が震えて、字が読めなくなりましたので、卓に置きました。置いて、もう一度読みました。


 ――これを徴発・売却・移転の対象から除く。


    


 「ギュンター」


 厩へ走りました。


 ギュンターは藁を束ねておりました。


 「ギュンター。附帯条件がございました」


 「そうか」


 「常備馬二頭は、徴発から除かれます」


 「そうか」


 「……お聞きになりましたか」


 「聞いた」


 ギュンターは藁を置き、両手を擦り合わせました。


 「駅長。喜ぶのは、軍に見せてからだ」


 「はい」


 「これは写しだろう」


 わたくしは紙を見ました。厚手の紙。細い字。図。四つ折りの跡。


 どこにも、印がございません。


    


 印のない写しは、証拠になりません。


 三年のあいだ、屋敷で毎日そう教わりました。印のない書類が上がってまいりましたら、突き返すのが家政の仕事でございます。


 わたくしは待合の卓へ戻り、羽根を取りました。書き損じた一枚目は、急いでいる理由だけを並べたものでございます。ダルク様に伺ったとおり、二枚目は書き方を変えました。


 ――王家式部御中。灰の駅権利証の附帯条件第三項につき、原本の写しの交付を求めます。当駅は軍務の徴発令状を受けており、執行は四日後でございます。交付なき場合、第三項に定める常備馬二頭が置けなくなり、条件が履行されない事態が生じます。灰の駅 アニエス


 封をして、翌朝の便に載せることにいたしました。


 四日で王都まで往復できるかどうかは、分かりません。


 できないでしょう。


 できないと分かっていても、出さなければ、出さなかったことになります。

 次話「老いた馬から」では、徴発の日が来ます。


 厩から連れ出される一頭を、ギュンターが街道の曲がりまで送ってまいります。

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